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第14回 ココ・シャネル

ココ・シャネル、本名ガブリエル・シャネルは、1883年8月19日にフランス南西部のソミュールで生まれた。12歳で母親を失うと、父親は彼女を修道院に預けるが、再び迎えに来ることはなかった。
暗く恵まれなかった少女時代。しかし、シャネルはこの頃から、ありきたりの服に少し手を加えるだけで、可愛らしくおしゃれにしてしまう着こなしの才能を発揮し始める。ファッションに目覚めた彼女は、お針子の助手として働いた後、自分の力を試したいと、あこがれの都パリへ向かう。
1910年、シャネルは裕福な恋人の後押しを受けつつ、「シャネル帽子店」をオープンし、ついにデザイナーとしての第一歩を踏み出す。これまでの飾り立てた帽子とは違い、シンプルで斬新なシャネルのデザインはたちまち評判となり、次々と店を増やしていく。第一次世界大戦の最中にあっても、その売れ行きは衰えず、彼女は本格的に高級注文服をつくる仕事に乗り出す。
 1935年、確実に業績を伸ばしていった「シャネル」は、従業員4000人を抱える大企業へと成長を遂げていた。莫大な財産を築き、ヨーロッパのモードを完全に牛耳っていたシャネルが次に狙いを定めたのは、アメリカのマーケットだった。彼女はアメリカ進出を世界的成功の足掛かりにしようとしていたのだ。
 しかし1939年、なんとシャネルは突然店を閉め、服づくりからもあっさり引退してしまう。さらに、その後15年にわたりファッション界から姿を消すこととなる。人生の絶頂期にいたはずの彼女が一体なぜ?この事件の裏側にこそ、ココ・シャネルの人生最大のトホホが隠されていた!
 1936年6月のある朝、シャネルが自分の店に向かうと、店の前にはなぜかお針子たちが並んでおり、彼女の入店を拒否。これは、お針子たちが労働条件の改善を求めて起こしたストライキだった。
シャネルはコレクションが近づくと仕事の鬼と化した。夜も休みなく働き続け、従業員の労働時間もお構いなしだったという。恵まれない生い立ちから苦労を重ね、一人で店を立ち上げた上昇志向の強いシャネルにしてみれば、従業員が仕事について不満をもらすなど、あり得ないことだった。このストライキは、仕事を生き甲斐にしてきた彼女にとって、これまで自分のものだと信じてきた店が、実は自分一人のものではなかったことに気づかされただけでなく、まさに我が子に裏切られたような衝撃だった。
だがシャネルは、従業員たちへの仕返しとばかりに、強引に店をしめてしまう。そして、この事件以後、シャネルのファッションは、15年もの間姿を消してしまうのであった。
もし、苦労して当たり前という彼女の考えを押しつけることなく、従業員たちに理解を示していれば、シャネルの世界進出はもっと早く実現できたかもしれない・・・・・・。
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テレビ東京