2017年8月8日

日本を知る、地域を考える~大型合併都市・香川県三豊市の挑戦~

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1999年、日本には約3,200以上もの市町村が存在していました。しかし行政の効率化などを目指した平成の大合併のため約1,700超へと大幅に減少しました。ですが人口減少、少子高齢化、雇用問題、医療問題、教育問題と地域の課題は山積みです。2007年の北海道夕張市の財政破綻が大きなニュースになったのは記憶に新しいところ。当時自治体が財政破綻というあまり想像したことのない現実を突きつけられ衝撃が走りました。経営収支比率に於いて約30%の自治体は財政構造が硬直化しており、弾力性が失いつつあると言われている自治体は全体の85%を超えています。


現実は厳しい。ですがそんな現状を打破すべく奮闘している人も数多く存在します。本連載ではそんな日本を元気にしようとしている人々にフォーカスを当て、もっと日本各地でどんな人達がどんなことに取り組んでいるか、さらに言うとまだそれほど知られていない日本のヒト、モノ、コトを知るための企画です。


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連載1回目は香川県西部に位置し2006年7つの町が合併して出来た香川県三豊市。総人口64,393人(2017年5月現在)、面積222.71k㎡。瀬戸内海に突き出た荘内半島は西日本最大級のマリーナを有し瀬戸内海を一望できる紫雲出山などが有名です。しかし合併してから6,000人もの人がこの地を去り人口は減少の一途を辿っています。合併前からすると町一つ分減っていてもおかしくない人数です。そんな中、地元の人々は町の発展を目指しさまざまな取り組みをしています。今回は三豊市田園都市推進課副主任倉本明佳氏と共に三豊市を回ります。


|地元の人は客観的な価値に気付きづらい


地方を元気づけるのは「よそ者、若者、ばか者」とよく言われたりします。よそ者に関してはその土地の本当の価値を客観的に見ることが出来ることが利点です。正にその価値に気づいていない場所がここ、道の駅「たからだの里さいた」にありました。


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道の駅 たからだの里さいた


「たからだの里さいた」は2015年に国土交通省が選んだ「重点 道の駅」に四国から2ヵ所選ばれた内の一つです。物産館や温泉施設である環の湯等があり地元の人に愛されつつも週末は各地からも人が訪れます。


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物産館には名産物や三豊市の生鮮食品などが数多く並んでいます。平日は地元の人々が主な客層ですが週末は各地から人が訪れ店内は賑わいます。名産品もそうですが店内を見渡すと目を疑うような価格が店内に散見されました。東京では1本50円ほどが相場であろうキュウリが5、6本入って47円、オクラは1袋150g程度200〜250円がこちらも約50円と大安売りです。これは香川県主要都市部からしてもだいぶ安い価格のようです。こういった過剰に安い価格を見直す、または適正価格で商品を流通させる手段を確保することなどが生産者たちの大きな課題の一つなのだそうです。


|地域商社設立


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瀬戸内うどんカンパニー うどんを中心に地域産品の商材から、ツーリズム、観光収益などの事業を模索する。現在CUO(チーフ・うどん・オフィサー)を募集し選考中


「三豊を中心とした瀬戸内のうどん文化をキーワードに地域内外に価値を作り事業化させること」をミッションに設立される地域商社「瀬戸内うどんカンパニー」。その名もCUO(チーフ・うどん・オフィサー)を募集し、それぞれの候補者が考え抜いた事業計画等を受け、厳正なる審査を経て8月下旬に決定される予定です。讃岐うどんと言えばうどん県である香川県全体の資産のように思えます。しかしながら、三豊市には日本にとどまらず世界にうどん文化を発信する「さぬき麺機株式会社」がありました。


倉本氏に紹介いただいたのがこのプロジェクトをがっつり支えるさぬき麺機株式会社。そこで代表を務める岡原さんにお話を伺いました。


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さぬき麺機株式会社


さぬき麺機は創業1910年の老舗メーカー。世界14ヵ所に合弁会社、販売店があり東京オリンピックが開催される2020年に創業110週年を迎えます。出荷台数は国内・国外(32か国)あわせて約4万台以上とシェアNo.1です。


遡ること52年前、讃岐地方に歴史的大事件が起こりました。讃岐うどんの最大のウリである麺のコシを生む足踏みが禁止されたのです。当時は家内労働が主流で女性や子供はリュックに本などを入れ自重を重くして作業をするほどの重労働でした。それが讃岐うどんのコシを生んでいたのです。しかしその足踏み作業が県内外から多くの投書が寄せられるほど不衛生との声が高まり禁止に至ったと言います。当初機械化は大反発を受けましたがこの機械化こそが後に起こる4度の讃岐うどんブームを引き起こしたのだとさぬき麺機代表の岡原氏は語ります。


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さぬき麺機株式会社 岡原雄二代表取締役


4度の讃岐うどんブームを時系列にざっと追ってみましょう。


【第1次:1969年】
1969年頃、香川県内でセルフうどん専門店が開業。その後も次々と開業しました。当時のお店は一杯20円。1970年頃、大阪万博にもキャラバン隊も出店しました。この頃から地元だけではなく関西でさぬきうどん専門店ができ始めました。


