DVD&Blu-ray

「てれびのスキマ」によるブルーレイ&DVD特典映像レビュー

「いったい何を見ているのだろう?」
『山田孝之の東京都北区赤羽』を見ているとそんな疑問が頭の中によぎるのは一度や二度ではないはずだ。
その疑問のひとつの“回答”が示されているのが、DVD&Blu-rayに収録された特典映像『もうひとつの「山田孝之の東京都北区赤羽」4時間35分ver.』(以下「4時間35分版」)や「山田孝之ビジュアルコメンタリー」だ。
『山田孝之の東京都北区赤羽』は“連続ドキュメンタリードラマ”(?)として1月からテレビ東京で放送されている作品(以下「連ドラ版」)である。
連ドラ版をご覧になっている方には説明不要であろうが、念のため、「?」だらけの概要を説明するとこうだ。
物語は山下敦弘監督の映画作品『己斬り』撮影風景から始まる。そのラストシーンで山田孝之演じる主人公は、「死に様こそ生き様」とエレファントカシマシの「歴史」の歌詞を引用(実はこの“引用”はまったく偶然リンクしたもので「無意識レベルでパクった」と収録されている「ビジュアルコメンタリー」で山下監督は告白している。)したセリフを言いながら自害する。だが、ここで撮影は止まる。「作り物の刀では死ねない」と面倒くさいことを言いだし、「刀(真剣)を用意してもらうか、タイトル・結末を変えるか」と迫るのだ。結局ラストシーンが撮影できないまま、映画はお蔵入りになってしまう。
その数週間後、山下のもとに山田から荷物が届けられた。それが清野とおるが描いたマンガ『東京都北区赤羽』、『ウヒョッ! 東京都北区赤羽』の単行本だ。山田はこのマンガに触発され、自分の「軸」を作るために赤羽に住みたい、ついては、その過程を山下に撮影してほしいというのだ。
どこからが虚構で、どこまでが真実か、それがまったく分からない虚実皮膜の物語であり、山田孝之の“崩壊”と“再生”を描いたひと夏の記録なのだ。

「4時間35分版」はこの「連ドラ版」をベースにしながらも、山下敦弘、松江哲明両監督が、まったく新しい一遍の作品として再編集したものだ。
途切れ途切れだった「連ドラ版」が、ひとつの連続した物語になったことで、ある部分が強調されたり、ある一面では全く別の輪郭が浮かび上がってくる。
たとえば、山田が赤羽にやってきて、まっさきに商店街復興組合の理事長を訪ねたシーン。
連ドラ版ではカットされているが、4時間35分版では残された会話がある。
それは、理事長が昨今の役者の演技に苦言を呈する場面だ。昔と発声法が違うから仕方ないと前置きしつつ、「ボソボソ喋ってる感じがする」と、山田にとっては耳が痛いであろう話をするのだ。それに対し、山田は「リアリティが全てとは思ってないんですけど、現代の人たちが普通に会話しているってことで、無理に声を張るということを意識的にしないんです」などと自らの演技論を丁寧に語る真摯な一面を覗かせる。
一方、その山田の内面が全開になったシーンも、4時間35分版には残されている。
清野とおると合流し、彼が赤羽で初めて暮らしたアパートに眺めるシーン。「清野とおるのトキワ荘なわけですね」「友達いなかったですけどね」「こっから始まったわけですね。
サクセスストーリーが」「サクセスはまだしてないですけど」などという乾いた会話が印象的な場面である。
その前後には清野の部屋の隣に住んでいた中国人夫婦についての雑談が延々続く。
壁が薄く、「ケンカ、ケンカ、セックス、ケンカ、セックス」のサイクルの一週間が丸聞こえだったと明かす清野に、山田は必要以上に食いつき、指折り数えながら「ケンカ、ケンカ、セックス……」とブツブツ反芻するのだ。さらに丸々カットされた次のシーンにまでそれは続く。中華料理店「セキネ」の肉まんをほおばりながら「1週間7日あるんで、そうなると次、ここに戻ってくるんで『ケンカ、ケンカ』がくるわけですよね。だから週に5日間ケンカがあって、2日間セックスがあるわけですよね」と難しい顔でつぶやく。清野が「いや、適当に言っただけなんで……」と遮ってもなおも続ける。
「セックス、ケンカ、セックス……。で、ケンカ、ケンカがまた来て、そうすると次の週はセックスが3回で……、あれ、違うか?」
生真面目なのかふざけているのか、とらえどころのない山田孝之の複雑怪奇な内面が、4時間35分版の序盤の数シーンを例に挙げるだけでも連ドラ版の数段倍増され描写されていることが分かる。

