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2018.9.12

テレ東プラス連続ウェブ小説:「30代の女子会。恋も仕事も家族も大事―三者三様、女の生き様」

第二話 女の幸せって何だっけ?~憂鬱な主婦の日常~


リビングに置かれた時計が【AM11:26】とデジタルで示している。
「もうお昼か......」
椅子に腰を下ろした美和子がそうつぶやき、小さなため息を漏らす。


3日ほど雨が続き、やっと晴れ間が覗いた。
洗濯カゴは夫と息子と美和子の洗濯物で溢れかえっている。2日ほど洗濯をサボったために、4回も回すはめになってしまった。


美和子は、洗濯が苦手だ。洗う、干す、たたむ、仕舞う......延々その繰り返し。
家族はタンスの中に服があるのは当たり前とでも思っているのか、美和子はやり甲斐などひとつも感じられなかった。


日曜日の昼前の時間帯には、特別な時が流れているような気がして嫌いじゃない。しかし、接待ゴルフに出かけるという夫のために早起きしたので、今日はただただ眠かった。


美和子と夫の関係は、決して悪くはない。
夫とはアパレルの販売員として働きはじめた頃に、知人の紹介で知り合った。
同じ年で大手証券会社の営業マン、元々口数の少ない夫だが、最近は家でも最低限の会話しかしようとしない。それが少し不満ではあったが、家族のために頑張ってくれている。


「ああ、もう! また負けた~!」
ソファで寝転びながら、ゲームをしている翔太がいきなり大きな声を出したので、美和子の意識が、一気に現実に引き戻される。


novel_20180912_01_thum.jpg


誕生日に、ずっと欲しがっていたポータブルゲーム機を買ってもらった翔太は、朝からそれに夢中だ。
『ゲームは一日2時間まで。必ずママの前でやること。20時以降は禁止』
約束を忠実に守っている翔太は、今日は朝の時間に2時間まとめてやってしまうつもりらしい。


「翔太、麦茶は?」
「いらなーい」


翔太は再びゲームの世界へ入り込んでいってしまった。


つい最近まで、ママ、ママと後を追ってきた翔太が、『ママうざい病』にかかりつつある。
並んで食べていた食事も、向かいに座るようになり、夜中、美和子の布団に潜り込んでくることもなくなった。
下校中に見つけて声をかけた時なんて、一緒にいた友達の目を気にして、無視されてしまった。
帰宅後、翔太はさすがにやりすぎたと思ったのか、申し訳なさそうな表情をしていたので、気にしていないと態度で示した美和子だったが、内心はとてもショックを受けていた。


いつかは来ると覚悟していたが、思っていたよりもずっと早い母離れに、美和子は驚きと寂しさを隠しきれない。


本当なら今も、意味もなくギュッと抱きしめたいところだが、そんなことをしたら翔太の『ママうざいレベル』は一気に上がってしまうだろう。ここはグッと堪えなければ。


翔太が生まれてから、自分の時間が全くなくなってしまった美和子は、「少しでいいからママにも自由な時間をちょうだい」と、眠っている翔太に思わず語りかけてしまったこともある。
小学2年生にもなり『ママうざい病』を発症した翔太を目の当たりにすると、あれだけ大変だった後追いすら恋しくなってしまう。


そろそろ、もう一人産んでもいいのかも。
そう思うこともあるが、産む以前に、夫と触れ合う機会がまずない。夫の手を握ったのでさえ、最後はいつだっただろうという中で、そんな営みをするタイミングなど見つけられるはずもなかった。


「はあ~......」
美和子は今度は、大きなため息をひとつついて、テーブルの上にあったスマホを手に取ると、SNSを見はじめた。


(あ、珍しい。沙紀が投稿してる)
SNSはもっぱら見る専門だと言っていた沙紀が、ひさびさに投稿している。


白いテーブルの上に並べられた、オムレツとサラダとトマトスープというシンプルなブランチには、自然光がしっかりと降り注ぎ、いかにもインスタ映えする画像だ。


忙しい毎日を送る沙紀だが、ひさびさの休日に珍しく自炊をしてみたという旨の文章が添えられていた。
美和子は、作ったオムレツを特別な日常として語れる沙紀の生活を羨ましく思った。


スマホの画面をスクロールさせると、今度は梨花子の自撮り写真が出てきた。
上目遣いではにかむ梨花子は、三十路を越えたようには見えない。
2枚目の画像には、お洒落な三段重ねのケーキスタンドに、サンドイッチ、スコーン、マカロンなどが綺麗に盛り付けられている。


『インターコンチネンタル東京ベイにいます♪ ここのアフタヌーンティーは11時から楽しめるんだよ~!』


当然、梨花子の稼ぎだけでこんなに良い暮らしができるわけがない。
梨花子には常に何人か『イイ関係』の男性がおり、とっかえひっかえデートをしていることを美和子も沙紀も知っている。
美和子は呆れる反面、30歳を過ぎた今でも、そんな生活ができる梨花子の女子力の衰えなさに憧れていることも否めなかった。


