決着!歴史ミステリー

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放送は終了致しました

前回のおさらい

8月27日(木)の内容

権力と闘った男・長宗我部元親VS権力に愛された男・山内一豊 男の生き様に決着をつける!


社会という戦場には、上司、部下、そしてライバル企業がひしめき、自分の生き残りをかけた険しい戦いが強いられる・・・。それはまさに戦国の世そのものである。
織田信長、豊臣秀吉が天下統一を狙った戦国時代、二人の魅力ある武将がいた。巨大な権力にも真っ向勝負を挑み、四国をほぼ統一した“肉食系”の長宗我部元親。天下統一目前の秀吉に対し「もう少し早く生まれていたら自分が天下人になっていた」と豪語するなど、現代でいえば、会社や上司に対しても臆することなく我が道を進み続け、会社拡大に貢献したたたき上げの熱血仕事人といったところ。一方、その人柄と才覚で地道に出世を果たした“草食系”の山内一豊は、上司に忠実であり、コツコツと任務を全うする努力家のサラリーマン。まったく正反対の性格の二人だが、どちらの生き方が現代日本を救うのか?対照的な二人の男の生き様に決着をつける!

長宗我部元親、山内一豊どちらの生きざまに共感しますか?

一の説 「長宗我部元親の生き方」

元親が生まれた頃、土佐は長宗我部以外に7つの豪族・土佐7雄が支配する群雄割拠の時代。中でも小さな勢力であった元親は“一領具足”という制度を作り上げ一気に兵力を増強させた。これは、農民に刀や鎧具足などを与え、武士と同じ扱いをするものであった。侍士分に取り立ててもらえるばかりか、戦に行けば必ず褒美をもらえるため、農民たちは元親のために必死に戦ったのである。さらに、豪胆な戦略も持ち合わせていた元親は、他の豪族たちを次々に破り、一気に土佐統一を果たした。1580年、多くの犠牲の上に四国統一を目前にしていた元親の前に、四国侵攻へと動き出した信長が立ちはだかったが、その巨大権力に対しても一歩も怯むことはなかった。そんな折、本能寺の変が勃発し、信長は死去。1585年、元親はついに四国をほぼ統一した。ところが、信長に代わり天下統一を目指していた秀吉という巨大な権力が、またしても行く手を阻むのだが、長宗我部が取った行動は・・・?

二の説 「山内一豊の生き方」

織田家の家臣の次男として生まれた一豊は、22歳の時、信長の馬廻り衆として仕えていた。真面目で人柄のよさが取り柄の一豊は、明智光秀、柴田勝家、豊臣秀吉などそうそうたる家臣の中では、特に信長が気にかけるような存在ではなかった。しかし、信長に仕えることに喜びを感じていた一豊は、信長の命令で元は自分より身分の低かった秀吉の下に付くことになった際も、愚痴ひとつこぼさず、忠実に任務を全うした。また、いざという時に信長や秀吉の役に立てるようにと、金銭的に苦しいにも関わらず、常に10人もの家来を養っていたのだ。戦で大怪我を負った時も、何としても主君のためにという強い思いで見事に相手の首を討ち取るなど、歴史に残るような武功は特にない一豊だったが、その地道な戦いぶりが評価され、信長・秀吉のもと、少しずつ出世していった。そして、信長亡き後も秀吉に変わらぬ忠誠を尽くした一豊の生き方が、ついに報われる時が訪れ・・・。



もしも信長が本能寺の変を生き延びていたら?

日本の歴史上、最大のミステリー“本能寺の変”。尾張の弱小大名に過ぎなかった信長は大国を次々と打ち破り、領土を拡大していった。その動員兵力は、本能寺の変の直前にはおよそ19万人にも及んだという。しかし、明智光秀の急襲を受け、信長は自害。その死はあまりに突然であっけないものだった。
歴史に「もしも」はない。しかし、誰もが一度は考えたことがあるのではないだろうか?もしも信長が本能寺の変で死なずに生きていたら・・・?

もし信長が本能寺の変を生き延びていたら?

一の説 「天下統一を成し遂げられた!」

信長は死の直前5年ほどの間に急激に領土を獲得、日本のほぼ半分の領地を支配していたのだ。対抗勢力も信長軍に勝るものはなく、本能寺の変さえなければ天下統一はまさに目前だったはず。そして、イエズス会宣教師の記録の中には、信長の驚くべき最終的な狙いが記されていた!信長の天下布武の象徴であった安土城の内装にあしらわれた“龍”が意味することとは?さらに、信長が所有していたとされる屏風には、400年以上前に描かれたとは思えないものが・・・!?

二の説 「やはり天下統一は成し遂げられなかった」

そもそも本能寺の変とは、様々な理由で信長を恨んでいた重臣・明智光秀が起こした謀反とういうのが通説である。信長はちょっとしたことで腹を立て、殺したり手打ちにするなど、残忍で執念深い性格であった。そのため、家臣に背かれ続け、謀反を起こされてはひどい目にあっていたのだ。しかし、どんなに裏切られても自信家だった信長は、慎重に構えて護衛を固めることはなく、例え本能寺を生き延びていたとしても、また別の者に命を狙われた可能性が高かったのではないだろうか?さらに、医学的な分析から、信長の知られざる健康状態が明らかになる!?