『冬猫』
2016年2月10日
とある田舎のその村には、言い伝えがあった。
『人間の姿に化けた、冬猫がいる。
雪が降ると、その姿は猫に戻り、
人間に噛み付き、その姿をのっとろうとする』
ただの昔話だと誰も信じてはいない。
だが、雪の日になると、村には自ずと人気がなくなった。
ただの言い伝えと分かってはいても、雪が降るこの村は、何か不吉な雰囲気がどことなく漂うのだ。
あるバスの運転手は、そんな雪の降りしきる中、最終便のバスを走らせていた。
こういった天気の日になると、乗客はいつもいなくなる。
運転手自身も、早く家に帰りたかった。
このまま終着駅でもある、バスの倉庫に到着すれば、今日の業務は終了である。
運転手は、それまでの道のりを耐えしのぐ思いだった。
だが、終着駅のバス停には1人の女が佇んでいた。
女は頭から雪を被り、傘もささず、凍えている。
バスを止め、最終バスが終了している事を告げると、女は青白い顔を曇らせた。
運転手も、暗いこの雪の中で、女を歩かせる事を哀れに思った。
そこで、仕方なく女をバスに乗せ、目的地まで送る事にした。
しばらくバスを走らせた、運転手は何か異変を感じた。
ルームミラーに写る女の顔には、獣の様な牙が生えていたのだ。
そして、その姿はみるみるうちに、まるで猫のように変化していく。
まさか、女は、あの言い伝えの冬猫なのか…?
このまま女に食われ、身体を乗っ取られてしまうのだろうか…?
運転手は動揺し、ハンドルを握る手がブルブルと震えた。
もう一度、ルームミラー越しに女を見る。
すると、運転席を、じっと見つめる、巨大な猫がそこにいた。
獣のように鋭い牙を見せ、吊りあがった目を光らせ、薄汚れた白い猫…冬猫だ。
冬猫は、最後尾のシートから立ち上がり、鳴き声をあげながら運転席にゆっくりと近付いて来る。
運転手は恐怖のあまり、思わず急ブレーキをかけた。
バスが揺れ、立ち上がっていた冬猫が、大きく床に倒れこんだ。
運転手は振り返る。
すると、そこにいた冬猫は、人間の女の姿に戻っていた。
「す、すみません…もうここで結構です…降ろしてください!」
女は、何故か慌てた様子で、そそくさとバスを降りて行った。
ヨロヨロとした足取りで走り、雪に足を取られながら去っていく。
運転手は、一体何が起こったのか、少々混乱していた。
しかし女の姿が見えなくなると、ほっと胸を撫で下ろし、もと来た道を走らせた。
だが、彼は気付いていなかった。
運転席の車窓に写る自分自身の姿が、牙の生えた冬猫の姿に変わっていたのである。
この村には言い伝えがある。
『人間の姿に化けた、冬猫がいる。
雪が降ると、その姿は猫に戻り、
人間に噛み付き、その姿をのっとろうとする…』
そして、この言い伝えには続きがある。
『だが、人間に化けた冬猫は、自分が冬猫だと言う事には、気付いてはいない。』
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