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第10回 マリー・アントワネット

美しき悲劇の王妃として、その名を知られるマリー・アントワネットは、1755年11月2日、ヨーロッパの名門貴族ハプスブルグ家に生まれた。母はオーストリアの偉大な女帝と呼ばれたマリア・テレジア。末娘のマリーは、幸せな少女時代を過ごしたという。




14歳の時、フランスの皇太子ルイ・オーギュスト、後のルイ16世と結婚。これは、対立していたフランスとオーストリアの同盟のための政略結婚だった。
そして、フランスに嫁いだ彼女の激しくも哀しい運命が動き出す。二人の結婚生活は、夫の身体的理由などもあり、子どもに恵まれず、空疎なものだった。幼くして王室に嫁ぎ、世間知らずのマリーは、その寂しさを満たすかのように浪費に走り、ベルサイユ宮殿を舞台に豪勢な生活を繰り返す。


 1789年、マリー34歳の時、贅沢三昧の宮廷の出費や度重なる戦争により、フランスの財政は破産寸前だった。一方市民は、大凶作にあえいでいた。貧しさに苦しむ民衆のことなど露ほどにも考えない貴族たちの贅沢ぶりに、ついに民衆の怒りが爆発した。その怒りは、フランス革命としてマリー・アントワネットを飲み込んでいく。
 フランス革命の勃発は、フランス王政の圧政の象徴だったバスティーユ監獄を民衆が襲ったことから始まる。ベルサイユ宮殿まで民衆がデモ行進をしたために、マリー一家は宮殿を追い出され、パリのチュィルリー宮殿に軟禁状態となる。が、周囲は敵ばかり。一家はオーストリア領内への脱出を決意する。

 ところが、国境の手前でマリー・アントワネットを始め、国王一家は逮捕されてしまう。その理由は、彼女のあまりにトホホなキャラクターに隠されていた!そしてそんな性格が災いして、驚くべきトホホな脱出劇となってしまったのである。
そして1793年10月16日、38歳のマリー・アントワネットは、民衆の憎悪の中、断頭台の露と消えたのであった・・・。
  
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テレビ東京