ニュース

2018.06.02 ソフトボール界をリードし続けるレジェンド・上野由岐子



あの感動を再び。SOFTJAPAN世界一へ。


夢の舞台で金メダルを。東京オリンピックへとつながる世界最高峰の戦いがこの夏、日本で幕を開けます。 8月、真夏の日本・千葉で開催される熱き戦い「世界ソフトボール」。東京オリンピックの出場権を持つ日本は熾烈な代表争いの真っただ中。さらに永遠のライバル・アメリカを始め、オリンピックを超える世界16の国と地域がオリンピック出場をかけて激突します。世界一だけを見つめて、強く、激しく、そして凛々しく。オリンピック連覇をかけた戦いがここから始まリます。


栄光の先に待っていた厳しい現実


今から10年前、北京の地で伝説は生まれました。2008年北京オリンピック女子ソフトボール決勝。日本は最大のライバル・アメリカを下し悲願の金メダルを獲得。オリンピック後には連日のテレビ出演。「上野の413球」はその年の流行語大賞にノミネート。日本中がソフトボールの金メダルに湧きました。

しかし、北京オリンピックを最後に、ソフトボールは正式種目から除外。すると、次第に世間からの注目も薄れ、栄光は過去のものに...。

金メダリストとしてその後も世界ソフトボールを制すなど活躍を続ける日本でしたが、日本代表合宿には、1人の観客も、報道陣の姿もない、厳しい現実が。時を同じくして、北京オリンピック金メダルの立役者・上野由岐子も暗闇の中にいました。

必死で追い求めた金メダル。いざ手にしたとき彼女は燃え尽きていました。目指すべき道を見出せず2年間、日本代表を辞退。さらに追い討ちをかけるように、競技人生最大のケガにも見舞われました。膝に激痛が走り、歩くのもままならない状態に。

もがき続ける、傷だらけのエース。そんな上野の心を繋ぎ止めたもの、それは、オリンピックへの復帰。「あの舞台でしか感じられない感動をたくさんの選手に知ってほしい。」競技の魅力を伝えるために、彼女は投げ続けました。



暗闇にさした光、そして、 待ちに待った瞬間


北京オリンピックから6年がたった2014年。連覇に挑んだ「世界ソフトボール」宿敵・アメリカとの決勝戦。「最高の舞台で、最高の投球を。」祈りにも似た一球がミットに収まった時、日本史上初の大会連覇は成し遂げられました。

そんな彼女にさらなる追い風が吹いたのは翌年の春季キャンプ。悩まされてきた膝のケガの克服とともに、投球フォームの改造に取り組んでいた上野投手。まだオリンピック復帰が決まっていないのにも関わらず、思わずこんな言葉が...

 「このフォームが完成したら2020年まで投げられちゃう。どうしよう!気持ちの準備ができていないな。このまま、地道にトレーニングを積んでいけばめっちゃいいボールが投げられる!」

充実感と期待に満ち溢れた表情で口にした言葉。それはまるでその先に待つ大きなチャンスを予感させるものでした。2016年の夏。ソフトボールのオリンピック競技復帰が決定。2020年、地元日本で行われる東京オリンピックで野球・ソフトボールが競技種目として復活したのです。

北京での栄光から8年。長く出口の見えないトンネルから抜け出した瞬間でした。もう一度、あの舞台へ。SOFT JAPANの全体的エース・上野由岐子35歳。新たな伝説の始まりです。


8月2日(木)開幕!東京五輪出場国&世界No1が決まる!世界女子ソフトボール2018
世界女子ソフトボール選手権
WBSC Women's Softball World Championship

<会場>
ZOZOマリンスタジアム(千葉県千葉市)
ナスパ・スタジアム(千葉県成田市)
第一カッター球場<秋津野球場>(千葉県習志野市)
ゼットエーボールパーク(千葉県市原市)

<期間>
8/2(木)~8/12(日)

一覧

ページトップに戻る