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第21回 楊貴妃

 今から約1300年前、日本が奈良時代を迎えた719年、楊貴妃は現在の四川省蜀に生まれた。名は玉環。幼くして父を失った玉環は、叔父に引き取られ、楊一族の一員となる。
 17歳を迎えた頃、彼女はその美しさから周囲の評判を得、唐の玄宗皇帝の息子・寿王の妃として長安の都に上ることになる。しかし、仲睦まじい夫婦として評判だった二人に衝撃的な出来事が起きる。玄宗皇帝が玉環に一目ぼれし、息子から彼女を奪い、自分の妃としてしまうのである。この時、玉環22歳、玄宗56歳。

 それ以降、玄宗は常に玉環をそばに置き、政治を放り出し、玉環に溺れていく。そして玉環27歳の時、玄宗はその寵愛ぶりを示すかのように皇后に継ぐ後宮での最高位"貴妃"の称号を贈り、楊一族の貴妃、楊貴妃が誕生する。
 さらに玄宗は、楊貴妃の気を引こうと、彼女の一族にことごとく高い地位を与えた。特に従兄弟の楊国忠は、皇帝に次ぐ宰相のポストにつき、莫大な富を得、欲望のままに権力を行使し、唐王朝は激しく衰退していく。
 一方、63歳の玄宗は楊貴妃と二人だけの世界にうつつを抜かしていた。だが、二人の間に子どもはなく、楊貴妃は後宮での自分の立場が危うくなることを恐れていた。そして、彼女の子どもが欲しいという焦りが、とてつもなくトホホな事態を引き起こしてしまう!

 ある日、楊貴妃と玄宗の前に、安禄山というイラン人とトルコ人のハーフの男が現れる。安禄山は口がうまく、口八丁手八丁で、辺境を守る軍隊の司令官である節度使という地位についた人物で、玄宗に取り入ろうとしていた。安禄山は子どもに恵まれない楊貴妃の弱点をつき、彼女の養子になることを申し出る。安禄山は貴妃より16歳も年上であったが、二人の利害が一致し、トホホな養子縁組が成立してしまう。
 楊貴妃の養子という地位を得た安禄山は、男性は入れない後宮に出入りして楊貴妃と面会し、宮中では二人の不倫の噂まで流れる始末であった。それを知り、不快感をあらわにしたのが、宰相の楊国忠。楊貴妃の考えをよそに、安禄山と楊国忠の宮廷での権力争いが始まる。

 楊国忠は、事あるごとに玄宗の耳に"安禄山謀反の恐れアリ"と吹き込む。そしてこの報を聞いた安禄山は、強大な兵力を動かし、755年に「安禄山の乱」が起きる。辺境の戦の経験豊富な安禄山の軍に対し、唐の兵は訓練すらされていない状態で、勝敗は明らかだった。長安の都では、安禄山が攻めてきたとの知らせでパニック状態となり、玄宗は楊貴妃と一部の宦官を連れ、兵を置き去りにして逃げ出した。
 この乱をきっかけに、地方の反乱が増加し、最盛期を迎えていた大唐帝国は急速にその力を失い、滅亡へと向かっていくこととなる。
 楊貴妃の最大のトホホとは、権力を保持するために寵愛した男が謀反を起こし、自分が都を追われてしまったことだった!
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テレビ東京