番組概要
バックナンバー
出演者プロフィール
ご意見ご感想
TOPへ戻る
 
     
 
第24回 ナポレオンと2人の妻

 1769年8月15日、ナポレオン・ボナパルトは、フランス領コルシカ島で下級貴族の息子として生まれた。読書好きの大人しい子どもだったナポレオンは、9歳の時に親元を離れ、フランスにある兵学校に入学する。その後、少尉としてフランス南東部に赴任、軍人として次第に頭角をあらわすが、そんな矢先、フランス革命が起こる。
 国王ルイ16世とマリー・アントワネットは処刑され、その後の舵取りをする指導者が現れず、フランスは徐々に衰退していく。イギリスやオーストリアなどがその領土を分割しようと乗り出すが、その危機を救ったのがナポレオンだった。侵略を防ぐだけではなく、イタリアやエジプトに領土を拡大し、ナポレオンはフランスの国民的英雄となっていく。
 1799年、30歳になったナポレオンはクーデターで新政府を樹立、フランスの最高権力者に上り詰める。翌年には、宿敵オーストリア軍を破り、ヨーロッパ全土の半分を支配し、ついに1804年、フランス皇帝の座につく。
 この皇帝ナポレオン誕生は、9年前に結婚していた6歳年上の妻・ジョゼフィーヌの献身的な努力のおかげで生み出されたものでもあった。だが、その蜜月も長くは続かなかった。ナポレオンの次なる野望は、皇帝の地位を世襲し、ボナパルト家を名門貴族にすることだった。しかし、結婚から13年経っても2人の間に子どもは出来なかった。ナポレオンは、当時45歳のジョゼフィーヌが高齢のため子どもが出来ないと確信し、離婚してしまう。
 そして、どうしても権威が欲しいナポレオンは、ヨーロッパ随一の名家であるハプスブルグ家のマリー・ルイーズと結婚する。この時ナポレオン41歳、マリー・ルイーズは18歳。翌年には息子が誕生し、権力、世継ぎとすべて手に入れたはずだったが、この結婚が、ナポレオンにとんでもないトホホをもたらした!
 23歳も年下のワガママ妻に戦争に行くことを阻止され、マリー・ルイーズの存在がストレスになったナポレオンは、その息抜きに離婚したジョゼフィーヌの元に足繁く通い出す。
しかし、しばらくすると妻の機嫌を損ねないよう、やむなくジョゼフィーヌと会うこともやめる。こうした日々は、ナポレオンにストレスという形で降りかかり、部下に八つ当たりを始め、信頼関係も崩れていく。
そんな中で強行されたロシア遠征は、大惨敗に終わる。力の弱ったフランスは、ドイツやイギリスを中心とした連合軍に攻められる。この連合軍には、オーストリアも参加しており、彼は妻の実家にも裏切られるのである。
1814年、連合軍にパリを包囲され、ナポレオンは皇帝から引きずりおろされる。これは、マリー・ルイーズと結婚して4年後のことであった。その後ナポレオンは、妻や子どもたちと引き離され、エルバ島に流されてしまう。
 糟糠の妻ジョゼフィーヌと離婚し、権威と世継ぎを求めたが故に、ナポレオンはすべてを失ってしまったのであった・・・・・・。
Back
 
 
テレビ東京