今回のハテナ
> 平成19年8月12日放送分 「あの時みんな何食べていた?」
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今回のねらい

お米の配給1か月3合。塩1日小さじ半分。肉無し、砂糖無し。主食はさつまいも…。昭和20年に終わった太平洋戦争。終戦前後の一時期、日本は大変な食糧不足に陥っていました。庶民にとって「戦争」とは、毎日の「食べること」との戦いだったという人もいます。そのころ、当時の人たちはいったい何をどうやって食べて凌いできたのでしょうか。今回は体験者のさまざまな証言をもとに、そのころの食事を作って食べてみよう!ということで、材料、献立から味付けまで、できるだけリアルな再現にトライ。

今回のねらい
企画のポイント
■食糧難時代の“すいとん”をリアルに作る・食べる
糧難のころの食事としてよく登場する“すいとん”。当時を知る人に聞くと、一緒に入れたのは、野菜代わりのカボチャやさつまいもの葉っぱとつるだそうだ。今の時代、これを野菜と考える人はまずいない。味付けは、というとほとんどが塩だけ。食糧難が厳しくなって、味噌・醤油などの調味料は貴重品だったという。
クワバタオハラの二人は、カボチャといもの葉・つるを具にした“すいとん”を、薪の火で作り、はじめての味を体験。当時を知る人の話から、代用しょうゆも作って使ってみた。

企画のポイント
■食糧難時代の“雑炊”をリアルに作る・食べる
食べ物がない当時、世帯ごとに購入量を割当制にした『配給』が物を手に入れる手段だった。配給で手に入る僅かな米を、できるだけ嵩を増やして食べるためにどの家庭でも工夫が欠かせなかった。その一つが雑炊。米が泳ぐくらいちょっとしか入っておらず、ふやけて形もないような雑炊。また、野菜不足を雑草で補ったという話を元に、クワバタオハラは雑草入りの雑炊に挑戦。たんぽぽや、ギシギシ、聞き慣れない「鉄道草」も探し出して、食べてみた。その味とは?
企画のポイント
■クワバタオハラの“すいとん”と“雑炊”を体験者が試食
昭和20年頃、小中学生だった人たちに、二人の作った“すいとん”と“雑炊”を食べてもらい、当時の味と比べてもらうことに。集まっていただいたのは8人の体験者。試食してもらうと、もっとまずかった・もっとおいしかったと感想が二分。終戦前後にどこにいて何をしていたかによって、人それぞれ、食べていたものがずいぶんと違っていたようだが、想像以上に食べることが大変だったことが分かった。
企画のポイント
   
■ 高橋道場

●食糧難の食卓を味わう

戦中戦後の食糧難を体験した人たちが食べたもの。そのほんの一部をスタジオで体験。アルコール燃料を作るために増産された通称「ガソリンいも」。今で言うバイオエタノールの原料として大量に作られていたが、美味しくなかったといわれるさつまいもを試食。ほかにも、多くの家庭で使われていたという手製のパン焼き器で焼いた「パンのような物」や、“ふすま”(小麦の皮)を茹でただけのもの、などを味わった。

高橋道場
高橋道場
高橋道場
ゲストコメンテーター
松下幸子 千葉大学名誉教授
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