●監督・脚本・演出     :ミヒャエル・ハネケ
Scenario et realisation Michael Haneke

1942年ドイツ、ミュンヘン生まれ。オーストリアのウィーン大学在学中には哲学、心理学、演劇を学ぶ。卒業後はドイツのテレビ局で脚本家として活躍。1970年にテレビドラマを初
監督、同時に舞台監督としても多くの作品を演出。1989年『セブンス コンチネント(仮)』で映画監督デビュ−。同作品はロカルノ映画祭で受賞。その後も各作品それぞれが注目さ
れていく。1997年、『ファニーゲーム  』では、カンヌ国際映画祭コンペ部門に招待されるほか、各国で高い評価を得る。2000年、ジュリエット・ビノシュ主演の『コード ア
ンノウン(仮)』は、カンヌ国際映画祭にてエキュメニック賞を受賞。最新作『ピアニスト』は今年のカンヌ国際映画祭グランプリを受賞した。現代社会の奥に潜む「危うさ」を独特
な映像と演出で鋭く描き続けるウィーン在住の巨匠。

作品

73:『その後は?』(TV) 76:『粗大ゴミ』(TV) 76:『池までの三つの道』(TV)79:『レミング』(Tv二部作) 83:『変奏』(TV) 84:『エドガー・アレンは誰だった
か?』(TV)85:『シュムッツ』(パオルス・マンケア監督 台詞のみ) 86:『お嬢様・ドイツのあるメロドラマ』(TV) 89:『セブンスコンチネント』 91:『殺人者に対する追悼文』TV 92:『ベニーズビデオ』93:『反乱』(Tv) 94:『71フラグメンツ』 95:『リュミエール社』(ドキュメンタリー) 97:『カフカの「城」』 97:『ファニーゲーム』 00:『コードアンノウン』 01:『ピアニスト』

 
 <『ピアニスト』について ミヒャエル・ハネケ >
原作が出たのは15年前のことです。当時の私はまだ一般公開される映画を撮ってはいませんでした。テレビ映画を撮っていたのです。しかし当時すでにこの物語は映画に向いていると思いました。今回の私自身のテーマは、いかにしてヨーロッパでヨーロッパ俳優を使って、しかもヨーロッパ以外の観客にも受け入れられる映画を撮ることができるか、表面を撫でるだけのものではなく、同時にポルノグラフィーに堕さない、セックスをテーマにした映画を撮ることはできるか、ということでした。私にとっては賭けでした。危険な賭けでありゲームでしたが、それに魅せられてもいたのです。

 それまでの作品とは確かに異なっています。『ファニーゲーム』がスリラーのパロディとすれば、『ピアニスト』はメロドラマのパロディと言ってもかまいません。パロディーにするために、メロドラマの常套形式を利用しているのです。そして原作もまた、19世紀的な古典的心理小説の用に見えて、実は別物です。ところが書き方自体は古典的小説作法に則ったかのように書かれているのです。それを映画の手法として生かそうと私は努力しました。ですから、もちろん、私の以前の作品とは趣が異なっているのです。
日本の観客へなにも宣伝効果を狙って言うわけではありませんが、『ピアニスト』は、オーストリアと並んで、どこの国よりもまず日本でこそ理解されるに違いないと思います。仕事への鉄の規律、とりわけ音楽の領域で鉄の規律がテーマになっています。オーストリアを別とすれば、これほど数多くの音楽家を生み出している国は、それも演奏家を生み出している国は、ほかにありません。私のイメージでは、この鉄の規律、芸術を介して社会的ヒエラルキーを上り詰めるための鉄の規律こそが、この映画のテーマなのです。まさしく日本でこそ理解されるにちがいありません。


<ミヒャエル・ハネケ は語る>

私はあらかじめ自分の映画の見方について語ることはしたくありません。なぜなら、そうすると観客は自分で考える必要がなくなってしまうからです。私が提示する事柄に対して、観客自身が挑発されていると感じてほしいのです。観客に対して私はいかなる解決も提供しません。ただ問いを投げかけるだけです。解決を与えるのは政治家の仕事です。そして彼らの仕事はまやかしの解決策を与えてなだめることでしかありません。

 心理的リアリズムに拘泥すると、いかに極端な状況を設定し、いかに難問を提出してみても、たちまち矛先が鈍ってしまいます。そこに生じる出来事は登場人物の性格に起因する、したがって自分自身とは関係ないと観客は考え、逃げ出すことができてしまうからです。逃げ出すのが不可能になる形式を見つけ出そうと、私は試みているのです。状況をラディカルに尖鋭化させて、心理的個人的な鋳型を避けることで、観客自身を不安と攻撃の真っ只中に投げ込むことのできる形式を探し求めているのです。観客は空白を自分で埋めなくてはなりません。自分で責任を引き受けなければならないのです。

 映画は気晴らしのための娯楽だと定義するつもりなら、私の映画は無意味です。私の映画は気晴らしも娯楽も与えませんから。もし娯楽映画として観るなら後味の悪さを残すだけです。快適で親しみやすいものなど、現代の芸術には存在しません。にもかかわらず、映画にだけは気晴らし以外の何も求めないことに慣れてしまっているのです。だからこそ、気晴らしのできない映画を観ると苛立つのです。

 私の映画を嫌う人々は、なぜ嫌うのか自問しなければなりません。嫌うのは、痛いところを衝かれているからではないでしょうか。痛いところを衝かれたくない、面と向き合いたくないというのが理由ではないでしょうか。面と向き合いたくないものと向き合わされるのはいいことだと私は思います。
結局のところ、いかに奈落に突き落とすような恐ろしい物語を作ってみても、我々に襲いかかる現実の恐怖そのものに比べたら、お笑い草にすぎないでしょう。


