- 2010年6月24日放送
- #34
『スタジオデコ』
大阪市東成区。
ステンドグラスに情熱を注ぐ北條日出子さんを紹介します。
江戸時代末期に、日本に入ってきたステンドグラス。
この美しきガラスの芸術に人生を掛ける一人の女性がいた。
大阪の東成区に、ちょっと雰囲気の違う建物が。
至る所にガラスの作品。
ここは、ステンドグラスをデザイン、製作、
取り付けまで行うスタジオデコ、北條日出子さんのオフィス。
「今度作品に、お能を題材にした物を作るんですよ。
忠実に作りたいと思ってますから、お写真を頂いて、
着物の柄なんかも再現する形で。」
デッサンの次は、図面の作成。
パソコンの導入はなんと20年前。
当時は、珍しかった。
次に、制作するイメージにあったガラスを仕入れる。
「いいですね。その感じですね。」
ガラスは、細心の注意を払いながら型に合わせカット。
このあとガラスのパーツがいよいよ作品になる瞬間だ。
「パズルと知恵の輪。
ずっと遊んでるみたいで面白い。」
作品のイメージは、
設置する建築現場の光の状態から掴むという。
「その空間の中で、一番何が求められているのかなと言うこと。
その求められている物をそこに、想像する、作る以前に、
そこに、もう、既に、はまったように、ステンドグラスが、
私には見える。」
しかし、建築現場は男社会。
数え切れない、苦労も経験した。

今まででイチバンの苦労は?
スタジオ・デコ代表 ステンドグラス作家 北條日出子さん
「女性がそこに存在することが嫌なんだという世界がありましたから、
私は、代表者の名刺で、現場に挨拶に行くと、
君じゃ分からないから、誰か男の人を呼んできなさいと言われるんです。
ホンマ、いい加減にせいやというのが、ありますよね。」
そんな北條さんを更に悲劇が襲う。
「左目をつぶして眼球破裂だったんですけど、ずっと下ばっかり見てる暗い空間の中で、
目を閉じると、今度、まぶたの中で、色んなデザインが浮かぶんですよ。
どんどん、どんどん浮かんできて、面白いと思ったんですよ。」
1ヶ月後、静御前の作品が完成。
展示会場へ自ら運ぶ。
能の世界とステンドグラスの融合。
視力の半分を失ってもなお、北條さんの作品は進化し続ける。
「嬉しいですね。
ホント、何よりです。
やってて良かったなと思いますね。」
乗り越えた試練の分だけ
北條さんのステンドグラスは輝く。




