レンブラントの夜警
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レンブラントの夜警
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■マーティン・フリーマン (レンブラント)
1971年、イギリスのハンプシャー生まれ。『銀河ヒッチハイク・ガイド』(05)の主人公アーサー・デント役や、BBCの大ヒット・コメディ・シリーズ「THE OFFICE」のティム役でよく知られている。
その他の映画出演作は、『アリ・G』(02)、『ラブ・アクチュアリー』(03)、エドガー・ライト監督の『ショーン・オブ・ザ・デッド』(04)、『CONFETTI』(06)、アンソニー・ミンゲラ監督の『こわれゆく世界の中で』(06)、『HOT FUZZ』(07)、昨年のサンダンス映画祭で初上映された、グウィネス・パルトロウ、ペネロペ・クルス共演の『THE GOOD NIGHT』(07)など。テレビ出演作には、BBCの「CHARLES II」、「THE ROBINSONS」、ITVの「HARDWARE」などがある。
舞台でも輝かしいキャリアを持つ。ロイヤル・コート劇場のキャシー・バーク作品、ソーホー劇場で大評判で連日満員御礼となった「BLUE EYES & HEELS」、リバーサイド・スタジオズで高く評価された「THE EXONERATED」など。また、三谷幸喜の2人芝居「笑の大学」のイギリス版「ラスト・ラフ」の作家役を演じ、日本公演でも好評を博した。
■エヴァ・バーシッスル (サスキア)
1974年、アイルランドのダブリン生まれ。子供時代のほとんどを北アイルランドで過ごした後、再びダブリンに戻り、THE GAIETY SCHOOL OF ACTINGで演技を学ぶ。卒業時に短編映画に携わり、まもなくアイルランドの人気ドラマ「GLENROE」に出演する。ロンドンに移り、97年に『ALL SOUL’S DAY』で映画デビューを果たす。ケン・ローチ監督の『やさしくキスをして』(04)で注目を集め、ベルリン国際映画祭でプレミア上映されると、ヨーロッパの若手俳優らに贈られるシューティングスター賞に選ばれた。その後、様々な賞を獲得、ロンドン映画批評家賞ではブリティッシュ・アクトレス・オブ・ザ・イヤー賞をケイト・ウィンスレットと共に受賞、04年にはアイリッシュ・フィルム・アンド・テレビジョン賞の最優秀女優賞を獲得する。同年のスコットランドBAFTA及びブリティッシュ・インディペンデント映画賞においても同賞にノミネートされる。05年には、ニール・ジョーダン監督の『プルートで朝食を』(05)でリーアム・ニーソン、キリアン・マーフィと共演する。続く『MIDDLETOWN』(06)は、トライベッカ映画祭でプレミア上映され、絶賛される。この作品で彼女は、07年アイリッシュ・フィルム・アンド・テレビジョン・アワードの最優秀女優賞に輝く。
■ジョディ・メイ (ヘールチェ)
1975年、イギリスのロンドン生まれ。女優としてのデビューを飾ったのは12歳の時で、クリス・メンゲス監督の『ワールド・アパート』(87)。カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞したこの作品で、最優秀女優賞を獲得し、一躍世界的な脚光を浴びる。同年のイブニング・スタンダード賞ベスト・ニューカマーも獲得し、続いてダニエル・デイ・ルイスと共演したマイケル・マン監督の『ラスト・オブ・モヒカン』(92)、バリャドリッド国際映画祭最優秀女優賞に輝いた『SISTER MY SISTER』(94)に出演する。
その後、勉学の道へ戻り、オックスフォード大学に入学する。その傍らマイケル・ガンボン共演の『THE GAMBLER』(97)でドストエフスキーの妻を演じる。オックスフォード卒業後、テレンス・デイヴィス監督の『THE HOUSE OF MIRTH』(00)でBAFTAにノミネートされる。
舞台でも活躍、01年にはブッフェ・デュ・ノール劇場におけるピーター・ブルック作品に出演。同年ナショナル・シアターにおけるワールド・プレミアとなった「THE TALKING CURE」の主役に抜擢される。