「ちょちょちょちょちょっと!」
と山下が慌てて止める中、亀ヶ池弁財天で山田が1万円札をお賽銭に入れ参拝したシーンも、山田のそんな内面をあらわしたシーンとしてインパクトがあった。
連ドラ版では、山田が参拝した場面で次の別のシーンに変わるが、実は、その後、山下監督も促され参拝していたことが4時間35分版では描かれている。
財布から適当に小銭を投げ入れた山下に、山田は「いくら入れたんですか?」と制し言う。
「ちゃんとやってください。見てましたよね、僕の?」
戸惑いながらも渋々、1万円を賽銭箱に入れる山下。憮然とした表情で戻ってくる山下に清野は「よく入れましたね、1万円。僕も元旦に入れますけど、こんな平日に入れるなんてすごいなって。お疲れ様でした」と文字どおり他人ごとのように言うのだ。
本作は前述のとおり、山田孝之の“崩壊”と“再生”を描いたひと夏の記録だ。
だが、もうひとつの“軸”が隠されている。
それは、山下敦弘監督の“崩壊”と“再生”のドキュメントである。それが、この4時間35分版には、如実に描かれているのだ。 最初は、先のシーンのように山田の言動に翻弄され困惑していた山下が、いつしか山田や赤羽の住民たちに感化され、なぜかトレードマークのヒゲも剃る。
大根仁監督から「(赤羽に)染まってるんじゃないよ、おかしくなってんじゃん!」「山田くんのキャリアも山下くんのキャリアも棒に振るぜ」と真っ当なツッコミを受けても、キョトンとし「(大根監督は)なにか勘違いしてる」とまで言うほど“崩壊”していってしまう。
そんな山下が山田とともにいかに“再生”していくのかが、本作最大の見所だ。
そういう意味において、大きな存在なのは『童貞。をプロデュース』、『ライブテープ』など数々の名作ドキュメンタリー映画を作ってきた松江哲明監督だろう。連ドラ版には、その形式上どうしても1回の放送中に山場や次回への引きを入れなければならない。だが、4時間35分版にはそういった制約はなく、映画のように一遍のドュメンタリーとして編集することができる。だから4時間35分版で、どこを削り、どこを残したかをつぶさに見ていくことで作り手の企みと矜持が浮き彫りになり、その妙技は、感動的ですらあるのだ。

特典映像には「4時間35分版」、「山田孝之ビジュアルコメンタリー」の他に、吉井和哉が作曲と編曲を手がけ、山田孝之が作詞し、歌った本作のエンディングテーマTOKYO NORTH SIDE」のミュージックビデオ完全版も収録されている。
この曲を全編聴くと、まるで“妖精”のような赤羽の住民たちと、どこか現実とは違う世界で出会い、そして別れる、というような大人の“お伽話”を聴いているような錯覚を覚え、なんだか物哀しい不思議な気分になってくる。心地良い、居心地の悪さが漂っていてクセになる。それはまさにこの作品そのもののようだ。
そして、特典映像を全て見終わると、また新たな疑問が湧いてくるのだ。
「やっぱり、僕はいったい何を見ているのだろう?」

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