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第15回 紫 式部

 紫式部の誕生は970年頃。父は宮中に学者として仕えていた藤原為時。
母は彼女が生まれると間もなく病死し、姉を母代わりに育った。
 紫式部がその才能の片鱗を見せるのは8歳の頃。父が兄に「史記」を読んで聞かせているのを横で聞きながら、すぐにそらんじてみせたという。
父の為時は、「そちが男であったら良かったのに」と彼女の才能を惜しんだ。
当時は完璧な男社会。女性はいくら勉強が出来ても、幸せには繋がらなかった。
そしてこの教養が、彼女を不幸へと導いていく。
 
 大叔母にあたる藤原道綱の母が書いた「蜻蛉日記」に最も影響を受けた紫式部は、この浮気を繰り返す亭主への恨み節に、勉学もせず女にうつつを抜かす平安の男たちを嫌悪し始める。
こうして、男性と付き合う前から男嫌いになってしまった彼女は、10代の後半で、一人の女性と姉妹の契りを結び、精神的な支えとする。
 しかし、これを快く思わなかった父・為時は、彼女の将来を憂い、勝手に結婚を決めてしまう。相手の藤原宣孝は、今で言うエリート官僚であったが、すでに40歳を越え、妻や子も数多かった。
 
 結婚の翌年、紫式部は女の子を出産するが、夫は「男ではないのか」という信じられない言葉でこれを迎えた。最初から女の立場の弱さを思い知らされた結婚生活。そして彼女は、明らかに自分よりも教養のない夫を軽蔑する。
 だがこの生活は、長くは続かなかった。結婚から2年半後に夫が急死、紫式部は男社会から解放される。やがて彼女は、男社会への不平・不満を吐き出したいと思うようになる。こうして書き始められたのが「源氏物語」であった。
 主人公は見た目は「美男子」だが、紫式部は光源氏を男の身勝手さや、程度の低さの代表として描いていく。つまり源氏物語は、物語に名を借りた男への愚痴だったのである。だがここに、とんでもないトホホが待ち受けていた!

 図らずも「源氏物語」が京の町で評判となり、紫式部は藤原道長から、自分の娘・彰子の教育係としてお誘いがかかる。だがこれは、彼女にとっては迷惑な話だった。宮中は彼女が最も嫌う男社会の中心である。しかし、藤原道長といえば時の権力者、彼女に断るすべもなく、嫌々ながら宮仕えを始めることとなってしまうのである・・・・・・。
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テレビ東京