■エミリー・ホームズ (ヘンドリッケ)
1977年、カナダのオンタリオ州オタワ生まれ。トロントに育つ。ブリティッシュ・コロンビア大学で美術を学ぶ。2000年に卒業後、パイロット版を含めたCBCのテレビ映画に多数出演して注目される。また、スティーブン・スピルバーグの「TAKEN」の3エピソードや、ドリームワークスのミニ・シリーズ「INTO THE WEST」などにもゲスト出演している。
主な映画出演作は、批評家に高く評価されたフランス・カナダ合作作品『FAMILA』(05)、『スネーク・フライト』(06)、『PRISONERS OF THE SUN』(07)など。
■ナタリー・プレス (マリッケ)
1980年、イギリスのロンドン生まれ。03年、短編映画『WASP』(03)が世界中の映画祭で評判となる。トロント、サンダンスなど、10の最優秀短編映画賞を獲得し、アカデミー賞受賞によって世界中の脚光を浴びる。04年にイギリスで公開されるや否や大評判を博した『MY SUMMER OF LOVE』(04)で、BAFTA、エジンバラ・フェスティバル最優秀英国映画賞、イブニング・スタンダード映画賞、ブリティッシュ・インディペンデント映画賞を受賞し、ロンドン映画批評家組合賞ベスト・ブレイクスルーに選ばれ、同賞の最優秀女優賞にノミネートされる。05年末には、イギリス人女優初のヨーロッパ映画賞最優秀女優賞にノミネートされる。05年にはアメリカでも公開され、全米の批評家にも賞賛を浴び、ニューヨークタイムズの「2005年夏注目すべき俳優ベスト5」に選ばれ、イギリス映画界で最も期待される新星女優の地位を獲得する。
05年、ペネロペ・クルス、レイフ・ファインズ、クリスティン・スコット・トーマスと共演した『CHROMOPHOBIA』(05)は、カンヌ国際映画祭のクロージング作品となる。続く主演作『SONG OF SONGS』(06)は、エジンバラ映画祭でプレミア上映され、ラース・フォン・トリアー製作の『RED ROAD』(06)は、カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞、スコットランドBAFTA賞でも最優秀作品賞等5部門を受賞する。この演技により、06年ロンドンのグラマー・アワードでブレイクスルー賞を獲得する。
■トビー・ジョーンズ (ヘラルド・ダウ)
レンブラントの弟子のひとり。1967年、イギリスのオックスフォード生まれ。ナショナル・シアターに幾度となく立つ経験豊かな俳優である。01年のケネス・ブラナー演出のヒット・コメディ「THE PLAY WHAT I WROTE」は大好評を博し、ウェスト・エンドにおける記録を塗り替え、ローレンス・オリヴィエ賞最優秀助演男優賞を獲得する。主な映画出演作は、『エバー・アフター』(98)、『ラヴェンダーの咲く庭で』(04)、『ネバーランド』(04)、『ヘンダーソン夫人の贈り物』(05)、作家トルーマン・カポーティを演じた『INFAMOUS』(05)、ナオミ・ワッツ共演の『THE PAINTED VEIL』(06)、マイケル・アプテッド監督の『AMAZING GRACE』(06)など。また、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(02)では、座敷妖精ドビーの声を担当している。
テレビでも活躍、2005年のHBO/CHANNEL 4のヒットドラマ「ELIZABETH I」ではヘレン・ミレン、ジェレミー・アイアンズと共演し、イギリスとアメリカで評判を博した。またCHANNEL 4のドラマ「A HARLOT’S PROGRESS」では画家ウィリアム・ホガースを演じた。
<「夜警」の絵に登場する主な人物>
■フランス・バニング・コック (Frans Banning Cocq)
市警団の隊長。