【第2次:1988年】
1977年頃、経済成長とともに全国に脱サラ転業ブームが起こり、個人で開業するうどん店が増えました。当時は『本物志向』の時代で専門店として実演を行ったり、メニューのバリエーションが増えたのもこの頃からです。


【第3次:1995年】
1987年頃から、外食産業は全盛期に移りファミリーレストラン・ファストフード店が多く拡がりました。この頃、冷凍讃岐うどんが大ヒットし、讃岐うどんの美味しさやブランドがさらに認知されました。


【第4次:2002年】
2002年頃、はなまるうどんなどのチェーン店などの躍進により全国各地で讃岐うどんのお店が続々と現れました。その後、香川県にうどんを求めて来県する観光客も増え、今日の讃岐うどんの知名度が確固たるものとなりました。


さぬき麺機では機械の提供だけにはとどまらずうどん学校を運営しています。全国各地からうどんを学びに受講生が足を運びます。日本各地にとどまらず、毎週海外からも受講生はやってきます。1回10名の枠に対し応募はそれを上回り、県の面接試験を合格してやっと受講ができる狭き門です。それだけ人が集まるのは「いくら機械が使えても讃岐うどんの製法を知らないとうどんにならないから」と岡原代表は言います。機械の販売に際し、だしの作り方、小麦粉の選び方、練り方、天ぷらの作り方など質問は絶えず、すべてを教えなければならず学校運営に至ったのだそうです。


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機械はそれぞれのニーズに合った形で改良され、メンテナンス体制も24時間体制と万全です。海外への出荷も多いためその土地で採れる材料に合った練り方や工程を考えて改良され出荷されていきます。海外ではラーメン、寿司が安定した地位を築いており、うどんもそのポジションを取りたいと意気込みます。こうしたうどん全体をプロデュースし素材や製法の進化にも対応した形で讃岐うどんを守り発展に大きく貢献しているのです。そんなさぬき麺機が支える瀬戸内うどんカンパニーの今後にも注目です。


|若者の奮闘


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一般社団法人誇 松賀屋 家守 佐藤はなさん


今からおよそ100年前三豊郡仁尾村に四国有数のお屋敷が建てられました。衆議院議員の父を持つ実業家4代目塩田忠左衛門の屋敷「松賀屋」。(地元の人は、屋号でこう呼んでいます)


当時、仁尾村は四国有数の港として商業的に栄えており、その中でも、塩田忠左衛門邸は特に豪邸として知られ、贅沢を尽くした建物でした。
 敷地面積は838坪、建坪は363坪。母屋、離れ、女中部屋、蔵など、数々の建物と広大な庭を持ち、その中はまるで一つの町のようでした。
 今日、門をくぐり敷地の中を少し歩くだけでも、当時の時代を感じることができ、興奮を覚えます。本当に今では考えられないほどの豪邸ですね。

市長のちょっといい話 より〜


建築した4代目塩田忠左衛門は仁尾村初代村長で仁尾の発展に大きく貢献しました。その公共事業にかかる資金も製塩業で蓄えた私財を投じて行われました。数々の功績を残し、今なお仁尾の各地に石碑が建てられています。しかし松賀屋もここ40年以上は空き家になっており建物自体の維持もままならなくなってきていました。そんな中文化財産としても価値のある松賀屋を維持すべく町の有志が立ち上がりました。それが「仁尾まちなみ創造協議会」です。2014年松賀屋を中心に事業化と修繕維持を本格的に開始すべく現在の運営会社「一般社団法人 誇」が引き継ぎ現在に至ります。


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続いて紹介していただいたのが専属で松賀屋の家守をしている佐藤はなさん。佐藤さんにプロジェクトに関しお話を伺いました。


――--現在の松賀屋の活動は?--
佐藤さん:シェアビレッジプロジェクト第2段として簡易宿泊所の許可を取得し、素泊まりの宿泊所として1度に10名までの宿泊者を受け入れています。しかし、水道管の工事が必要になるためお風呂は使えない状態です。簡易宿泊所としてスタートを切りましたが、修繕は最低限にとどまっています。


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シェアビレッジ


シェアビレッジとは・・・
秋田県でトラクターに乗る男前農家集団トラ男プロデューサー武田昌大氏を村長とした村民で成り立つ100万人の村を作ることを目指して発足した古民家改造プロジェクト。第一弾は秋田県五城目町に位置する築135年の茅葺古民家。このプロジェクトと誇のコラボレーション企画がシェアビレッジ仁尾です。


――--誇りとして目指すものは何ですか--
佐藤さん:地域外の人たちの交流を通じて、初代村長、塩田忠左衛門のように仁尾に貢献できるような人材が松賀屋を通じて育っていく文化を創りたいと思っています。
また、松賀屋が地域の方たちの交流の場となり、町全体で松賀屋を残していきたいと考えています。


