過剰な残業を強いられたことで心を病み、自殺に追い込まれた若い女性社員やビジネスマンが数多くいる。「労災」の認定や企業の責任を追及して訴訟も起きている。自殺に至らないまでも心を侵され、通常の生活ができなくなって退職を余儀なくされるビジネスマンはさらに多い。
記録された残業時間だけでもルール違反だが、さらに深刻な違反もある。決められた残業の上限を超えて業務をさせながら、その実態を発覚させないため、業務が終わらないうちにタイムレコーダーで「退社」を刻印させた後に仕事を続けさせる。この場合は残業代を払わない。労務管理者のオフィス内の見回りの目を逃れるために、帰宅させて自宅で仕事を続けさせる「風呂敷残業」もある。
プロセスが標準化され、定型化されたかつての製造現場の従事者は、その生産された価値を「時間」で測り、対価としての給料の目安とできた。しかし、複雑で例外的なプロセスが多いオフィス部門や成果が目に見えにくい企画部門では、「質」が議論されるので時間で測って業務の量を判断するのが難しい。定型化されたはずの製造現場でさえ、現在、割り当てられたセクションで作業処理する時間は人によってさまざま。こなす量には人によって大きな差が出る。
会社に提供した「時間」で給与を決めるのは業務の実態とはかけ離れてしまったのである。
政府は働き方改革の中で「残業時間の上限」を議論し、経営者団体と労働組合も「残業時間の上限」を決めることで、過剰な残業が起きている現場を改革しようとしている。しかし、定型化したプロセスで業務を進めることが困難になった現代の職場では、残業の問題を論じてもどれだけ効果があるか疑問である。
ルールの順守を義務付けられた現場の責任者は、頭を巡らせて発覚しないように「風呂敷残業」を強いるだろう。実態はいよいよ地下に潜るだけである。「未払い残業」という不透明な仕事が残る結果に終わりはしないか。「時間」を主にして労働を評価する仕組みを根本的に変える「働き方」の改革が必要なのである。
「ワーク・ライフ・バランス」という働き方改革の声が上がっているが、こうした視点を変えたところから、業務プロセスや責任の分担、仕事の評価の仕組み、成果報酬の考え方などを見直さなければならないのではないかと、取材しながら思った。

1947年生まれ。東京大学大学院(倫理学)修士修了。
73年日本経済新聞社入社。
産業部で24年にわたり、ハイテク分野、総合商社、企業経営問題などを担当。1988年から編集委員。この間、日経マグロウヒル社に出向し、日経コンピュータ、日経パソコンの創刊に参加。
97年-02年慶応義塾大学教授(大学院政策・メディア研究科特別研究担当)。
02年-04年、国際大学(グローコム)教授を務める。
現在、 MM総研所長、国際大学(グローコム)主幹研究員などを兼務。
企画・制作・・日本経済新聞社 クロスメディア営業局
監修:中島洋MM総研所長
取材:木原香菜恵、小島眞司、中村幸嗣、由谷咲、岩田愛未、土肥謙司、渡邊俊太、薄井慧、平山紘太郎、安井瑛男