パーマーランドとイルペンダムの領主で、香料や薬を地中海地域や北アフリカ、中東から輸入し、北欧の料理店や薬屋に売っていた裕福な商人の息子で、社会的地位は高かった。しかしそれは武勇や戦果、代々続く家名によるものではなく、非貴族主義共和国となった新しいオランダで有利な婚姻を続けた結果によるものだった。「夜警」が完成すると間もなくアムステルダム市長に選出され、この地位には1655年に死去するまでに更に3度就いている。レンブラントによる中傷も、アムステルダムを牛耳る支配家系としての彼の地位を、脅かすことはなかったのだ。
「夜警」の3年前に描かれたレンブラントの作品「アンドリース・デ・グラーフの肖像」のモデル、デ・グラーフは、バニング・コックの義理の兄弟である。デ・グラーフがこの絵の料金を支払うのを拒み、レンブラントが訴訟を起こすという騒ぎがあった。おそらく、酔っ払って足元もおぼつかない様子で公共宿から出てきたかのように見えることが理由ではないかと考えられる。この絵では、右手の手袋がこれ見よがしに地面に落ちている。そして「夜警」に描かれたバニング・コックは、手袋をした右手に右手の手袋、つまり他の誰かの手袋を持っている。バニング・コックは、町で最も裕福な義理の兄弟のために、右手の手袋を拾うようなことを強要されたと暗示しているのではないか。成り上がり者である画家レンブラントに対抗して、支配階級一族の名誉を守ろうとしたのか。レンブラントが絵画を通して告発を始めたのは、これがきっかけだったのだろうか。
■ウィレム・ファン・ライテンブルク (Willem Van Ruytenburch)
ウィレム・ファン・ライテンブルクはフラールディンゲンの領主であったが、その称号は裕福な彼の父親から受け継いだものであり、ドルドレヒトの市庁舎の屋根を寄付したことの返礼として、共和国から与えられたのかもしれない。しかしこの金で買った名誉は、はっきりと記録には残っていないようだ。
ウィレムは、職業上級将校で兵舎の官吏であり、のど当て、革のベストと前掛け、革のズボン、革の手袋、拍車の付いた子牛の革の長靴を身に付けている。歩兵隊長が騎兵のように拍車を付けてどうするのか?ウィレム・ファン・ライテンブルクは凝った刺繍の衣装をまとい、アムステルダムの3つの十字架を身に付けて、街への自分の忠誠心を表した。小柄で小ざっぱりした服装で尻に手を当てており、彼の虚栄心がありありと見てとれる。彼の胸の上から腹まで覆った帯が腰のラインを高くみせ、それによって彼を子供っぽく見えることから、少なくとも現代人の目から見れば、彼のこの姿は少々甘やかされて増長しているように感じられるだろう。
■ヤン・コルネリス・フィッシャー (Jan Cornelisz Visscher)
市警団の旗手。
英国びいきで美的感覚に優れ、スチュワート朝チャールズ1世のために音楽を作りたいと思っていた。フランドル出身の画家アンソニー・ヴァン・ダイクと親類関係にある。市警団の旗手という地位は、団体の旗を宣伝するものであり、結果として攻撃の的にされるのが常である。そのため未婚で子供のいない者が就くのが慣わしだった。戦場に武器を携えて赴くことがないため、自分の身を守ることも他人に頼らねばならなかった。
フィッシャーは、バニング・コックが「夜警」制作についての取り決めを考える上で、芸術面でのアドバイザーという立場以上の存在だったようだ。彼はレンブラント作品の元画商であるヘンドリック・アイレンブルグと知り合いで、画家との条件交渉に関わったことは間違いない。フィッシャーの英国に対する野心や英国との関係を考慮すれば、英国王室におけるよりよい地位を得るために策略していたことは明らかである。
■レイアー・エンゲレン (Reijer Engelen)
もと布地商人だったが、1642年に深刻な負債を抱えた後、事業の多くを地中海東部から新世界へと移すため、ポーツマスにいる英国の仲間の奴隷貿易に参加し、復路でのヴァージニアのタバコ貿易へ資金を集中しようとしていた。
彼は「夜警」の肖像の価格をしつこく値切り、支払いを先延ばしにし、果ては湿ったコーヒー豆で支払おうとしたが拒否され、最後には当時両替が不便だったスカンジナビアの通貨で半額だけ払った。
■ロンバウト・ケンプ (Rombout Kemp)
市警団の軍曹。
