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第1回 遅れてきたラストサムライ 新選組局長・近藤 勇 〜肩書きにこだわりすぎた男〜

東京・多摩の農家に生まれた勝五郎少年は、侍になりたい一心で、16歳の時に天然理心流に入門。めきめきと頭角を現わし、27歳で4代目当主になると同時に、近藤勇という苗字と名前を手に入れた。

そんな近藤に、翌年、大きな転機が訪れる。幕府が将軍の警護のため募集した浪士組に参加、解散後も京都に残り、土方歳三や沖田総司らと新選組を旗揚げする。そして30歳の時、近藤と新選組の名を一気に高める事件が起きた。世に言う「池田屋事件」である。池田屋で数十人の蝦夷派の志士を4人で切り込み一網打尽にしたのである。
知らない者はいない存在となった、近藤と新選組。しかし、そんな時代は長続きしなかった。開国、倒幕、明治維新という時代の流れは、止めようがなかったのである。敗戦、幕府崩壊、疲れきって江戸にたどり着いた近藤に、驚くべき出来事が待っていた。

幕府軍を統括していた幕臣の勝海舟と会った近藤は、倒幕軍より先に甲府城接収に成功すれば、10万石を与えると告げられるのである。10万石といえば、旗本どころか大名の石高。農民出身ゆえに、肩書きに異常にこだわった近藤が喜び勇んだのも無理はなかった。

当時、34歳の近藤は、甲陽鎮撫隊隊長として意気揚揚と甲府城へ向かった。しかし、いざ甲州城を前にした近藤の目に信じられない光景が映った。誰もいないはずの、自分が城主になるはずの甲州城には、岩倉具視・板垣退助が率いる倒幕軍がひしめいていたのだ。近藤は果敢に戦いを挑むものの、圧倒的な力の差を見せつけられ大敗北を来たす。

そしてこの敗北には、近藤の予想しなかった大きなトホホが隠されていた!倒幕軍が甲府城に入ったのは、近藤らの前日。たった一日の差が明暗を分けていたのだった。武士として、しかも幕府軍の隊長として故郷に通りかかった近藤は、つい自慢したくなり、地元で夜通しドンチャン騒ぎを繰り広げてしまったのである。酔った近藤は、すでに甲州10万石を手に入れたかのような大名気分で、大盤振る舞い。完全に酔っ払いと化し、結局故郷で飲み明かしたわずか1日が、大きく運命を分けてしまったのである。

その後、近藤は土方らと共に千葉の流山に落ち延びるが、新政府軍に捕縛。近藤勇の最期は、武士としての切腹も許されず、罪人として斬首されたのであった・・・・・・。
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テレビ東京