日本の高度成長期、70年代から80年代にかけて、筆者は日本経済新聞の記者として日本の超一流の大企業を取材していた。当時、不思議に思ったのは、海外のビジネススクールに送り込まれて見事、MBAを獲得して帰国したビジネスマンの処遇が気の毒なほどだったことだ。
留学する前の職場に戻ったビジネスマンは、MBA取得は考慮されない力仕事の職場であることが多かった。「2年間も遊んできたのだから、しばらくは汗を流せ」と、冷たい扱いである。我慢しきれずに、きちんと処遇してくれる外資系のコンサルタント会社に引き抜かれる例があちこちで続出した。
途中で退職するなら、留学時代に会社が支払った経費を返還しろという怒りの声も起こったが、「MBA取得者の能力を発揮できる職場を提供せずに返還請求はおかしい」という反論もあって、この種の批判は採用されなかったが、なかなか収まることもなかった。
ある時、某総合商社の人事担当の副社長に、このことを聞いたことがある。「せっかくMBAを取らせても、外資系のコンサルタント会社に転職されてしまうのでは、無駄な人材投資ですね。きちんと処遇できる職場を作らないといけないのではないか」。
副社長は、確かに引き抜かれるのは残念なのだけれど、言った後、複雑な表情で小声で付け加えた。
「実は総合商社は人材の宝庫なのだが、極めて申し訳ないことに、その能力に合わせて事業を作る能力がない。優秀な人材を飼い殺しにしてしまう危惧がある。かといって、そのままでは社会のリーダーとして通じるわけではないので、なかなか転職する決断はつかない。その自信をつけさせるのがMBA取得のための留学なのだ」という。
つまり、留学組は、将来の経営を担う本命ではなく、社外にスカウトされる人材の育成なのだという。ちょうど大学時代の知人でその総合商社のエリートがいた。ある時、MBA取得の留学組になったと大喜びしていたが、実は「幹部」候補にエントリーされたのではなく、そこから外されたという意味なので、彼にどう答えて良いのか困惑したことがある。
彼も、帰国後数年にして、コンサルタント会社に転職して成功している。
いろいろな海外留学の狙いがあるようだ。

1947年生まれ。東京大学大学院(倫理学)修士修了。
73年日本経済新聞社入社。
産業部で24年にわたり、ハイテク分野、総合商社、企業経営問題などを担当。1988年から編集委員。この間、日経マグロウヒル社に出向し、日経コンピュータ、日経パソコンの創刊に参加。
97年-02年慶応義塾大学教授(大学院政策・メディア研究科特別研究担当)。
02年-04年、国際大学(グローコム)教授を務める。
現在、 MM総研所長、国際大学(グローコム)主幹研究員などを兼務。
企画・制作・・日本経済新聞社 クロスメディア営業局
監修:中島洋MM総研所長
取材:木原香菜恵、小島眞司、中村幸嗣、由谷咲、岩田愛未、土肥謙司、渡邊俊太、薄井慧、平山紘太郎、安井瑛男