時代がやっとペイネに追いついた
スマートなスーツにシャッポが似合うおかっぱ頭の青年。ミニのワンピースにおっぱいが印象的で、いつも青年の傍によりそう少女。そうです、ペイネの“恋人たち”です。
NTT DoCoMo マナー広告のメインキャラクターでも知られる、フランスの世界的イラストレーター、レイモン・ペイネの愛の世界を彼自ら4年の歳月をかけて1974年、初めてアニメ化した作品が『ペイネ・愛の世界旅行』です。リバイバル公開の熱いリクエストに応え、この伝説的傑作アニメーションが愛の翼をつけて戻ってきました。
場面はどこかの戦場。爆音が轟き、硝煙が空を覆い、巨大な爆撃砲が強いショックではね上がる。これらのシーンがハイコントラストで、しかも早いテンポで変わるその下に、恋人たちが手をとりあってスクリーンの左から右に何度も何度も駆け抜けていく。
『ペイネ・愛の世界旅行』のオープニングシーンは、作品全体を表現する意味においてきわめて象徴的です。
人間の平和な生活を脅かす、戦争や暴力。そのような悪のはびこる現代で、若い恋人たち(それは人間すべての謂いかもしれません)が心の底から安息できる「愛の世界」はあるのでしょうか……。それがこの作品の大きなモチーフでありテーマであるといえるでしょう。
レイモン・ペイネの世界は、そのようなテーマを内包しつつ、ソフトでやさしく、それこそ夢をそのまま絵にしたような不思議な魅力と、愛に満ちています。そして、アニメ化された本作はそのまま、ペイネの「愛の世界」を創出しています。
バレンチノとバレンチナと名づけられた“恋人たち”が、天使と悪魔が門番となっている天国への扉をたたくところから二人の「愛の世界旅行」は始まります。
世界中を自由に旅行できる<ラブ・パスポート>を手に入れた二人は、まずベツレヘムを訪れます。イエス・キリストの生誕に立ち合い、スペインではドン・キホーテを救出し、イタリアではフェリーニの映画に出演し、イギリスではエリザベス女王やビートルズと宴を交し、フランスではモナリザのデートを目撃。時空や空間を自在に飛びまわり、“愛のメッセンジャーたち”と出逢う、まさに夢の旅行です。アニメーションならではの楽しい世界がつぎつぎと展開し、観るものを飽きさせることはないでしょう。
紹介される世界の国々は、もっともティピカルな人物や風景によって表現されていて、しかも軽い風刺や皮肉も忘れていません。特に弱き者、圧迫されているものへの限りないやさしい愛に満ちた眼差しは、幻想的な作品である以上に、強いペイネのメッセージを感じとることができます。それは、対独レジスタンスにも身を投じた経験のある、ペイネのしたたかな精神のあらわれでもあるのでしょう。
本作品は1970年、パリでプロデューサーのブルーノ・パオリネッリとレイモン・ペイネの間で企画され、71年に製作を開始し、74年に完成しました。世界に先駆けて公開されたイタリアでは大成功を収め、そのニュースは日本でも話題になり、同年7月6日、日本ヘラルド映画の配給で日比谷スカラ座で公開されました。
本作を語るうえで忘れてはならないのが、世界的コンポーザーのエンニオ・モリコーネと世界的演奏家アレッサンドロ・アレッサンドローニによる美しい音楽の数々です。モリコーネはいうまでもなく、『荒野の用心棒』などのマカロニ・ウェスタンや『ニュー・シネマ・パラダイス』などのトルナトーレ作品でも知られる名コンポーザー。アレッサンドローニは、近年渋谷系ラウンジ・ミュージックで一躍脚光を浴びた『黄金の7人』の“おしゃれ演奏家”としても有名です。主題歌「あなたにすべての花を“A
FLOWERS ALL YOU NEED”」を唄うのはギリシャのロック歌手デミス・ルソス。
本作を66歳で製作した「愛の画家」レイモン・ペイネは、1999年1月14日世界中の恋人たちに惜しまれつつ、90年の愛の人生に幕を閉じました。
『ペイネ・愛の世界旅行』は27年の年月を経た今、疲れた現代人の心の隙間にうるおいとやさしさをもたらす傑作となったのです。
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