代々衣料品商売を続けている家系で、英国中部との関係を持ち、1640〜50年代にはランカシャーにも通じていた。家族の資産によって地位を与えられたが、同時に責任も負わされ、オランダ改革派教会の助祭とアムステルダムの児童及び貧困者救済院長に任命された。しかし彼は、養護施設が児童労働及び児童買春に利用される環境を作ったとして告発されている。彼は在院児で異母姉妹と見られるマリタとマリッケを養子として引き取った。この2人が「夜警」の女性モデルであると考えられている。レンブラントが彼女たちを作品に盛り込んだのは、登場人物たちのモラルの低さに関する告発の一環である。
レンブラントはケンプにバニング・コックと同様の黒い衣装を着せているが、当時の改革派教会助祭の伝統的な服装だったと思われる。マスケット銃兵に何かを指示しているようだが、それは裏切り行為でもあり、顔をそらしながらも殺人謀議の首謀者を指し示している。「もう一方の頬を差し出す」(屈辱を甘んじて受ける、仕打ちを無視する)という、キリスト教の教えをパロディ化しているのかもしれない。
■マルティン・ゲイル (Martin Geyle)
市警団のマスケット銃兵。
恐妻家で、金持ちの妻は夫に真紅のシルクという派手な服を着せることにこだわった。
レンブラントが描いた銃の構え方は間違っていると非難した。正しく装填するためには床尾を地面につけなければならないにも関わらず、ゲイルは宙に浮かせている。レンブラントの庇護者たちは、スペインという敵に軍隊の機密事項を漏らした罪に問われることを避けるために、故意に行ったと唱えた。しかし、マスケット銃を構えている3人の銃兵たちの能力が低いことを非難したというレンブラント自身の言葉のほうが、信憑性がある。
レンブラントの描写は、この市警団が満足な防衛ができないという信頼に対する嘲笑である。組織として機能しておらず、教育も行き届いておらず、結局はレンブラントの指摘のとおり、無能以外の何者でもないのだ。
■マリタ (Marita)
ケンプの養女。
金髪と右耳、青いドレスが一際目立つ少女。彼女は光を浴びながら、腹違いの姉妹マリッケと連れ立って、人ごみに逆らうように走っていく。
マリタが暮らすケンプの養護施設は、レンブラントの屋敷から5軒先の建物の1階で、上を伝って行くのは不可能だが、屋根続きだった。ケンプがマリタとマリッケを養子にしたことを、レンブラントは明らかに非難している。
本人の強い要望で、レンブラントはマリタの顔を隠すことにした。彼女は煮えたぎる熱湯を被り、顔に火傷を負っていたのである。マリタ自身に熱湯の入った壷を持たせるのははばかられ、レンブラントはそれをマリッケに持たせた。ポットの中の熱湯が若い女性の顔に降りかかるという題材は、ジョン・フォードの人気作品「あわれ彼女は娼婦」として、1641年にアムステルダムで上演された。レンブラント、そしておそらくケンプもこの舞台を見ただろう。
マリタは売春を余儀なくされた。後にその火傷跡を隠すために仮面をつけるようになった彼女は、1644年、メアリー・スチュアートに伴なわれ英国王室の財宝をアムステルダムへ質入にやってきた廷臣らに引き取られた。
■マリッケ (Mareike)
ケンプの養女。
マリッケこそが、「夜警」の基本的精神であるとも言われている。市警団の紋章にも描かれている爪の鋭いニワトリの役割を彼女が担っているのだ。彼女が腰から下げている膨らんだ袋は市警団に与えられた援助金を、抱えている容器は市警団の慈愛を象徴していると言われる。頭に載せられた花輪は市警団の勝利を認めることを意味している。この人物は若い女性ではなく女性の小人だ、ひいては男性の小人である可能性も否定できない、という学説もある。
なぜこの不可解な女性は、不釣合いにも非常に明るい光を浴びながら作品の中に登場するのか? レンブラントのテーマは、告発である。彼女が人々の流れに逆らいながら存在するのは、レンブラントが彼女の出生と市警団との不正な繋がりについて知っていることを、知らしめるためだった。抑制されることもなく自ら公表するかのような性欲の象徴で作品を満たすことで、本質的には商品として扱われる彼女と彼らとの関係を表しているのである。その事実に光を当てて強調し、モラルの崩壊についての疑惑を告発しようとしたのだ。
■ホラティオ・アイケン (Horatio Aiken)
