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第23回 マリリン・モンロー

 1926年6月1日、アメリカ・ロサンゼルスで生まれたノーマ・ジーン・モーテンセン(後のマリリン・モンロー)。私生児として生まれた彼女は、母親が病弱だったこともあり、里親や孤児院を転々とし、愛情に飢えた孤独な少女時代を過ごした。
 1942年、マリリンは高校に進学するが、1年で中退。16歳の若さで20歳の航空機整備士ジム・ドアティーと結婚する。

 その後、彼女に運命的な出来事が起こる。軍隊向けの雑誌を作っているカメラマンに写真のモデルとしてスカウトされるのである。これをきっかけにマリリンは、19歳でモデル事務所に所属。雑誌のページを飾るようになった彼女の人気は急上昇する。
マリリンの所属事務所の社長エメリン・スナイブリーは、彼女のさらなる可能性を感じていた。エメリンは、映画女優になりたいのであれば、髪の毛をブロンドに染めるようマリリンに詰め寄る。迷い抜いた末、彼女はブルネットの髪の毛をゴールデンブロンドに染めた。大手映画会社コロンビアと契約を結んだ際にも、髪の毛を常にブロンドに染めることが条件とされた。この時、芸名をマリリン・モンローとし、夫とも離婚して、映画女優としての新しい人生を歩み始める。
 それまで、オードリー・ヘップバーンやグレース・ケリーなどの清純派女優が主流だった映画界で、輝くようなブロンドをなびかせ、ヒップラインや胸の谷間を強調した衣装で立ち振る舞う彼女の姿は、世間に強烈なインパクトを与えた。1953年には、「ナイアガラ」「紳士は金髪がお好き」「百万長者と結婚する方法」と、主演作3本がすべて大ヒット。マリリンは27歳にしてチャイニーズ・シアターの前庭でハリウッドスターの証である手形を押し、サインを刻んだ。
 1954年には、ニューヨークヤンキースを引退したばかりの大スター、ジョー・ディマジオと結婚。まさに、光り輝くブロンドの髪が彼女を女優として、そしてひとりの女性として幸福の絶頂に導いた。ところが、このブロンドヘアこそが、マリリン・モンロー人生最大のトホホを引き起こした!
 女優として頂点を極めつつあったマリリンは、どうしても埋まらないギャップに苦しめられることになる。これまで彼女に与えられてきたのは、主演とはいえ、どんな女優でもできるようなセクシーなブロンド娘の役ばかり。映画会社や監督にとっては、「セックス・シンボル」としてのマリリン・モンローが演出できれば、それで十分だった。世間に与えるイメージと、自分が望む女優像とのギャップ。しかし、ハリウッドスターとしてここまで成功した、ブロンドのセクシー女優、マリリン・モンローを簡単に捨てる訳にはいかない・・・。さらに、セックス・シンボルのイメージは、ディマジオとの関係も崩壊させていく・・・。
 ブロンドに変身し、マリリン・モンローになったことでつかんだハリウッド女優としての成功。だが、夢を叶えたブロンドの髪は、ノーマ・ジーンとしての幸せを許してはくれなかったのである。
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テレビ東京