美和子はスマホを置くと、両腕を枕にしてテーブルに突っ伏した。
雨は上がったものの、まだ少し風が強いベランダで、干したばかりの洗濯物が楽しそうに風に揺られている。


夫と出会ってすぐ24歳で結婚した美和子は、"女子"として謳歌した時間はほとんどない。
恋愛結婚して子供も生まれ、共働きが主流の時代に専業主婦。世間的には、恵まれた環境だということもわかっている。先日の女子会でも、ケンカする二人の怒りの矛先が、簡単に自分へとすり変わった時、親友からもそう思われていることを痛感した。
結婚式で、美和子は祝福と同時に羨ましがる皆を前に、心のどこかで女として『勝った』と思ったのも事実だ。


けれど実際は......。
不在の夫、一人でする子育て、ママ友との付き合い......。
皆が恋愛や仕事を謳歌している時、家庭のために、変わらぬ生活を送る毎日。


これが幸せ? 私は今、誰もが羨む幸せを手にしているのだろうか。


働きに出ようかと考えたこともあったが、もし翔太に何かあったら、悔やんでも悔やみきれない。夫も容易にOKとは言わないだろう。


「はあ~......結局全部、私のわがままなのかな......」
「え? ママ、なんか言った?」
ちょうどゲームの電源を切ったタイミングだったらしく、翔太がこちらを振り返った。


「なんでもない。さ、お昼にしようか。何食べたい?」
「んー、何でもいいー」


美和子は台所へ向かうと、冷蔵庫からチャーシューとネギと卵を取り出した。


「ママ。録画してたテレビ、見てもいい?」
「ええ? ゲームしたばかりで、今度はテレビ?」
「いいじゃん。ゲームはちゃんと2時間で終わらせたよ?」
「もう。しょうがないなあ。ご飯ができ上がるまでね」


翔太は、ご機嫌に鼻歌を歌いながら、テレビとDVDプレイヤーの電源を入れた。


(鼻歌なんて歌うようになったんだ。しかも、なにげに上手だし......)
またひとつ息子の成長に気づいた美和子は、複雑な気持ちになる。


テレビ画面に映し出されたのは、『THEカラオケ★バトル』
トップバッターは20歳の歌手志望の女の子だ。司会の二人に話しかけられて、笑顔を絶やさないものの、こちらにも彼女の緊張が伝わってくる。


「うわあ~。きっと今、ドッキドキなんだろうなあ!」
翔太はまるで自分がインタビューを受けているかのように、立ったり座ったりして落ち着きがない。
最近の翔太の将来の夢は歌手らしい。


「もう少し練習したら僕も出るからね。そしたらママは、たくさん応援するんだよ」


まっすぐな気持ちで挑戦する人たちの姿を見ると胸が熱くなって、モヤモヤした気持ちを少しの間、忘れさせてくれる。翔太と一緒に見ているうちに、美和子もすっかり番組のファンになってしまった。
曲が聴こえてくるのと同時に、熱したフライパンに溶いた卵を流し入れる。ジュッといい音を立てて、卵はすぐにふつふつと、外側から固まりはじめた。


「待ってママ! 火止めて! テレビ見て!」


「どうしたの? ママ、ご飯作ってるんだから」
「いいから聴いて!」


曲は『やさしいキスをして』だった。切ない歌詞と曲調が、彼女の甘くて芯のある声にとてもよく似合っていた。


「このお姉ちゃんの歌声、ママにすごく似てない?」


結婚前も『やさしいキスをして』をよく歌ったなあと思い出す。
歌の歌詞のように、少しでも会えるのがわかれば、美和子は夫のもとに飛んでいった。
夫も、どんなに忙しくて疲れていても、時間が空けば必ず会いに来てくれた。


「一緒になってくれたら、いつでも君のもとに帰れるから。結婚してください」
出張から帰ってきた直後に、そう言って夫は美和子にプロポーズをしたのだ。


朝が弱くて不機嫌な夫。
仕事が忙しくて、家のことを任せきりな夫。
家にいても、ほとんど会話をしてくれない夫。


でも......どんな時でも、必ずここに帰ってきてくれる。
プロポーズの言葉を、夫は守り続けていることに気づき、美和子はハッとなる。


「ねえママ。このお姉ちゃんと一緒に歌ってみて」


翔太に促され、美和子は彼女の歌声に合わせて歌ってみせた。


novel_20180912_02.jpg


「やっぱり僕、ママの声好きだなあ」
翔太は美和子を見上げると、ニコッと笑顔を見せた。
笑顔があまりにも夫に似ていて、美和子は翔太のことが愛おしくてたまらなくなった。
エプロンのまま、翔太に駆け寄って思い切り抱きしめる。


「ちょっ、やだよ。やめろよ~!」
「いいじゃん。ママ、翔太をギュッてしたいんだもん。少しだけ」


台所には、半端に固まった卵が、フライパンの上でくすぶっている。
ベランダでは少し強めの風が吹き、夫のワイシャツが大きくなびいていた。


(第三話へつづく)


作/穂科エミ
イラスト/大野まみ


第一話はこちら

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