ホラティオ・アイケンはバニング・コックの前任者ピアース・ハッセルブルグを撃ち殺したマスケットを抱えている。
レンブラントは彼のことを未熟で不恰好に立ち尽くし、バランスを欠き経験が浅い者だと我々に知らせた。レンブラントは、彼の正体が見た目では分からないように慎重に隠し、顔が無く肖像もなくしている、しかしいわば視覚的な語呂合わせを用いて、彼が誰かを自分は知っていると暴露している。そして共謀者達が見れば誰かわかるようになっており、彼らの陰謀は解き明かされていることを示唆している。彼の顔を隠したことで、レンブラントはある意味で若者を守った。アイケンはケンプの孤児院に住む弱みを握られた同居人であり、脅迫されてハッセルブルグを殺した引き金を引く手先となった。アイケンとはオランダ語で楢を意味し、ホラティオはなら楢の葉を兜に着けている。さらに皮肉なひねりは、骨董の兜がギリシャの勇者ホラティオを示唆しているかもしれない点だ。彼はマスケット銃士になるための勉強をしており、マリタとニューアムステルダムに駆け落ちしたいと思っていた。しかしその動きはケンプがマリタの美貌を損なったことで邪魔される。ホラティオはケンプに叱責され、ばらされたくなければ計画的な事故でハッセルブルグを暗殺するよう脅される。
絵の中では、手袋をした手で、ホラティオ・アイケンのマスケットの銃身を標的に銃弾が当たるように向けているヨングキンド以外の人物は誰も、その大きな銃声に気づいていないとレンブラントは立証している。
■レンブラント・ファン・レイン (Rembrandt van Rijn)
「夜警」が完成した1642年当時レンブラントは36歳で、サスキア・アイレンブルグと結婚しており、アムステルダムのブレーストラートの大きな家に住んでいた。彼は自身の生涯のキャリアの中でこのとき最高の位置に居た。レンブラント・ファン・レインは自身を「夜警」の中に描いた。彼は市民兵の混乱の一番後ろでヤン・ウィッシャーの背後に立ち、彼の保護者イェーン・エグレモントの肩越しに凝視している。我々が正面から絵を眺めるのと同様に、レンブラントは彼らの後ろから集団全部を眺め渡しており、あたかも背後から見て値踏みをしている目撃者のようである。レンブラントが描いた数多くの自画像についての考察から、彼の右目が弱視であったことが推察される。弱視とは時折、内面を見る目、また想像力と内省の目であるともされる。「夜警」の中で、レンブラントは彼の右目・弱視の目・内省の目で世界と「夜警」の中の陰謀者達を見つめている。
この絵の中に描かれた全ての肖像を良く見ると、みんなばらばらの方向を向いていることが分かる。しかし我々鑑賞者を正面から見据える2つの目がある。それはレンブラント自身と、ヤコブ・デ・ロイである。
■イェーン・エグレモント (Jean Egremont)
市警団の元副隊長。
非常にユーモアのある人物。酒豪で有名だった。フランス流のマナーとパリ流の話し方で仲間を喜ばせた。ノルマンディ出身のユグノー派で、パリの花商人一族。オランダ共和国が平和を取り戻した時に、エグレモントは代々続いた商売をアムステルダムで再開した。
ハッセルブルグ隊長の副隊長としての彼の任務は、市警団の規律を行き届かせることだった。それにも関わらず、激しい雨が降ったハッセルブルグ殺害当日には、洗濯女3人を伴い、兵舎の中で酒を飲んでいた。訓練中の装填及び発砲の合図を任されることは滅多になかったはずだが、マスケット銃の整備を確認することは副隊長の責任だったはずだ。射撃訓練中に酔っていたことを咎められたエグレモントは逃亡し、町を出てカディス行きの船に乗ったと信じられていた。しかし実際には、ブレーストラートに近いユダヤ人の肉屋の家に隠れていた。後にそれを発見したレンブラントは、「夜警」にエグレモントを取り入れることを決めていたので、隠れ家で彼のスケッチを描き、集団肖像画に加えた。
■ブルームフェルト (Bloemfeldt)
騒々しくて派手な性格の役者であり、舞台の上では口ひげを付け、普段は外していた。彼には、2人の女性舞台助手がおり、人前では彼の服をブラッシングしたり髪を梳いたりしていたが、実は彼の代わりに台詞を言い、歌を歌っていた。彼は両方の助手を騙して2人と結婚している重婚者であったといわれている。詐欺と嘘に満ち、世界をあざ笑う一方で上手く利用するという点で、彼とレンブラントは似通っていると思われる。
