PERSON 社員紹介

歴史的瞬間に
立ち会うことのできる仕事です

プロサッカー選手の道を諦め、テレビの世界へ

幼稚園の頃からサッカーを始め、文字通り「サッカー小僧」として育ちました。自分で言うのもおこがましいのですが、学生時代はプロサッカー選手を目指すトップクラスの環境でプレーしていました。しかし、大学在学中にプロ入りの厳しさを実感し、その時点で部活をやめ、企業への就職に切り替えて就職活動を始めました。テレビ局に対する憧れは、プロ野球チームのインターンシップでの出会いがきっかけでした。大学3年生から千葉ロッテマリーンズのインターンシップを始め、球場の演出を担当されている球団職員の方から様々な業務を学びました。ファンサービスや、イベントの内容を決定し、試合中にインカムで指示を出している姿がとてもかっこよく目に映ったのを覚えています。その方が元テレビ局員で、テレビ局時代の経験をたくさん話してくれたんです。「テレビ局で働くと、あの人みたいになれるのでは?」そんな思いから、テレビ局に興味を持つようになりました。もちろん、単純にスポーツに関わる仕事をしたい気持ちもありましたし、サッカーを通して自分が得た経験を広く視聴者に伝えたい、アスリートの気持ちを汲んだ番組づくりをしたいという思いが芽生え、テレビ局のスポーツ局を志望することになりました。

試合当日まで何が起こるかわからない、一発勝負のスポーツ中継

スポーツ局には二つの部署が存在します。一つはスポーツニュースの『追跡LIVE!SPORTSウォッチャー』を担当するスポーツ情報部。もう一つは『世界卓球』や『柔道グランドスラム』、『全仏オープンテニス』、そしてオリンピックなどのスポーツイベントの中継を制作するスポーツ番組部です。私はいま、スポーツ番組部に所属しています。台本の決まっているドラマやバラエティ番組と違い、スポーツ中継は放送サイドの意図に沿って番組を進めることができません。事前に試合内容を予測したり、視聴者が観たい内容を想定できても、当日の試合展開によっては大きく流れが変わります。例えば、私がセンターディレクターを担当しているゴルフ中継でいうと、複数の選手が同時にホールを回り、プレーが多発的に進行されている中、どのような順番で場面をスイッチし放送するのかを決めていきます。刻々と変わる状況の中、放送すべきポイントや中継の組み立て方を見誤ると、勝負の醍醐味が伝わらない中継になってしまいます。台本がない一発勝負の緊張感の中で、自分の想定や選択がうまく中継に反映できた時の充実感はスポーツ中継ならではだと思いますね。

スポーツ愛が溢れる職場

スポーツ局員の特徴としてはありきたりかもしれませんが、スポーツそのものが大好きで楽しみながら仕事に取り組んでいる人が多いですね。勤務時間中に社員がテレビの前に立って「頑張れ!」と声を出しながら応援をする光景は、他社や他部署ではあまり多く見られない、スポーツ局ならではのものだと思います。大相撲の千秋楽は、仕事の手を止めてテレビに釘付けになり、フロア全体で拍手が起こったりもします(笑)。スポーツ愛に溢れたいい雰囲気だと思いますね。やっぱりスポーツ経験者の割合も多いですし、たとえスポーツ経験がなくても、マネージャー経験者やスポーツチームの熱狂的なファンなど、スポーツ好きの人がほとんどです。自分がプレイヤーだった経験は、選手の気持ちを汲み取る力に繋がるので実際に取材をする上でも役に立っていますね。私はこの仕事に就くまで、ゴルフとは無縁の人生で、子供の頃は父がゴルフ中継を観るためにチャンネルを回すとイラッとしていました(笑)。しかしながら、ゴルフを担当することが決まった際には、競技についての知識がないと視聴者に伝えられる内容も薄くなってしまうと考え、ゴルフクラブを買い揃えレッスンにも通い始めました。ゴルフを実際にプレーし、心から好きになることで、解説者や選手と深い会話を持てるようになりましたし、就活でいう業界研究のように各スポーツの知識を広げるための勉強は、入社後も非常に重要だと感じています。

オリンピックでの忘れられない体験

テレビ東京は社員の人数が少ない分、若手でもどんどん現場を任されることになります。私も入社3年目でロンドンオリンピックの現場に出て、中継を担当させてもらいました。当時はサッカーを担当しておりましたが、こんな若造にビッグイベントを任せてもらえるのはテレビ東京ならではだなと、非常にありがたいことだなと強く思いました。平昌オリンピックでも忘れられない経験をしましたね。当時はテレビ東京の中継スタッフとしてではなく「ジャパンコンソーシアム」という、NHKと民放局のスタッフが局の垣根を超えて中継制作を行うチームの一員として仕事をしていました。そこで担当していたモーグルでその大会の日本人メダル第一号が出たんです。私は放送席のFD(フロアディレクター)という、実況・解説者に指示を出すポジションにいたのですが、「日本人メダル第一号です」というカンペを出して、日本国民が待ちわびていた歴史的な瞬間の生中継に携わることができた、あの時の感動はいまでも忘れられません。

アイデアを口にできる人は貴重

昨今、放送業界の在り方は多様化していて、放送に加えてインターネットでの配信も主流になってきました。テレビマンとして、ただ放送するだけではない新しいスポーツ中継の手法が求められるだけでなく、放送後の二次・三次展開のアイデアまで求められる時代になってきたと日々感じています。そういう意味では「アイデアを次々に発信できる人」ってすごく貴重な人材なんです。「現代っ子」という言葉がありますが、若い世代の中には、どこか空気を読まなきゃいけないとか、自分の色を出さずに周りに溶け込むことを良しとする風潮もあると思います。でもそんなことを気にせず「私はこんなことを考えてるんですけど、どう思いますか?」と、どんどん自分から発信できる人がこれからのテレビ局には求められていると感じます。突拍子もないことでも構いません。物怖じせずに意見を出すような方と働きたいですね。アイデアが出なければ何も生み出されないですし、まずは口に出してみる積極性が必要だと思いますね。

プロフィール


2010年入社/総合職採用
入社後、スポーツ局スポーツCPチームに配属。スポーツニュース『neo sports』でプロ野球、サッカーを中心に記者を担当。2012年ロンドンオリンピック、2018年平昌オリンピックでは現地にて中継制作を経験。現在はスポーツ番組部に所属し『ゴルフ中継』『フィギュアスケート中継』ディレクターを担当。

担当番組


フィギュアスケート ジャパンオープン

思い出の一枚


東京ヤクルトスワローズの担当記者をしていた2015年、チームが14年ぶりにセ・リーグ優勝を果たし、狩野恵里アナウンサーと共にビール掛けを取材した時の一枚。シーズンを通して取材を重ねた選手たちから私にもビールを掛けてもらえたのは忘れられない思い出です。

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