――--現状の課題は何ですか?--
佐藤さん:建物の老朽化した箇所を修繕しきれません。そして、そこに掛かる費用が数千万から億を超える金額が必要だと言われています。そして、現状の事業ペースではその膨大な修繕費を賄うことが難しいのが現状です。
また、修繕だけでなく、今後も運営していくにあたって、維持に必要な修繕費だけでも多額の資金が必要になる点が課題となっています。
佐藤さんは昔から人の役に立ちたいと思っており、色々と考えた末、シンプルに人にとって大事な食を選び栄養士の資格を取ります。海外の食に困った方々の一助になればと青年海外協力隊に参加したいと大学で勉強に励んでいたところ日本の食料廃棄量の多さを知ります。2012年度農林水産省食品ロス統計調査によると年間5,500万トンの食料を輸入しながら1,800万トンも捨てています。それも800万トンは食品関連事業者からの廃棄で残り1,000万トンはなんと一般家庭から出ているのです。この食料廃棄を無くしたい。そのために方向転換し拠点を作って食を提供したいと考えます。その拠点では生産者の方々と一緒にさまざまな体験をすることで目の前に出された一皿にどれだけの想いや労働が詰まっていたのかを知ってもらい食料廃棄の減少につなげたいのだと言います。そのためにはその拠点に農家、漁師などが必要になり結果として自分が創りたいのは"村"なのだと気付きます。そんな中、本プロジェクトの誘いが来たため強い縁を感じ家守をやる決意を固め現在に至ります。


|ピーク時は3時間待ちのスポット


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出典:三豊市観光交流局HP


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出典:三豊市観光交流局HPより


荘内半島に位置する標高352m、山頂の展望台からは南に四国山地、北には瀬戸の島々を見ることができます。春は約1,000本のサクラ、初夏には2,000株のアジサイが咲き誇り空と海と花が一つになるところと言われるほどの絶景を見下ろせます。本企画の案内人三豊市役所倉本さんの名刺にはここからの絶景がプリントされているほど市を代表する絶景ポイントです。ここ荘内半島は浦島太郎伝説が残る地でもあります。荘内半島にある大浜・積・生里・箱・香田・粟島・志々島を総称し『浦島』と呼ばれているのです。浦島太郎が玉手箱を空けた所とされている場所には浦島太郎親子の墓が祀られています。その浦島太郎が玉手箱を空けた際に立ち昇った白煙が紫色の雲となりこの山にかかったとされたことが紫雲出山という名前の由来です。


サクラの時期には見物客が3時間待ちの列をなすほどの人気スポットです。ただ地域の課題としてはそれだけの人々が訪れても「お金を落とす仕組み」がなくただの素通りになってしまっています。これもこの絶景ポイントの客観的価値を活かし地域活性につなげることが出来ていないと倉本さんは語ります。山頂までの道中も道が狭く車が通りすぎることもままならない箇所もあります。こうしたインフラ整備も課題の一つと言えます。


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三豊市 田園都市推進課 副主任 倉本明佳氏


最後に各地をご紹介くださった倉本さんにお話を伺いました。倉本さんは1981年香川県三豊市生まれ。大学を卒業後都市銀行で9年間勤務し、2012年に三豊市役所に転職。三豊市役所では政策部に所属し、主に地域活性化業務に携わっておられます。


――--倉本さんがもっとも実現させていことは?--
倉本さん:この地域が継続していくための仕組みを作りたいと思っています。外の目線でこの地域を見ると、さまざまな可能性に溢れています。しかしながら、その価値に気付いている地元の人は少なく、価値ある商材を活かし切れていません。
今回の地域商社設立は、「稼ぐ力」をつけるという切り口から、地域が継続出来る仕組みづくりに挑戦するものです。この地域に根付くものの中から、新しい価値を見出し付加価値を付け販売する地域商社の活動から、この地域の持つ可能性・価値を地域内外に発信していきたいと思っています。


――三豊市の自慢3つ聞かせて下さい。
「瀬戸内海と讃岐山脈に囲まれた、穏やかで美しい景観」「豊富な農産物、海産物」
「地域を想い活動する多くの人たちがいること」
ですね。


都市部での生活を経験し、Uターンしたからこそ倉本さんは三豊の客観的価値を知ることができたのでしょう。だからこそ強い想いと行動力を兼ね揃え、力強くさまざまな取り組みを推進できているのだと思います。ぜひ皆さまも三豊市の3つの自慢を体験しに三豊市を訪れてみてはいかがでしょう。きっと感じるモノがあると思います。


いかがでしたでしょうか。まだまだ紹介しきれませんが三豊市の現状についてご紹介しました。テレビ東京では地域のヒト、モノ、コトをご紹介する番組を多数展開しています。


朝の散歩道
厳選いい宿
虎ノ門市場
昼めし旅
出没!アド街ック天国
博多華丸のもらい酒みなと旅2
ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z


我々が知っているようでまだまだ知らない日本が数多く存在しています。これらの番組や本連載を通してまだ知らない日本、聞いたことはあるけどよく理解していなかった日本の姿をお伝えしていきます。どうぞご期待ください。

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