■ヤコブ・デ・ロイ (Jacob de Roy)
「夜警」に描かれた34人の中でたった2人だけ、我々の目を捉え、我々をまっすぐに見つめる人物がいる。それは、レンブラント自身と実際に陰謀の告発者であったヤコブ・デ・ロイだ。彼はユトレヒトから来た洗練された審美家であった。また彼は作家だったものの、自分の文学的努力に決して満足しなかったため、著書は何も出版されなかった。しかし彼はいつか実際に上演されるかもしれない筋書きや台詞を想像するのを楽しんでいた。これが理由で、彼はレンブラントに「夜警」の陰謀を調べさせ絵を作り上げさせた。
■ヤコブ・ヨーリス (Jacob Jorisz)
団の太鼓叩きで兵卒。彼はマティアス・ファン・デル・ムーレンと親しい仲間であり、彼らは間違いなく同じ女性と寝たことがある。ヨーリスは恐らく、レンブラントの2番目の妻であり息子のティトゥスの乳母であったヘールチェの義理の兄である。ヨーリスとファン・デル・ムーレンは、ヘールチェを買収してレンブラントの娼婦にし、彼に恥をかかせようと企てていたかも知れないし、バニング・コック達が彼らにそう命じて報酬を支払っていたかもしれない。
■クレメント・ファン・トルケ (Clement van Torque)
クレメントは、1715年に「夜警」がダム広場にあるアムステルダムの市役所に移された際、切り落とされてしまった部分に描かれていた。彼はバニング・コックの妻の一族と繋がりがあり、またアムステルダムにおいて有力な政治勢力となるという彼らの野望に協力した人物だ。銀行家で金融業者である彼は、ブレストにいつも停泊している5艘の船の所有者でもあった。
■フローリス・ファン・トルケ (Floris van Torque)
フローリスは、1715年に「夜警」から切り落とされた。彼はクレメントの息子であるが、恐らく養子だっただろう。彼は向こう見ずな遊び人で冷酷な金貸しだと評判だった。1653年にハーグで嫉妬に狂った愛人の夫に殺された。
■カール・ハッセルブルグ (Carl Hasselburgh)
カール・ハッセルブルグは、フランス・バニング・コックの前に市警団隊長を務めていた、暗殺されたピアースの息子で、当時14歳だった。「夜警」の絵が1715年に一部切り落とされたとき、彼の肖像も絵から失われた。結婚の際にカトリックに改宗したユダヤ人の母が、レンブラントの油絵を集めており、その母の影響もあって彼はレンブラントの版画を集めていた。レンブラントと、レンブラントの使用人の若いヘンドリッケとの関係に嫉妬を覚えた彼は、レンブラントに自分を「夜警」に描かないように頼んだ。レンブラントは不本意ながら承諾したが、絵の中にピアースを描けなかったので、息子を描きたいと思っていた。
<映画に登場するその他の人物>
■ピアース・ハッセルブルグ (Piers Hasselburgh)
殺害された元市警団隊長。1641年8月23日の午後、激しい雨の中で右目を撃ち抜かれて死亡した。フランスはリールから渡ってきたユグノー一家の2代目。フランス皇太后マリー・ド・メディシスがアムステルダムを公式訪問した際、副隊長を筆頭とする隊を率い防衛の任に就いた。彼らは最高の栄誉と皇太后の後ろ盾を与えられた。
ハッセルブルグの隊員や仲間たちは、フランス皇太后との親密な関係によってフランスの一団のごとく扱われたようだ。これに対し、英国と親密だったバニング・コック派も、同様の栄誉を渇望し、ハッセルブルグを賄賂や圧力によって穏便に排除する方法を模索していた。ところが、バニング・コックの親戚であるファン・トルケ親子が尚早にも、事故に見せかけた殺人の陰謀を推し進めてしまったせいで、レンブラントに察知されてしまったのである。
■ヘンドリック・アイレンブルグ (Hendrick Uylenburgh)
