2010/10/29放送

今回は「津波」の危機に立ち向かう「スゴイ日本人」を紹介する。バナナマン・日村勇紀が津波の研究施設を訪ね、実験用の巨大水路で津波の破壊力を体感するほか、津波研究の世界的権威とされる大学教授の活躍ぶり、水中写真家が遭遇した生々しい津波の体験談、田んぼに火をつけて津波の到来を知らせ多数の村人を救い、「稲村の火」の偉人としてアジア各地で絵本の題材にもなっている濱口梧陵の物語などを送る。

「津波」がわかる。

中村征夫

奥尻島で津波を体験した水中写真家・・・1945年秋田県生まれ。20歳の時に独学で潜水と水中写真家を始め、後に専門誌のカメラマンを経てフリーランスとなる。国内外の海や自然、人々や環境など精力的に取材。1993年7月12日、午後10時17分に起きた北海道南西沖地震津波を体験。一度は海に潜るのも、撮影するのも辞めようと考えたが、できるだけ多くの人に海の姿を伝えるために生かされたのでないか、と感じ引き続き活躍中。 津波後、磯焼けがひどく、海底は砂漠のようになり、海藻もない状態だったが、約10年後には海藻はもどり、美しい奥尻の海へと、自然が復活した。

首藤信夫

東北大学名誉教授・・・1934年大分生まれ。1957年、東京大学工学部土木工学科卒業、その後、東京大学の工学博士学位を取得。2010年東北大学名誉教授に。津波研究の第一人者と言われる世界的権威。主に、歴史、過去の文献や風俗画の研究に携わる。また、作り上げた数式は世界各国で津波予測に使われている。日本土木学会論文賞、米国土木学会国際海岸工学賞を受賞した功績を持つ。

今村文彦

東北大学教授・・・1961年山梨生まれ。東北大学工学部 土木工学科卒業。首藤教授の一番弟子。津波の被災地へ行き、研究するなど、アクティブに活動している。津波発生時の避難行動に関する研究を始め、スマトラ島沖大地震及び、インド洋津波被害に関する調査研究、全体像の解明、これから起こりうる津波の早期発見のための技術開発を行っている。

濱口梧陵

稲村の火で村民の命を救い、津波後 私財をなげうって村を救った男・・・ 1820年広村(現・広川町)生まれ。広村を愛し、リーダー的存在だった濱口。1854年安政の東海地震後、津波が襲ってくると予感した濱田さんは、暗闇の中、道を失った村民のため、収穫した大切な稲むらに火を放った。この“稲村の火”が避難場所の目印になり、多くの市民の命を救った。その後、自らの資産をはたいて津波に備えるための堤防や海岸作りに尽力。彼の偉業に感銘を受けたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は『A Living God』に紹介。アジア各国で彼のストーリーは読まれている。

道下俊一

津波の被害を受けた町で、人生をかけて地域医療に取り組んだ男・・・1926年、サハリン(旧樺太)生まれ。1953年2月、北海道大学の派遣で浜中町の釧路赤十字病院浜中診療所で働くことに…。赴任から7年後、1960年チリで発生した地震津波が霧多布を襲っい、多くの人々の命を奪った。ケガ人や伝染病対策のため、奮闘。へき地医療の難しさに立ち向かい・・たった一人の医師、道下さんは47年間、霧多布に留まり地域医療に全力を傾けた。