第23回 ぴあフィルムフェスティバル 「知らせざる世界の巨匠 ミヒャエル・ハネケ」
インタビュー:スザンネ・シェアマン(映画研究家・明治大学助教授)
ドイツ語翻訳:須永恒雄(独?文化研究・明治大学教授)より転載




● エルフリーデ・イェリネク(鳥影社刊「ピアニスト」)
D'apres Ie roman de Elfride Jelinek


1946年オーストリアのシュタイアーマルクに生まれ、ウィーンで育つ。四歳からフランス語、バレー、ピアノ、オルガン、ブロックフレーテ、ヴァイオリン、ギターを習う。ウィーン大学で演劇学と美術史を専攻するが、父の重病と死、母の要求過多の教育志向のため、精神科医のセラピーを受ける。作楽療法として文学の創作に打ち込み、技法を凝らした長編小説や多数の挑戦的戯曲を発表する。1998年ドイツ最高の文学賞ビューヒナー賞を受賞する。また1989年発表の「したい気分」はベストセラーとなる。


問)あなたの小説が映画化されるのは「ピアニスト」が初めてです。ミヒャエル・ハネケのオファーを受けるについては、どんな要因があったのでしょう?

−承諾の返事を出すまでには随分長い間躊躇していました。この躊躇は、特に言語について向けられたものでした。イメージが形作られるのは言語からですし、言語がイメージを伝達するからです。映画がそこに基本的な別の何かを付け加えられるとは思えませんでした。とはいうものの、映画化権を与えるとしたら、イメージの規範を独自に発展させることができ、テキストとイメージを対決させることのできるハネケのような監督にしかありえないことは最初から明らかでした。

問)あなた自身、ブルジョワで、カソリック信者の絶対的権力を持った母親にコンサート奏者としての将来を期待されながら教育され、父親は精神病施設で亡くなられている。「ピアニスト」はどこまでがあなたの自伝なんでしょう?
−その質問には答えたくありません。それに、確かに基本的な要素に自伝的なものが含まれているとはいえ、小説を自伝としてとらえて欲しくありません。ストーリーで私が大事に思うのは、同種の例があることです。この小説の場合は、皆から敬われ、崇拝されている高尚な芸術の中に重きを占めている女性たちのひとりを、徹底的に偶像破壊することでした…。彼女の性交渉を伴わない性は、のぞき趣味に転化して現れます。彼女は人生にも欲望にも関与できていません。他人のセックスをのぞくことすら男性の権利であるので、彼女はつねにのぞかれる存在であって、のぞく存在ではないのです。精神分析学の専門用語を使えば、彼女は男根的女性だといえるでしょう。彼女はのぞくという男性の権利を横取りし、そのおかげ人生を棒に振るのです。

問)エリカの狂気をどのように説明されますか?
−彼女は狂人ではありません、絶対に違います。神経症ではあるけれど、狂ってはいません。今言ったように、それは彼女が自分のものでないもの、彼女がとてもとても希にしか手に入れることができないもの、つまり芸術家としての栄光、を我がものとしようとすることを原因とした、真の意味での血で汚れた結果にすぎないのです。したがって、ひとりの男を選ぶ権利も、さらに彼にどのように自分を虐めるかを命令する−隷属の中の支配−権利も与えられていません。いずれにしても、女性にとっては誕生と子供の教育の範疇から外れたもののほとんどすべてが野望だと見なされているんです。

問)オーストリアで「ピアニスト」が出版されたとき、一部の批評家からポルノ小説だと批判されましたが、そのことで傷ついたりしませんでしたか?
−この小説はポルノ以外のすべてです。ポルノグラフィーにはあらゆるところに常に欲望が暗示されています。けれども、私の小説は、そんなことはありえないこと、それはつまりは言いなりになる女性を保持しておきたいために考えだされた計略だということを証明しているのです。なぜなら、ポルノグラフィーではオブジェに使われているのはたいていが女性ですし、男性はそれを見ることで、彼らの肉体の中に侵入していくのです。

問い:ハネケの映画化を許諾したのは何故か。
−だからこそ、この小説を映画化するに際しては誰よりもまずミヒャエル・ハネケが指名されたんです。私たち二人とも、昆虫学者が昆虫を観察するように、対象を冷静に分析していく方法をとっています。遠く離れたところから見た方が、物事のメカニズムをよりはっきりと読みとることができるのです。



●エグゼクティヴ・プロデューサー:ミヒャエル・カッツ、イヴォン・クレン
Producteurs executifs Michael Katz Yvon Crenn
●プロデューサー:ナタリー・クリュテール(MK2)
Nathalie Kreuther pour MK2
●クリスティーヌ・ゴズラン(レ・フィルム・アラン・サルド)
Christine Gozlan pour Les Films Alain Sarde
●製作コーディネート:ウルリケ・レッサー
Coordination de la production Ulrike Lasser
●撮影:クリスティアン・ベアガー
Chef operateur Christian Berger
●編集:モニカ・ウィッリ
Montage Monika Willi
●音編集:ナディーヌ・ミューズ
Montage son Nadine Muse
●録音:ギヨーム・シアマ
Ingenieur du son Guillaume Sciama
ミキシング:ジャン=ピエール・ラフォルス
Mixage Jean-Pierre Laforce
●音楽監修:マルティン・アッシェンバッハ
Conseiller artistique musique Martin Achenbach
●衣装:アンネッテ・ボーファイス
Costumes Annette Beaufays
●美術:クリストフ・カンター
Decors Christoph Kanter 




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