ヘンドリック・アイレンブグルは、レンブラントのアムステルダムでの画商でポーランド出身だった。恐らく彼はポーランド訛りで話していたことだろう。彼は絵画と版画の売買で財を成し、後を息子が引き継いだ。彼自身も画家であり、彼の持つオランダ内外のネットワークは素晴らしく、レンブラントがいつも画材を受け取っていたアントワープでも商売を行っていた。彼はレンブラントを多数のアムステルダムの名士に紹介し、彼のキャリアを強く後押しした。レンブラントは彼の姪であるサスキアと結婚したが、家族間で軋轢が生じて次第に彼との関係が悪化していき、自分で事業を行うようになった。
■サスキア・アイレンブルグ (Saskia Uylenburgh)
レンブラントのただ1人の正妻。
レンブラントの画商をしていたヘンドリック・アイレンブルグの弟の娘。アイレンブルグ家は、オランダ北部レーワルテン出身のポーランド系オランダ人。
レンブラントが「夜警」を手がける前年に当たる1641年に、ついに息子を授かった。産後の肥立ちが悪く、9ヵ月後に命を落とす。サスキアは、レンブラントが再婚した場合、息子が16歳の誕生日を迎えた時点で、財産の半分を相続するという遺言を残すが、それまでに、すでにレンブラントの財政は悪化していた。彼が決して再婚しなかったのは財産の半分を手にするためであったことは間違いない。
 サスキアが健在だった1634年から1642年までに描かれたレンブラントの作品では、彼女がモデルになったものも多い。2人の婚姻は、原則的にはビジネスの上に成り立っていた。市場価値のあるレンブラントをアイレンブルグ家に繋ぎとめておくためだったが、レンブラントもまた、彼らの経験や管理能力、人脈によって利益を得た。それでも、緊密で楽しい夫婦関係という実は結んだようである。17世紀半ばにおけるオランダでは、女性の読み書き教育は進んでおり、妻たちは家庭の管理のみならず夫のビジネスに関わることも多かった。サスキアは伯父を後ろ盾に、「夜警」の仕事を受けるようレンブラントを説得したものと考えられる。
■ヘールチェ・ディルクス (Geertje Dircks)
ヘールチェは、レンブラント家で働く半文盲の召使いだった。サスキアの同郷であり、彼女は1642年のサスキアの死後、9ヶ月のティトゥスの面倒を見始め、そしてまもなくレンブラントの愛人となった。ヘールチェは後年、サスキアの宝石を盗んだとして叱責したレンブラントと険悪な関係になり、やがて反目しあうようになった。彼女はレンブラントを婚約不履行で訴えている。
■ヘンドリッケ・ストーフェルス (Hendrickje Stoffels)
ヘンドリッケはレンブラントの実質的な3番目の妻だった。時に「レンブラントの売春婦」として知られるが、彼女はレンブラントの家で数年にわたり召使いとして働いており、その後レンブラントの愛人となって、幼いティトゥスの世話をした。ヘンドリッケはレンブラントの絵のモデルであり、また1654年に生まれたレンブラントの娘・コーネリアの母親である。
■ティトゥス・ファン・ライン (Titus van Rijn)
レンブラントの息子。1641年9月に生まれるが、9ヵ月後に母サスキアが亡くなる。
母を失った乳児は病弱で、先ずヘールチェに、その後ヘンドリッケに育てられた。ティトゥスはしばしば絵画の題材となっているが、僧侶や天使として描かれ、より聖書的な作品として制作されている。レンブラントは息子に絵の描き方を教えようとしたが、息子には凡人以上の才能はなかった。
「夜警」が描かれたのは、ティトゥスのためであったことは間違いない。幼い子供の死は珍しくなく、母は息子には豊かな将来が約束された家庭で生き長らえてほしいと、心から願っていたのだ。妻に先立たれた男性は再婚するのが普通で、子供の運命はまさに予測不可能だった。サスキアは遺言を残すことで、ティトゥスの将来を守ろうとしたのである。
ティトゥスは、1668年に銀細工師の娘マグデレナ・ファン・ローと結婚したが、27歳のときに、周期的にアムステルダムを襲っていたペストで死亡した。彼は娘ティティアの誕生を待たずしてこの世を去った。そしてレンブラントは1669年10月に63歳で死んだが、3人の妻と息子よりも長く生きたことになる。

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