いつかリオの『借り』を返すために、目の前の試合に挑む
――リオデジャネイロ五輪は初戦敗退ということで、ご自身にとっては辛いオリンピックになったと思います。今思い返してみて、どんな大会でしたか?
結果からしたら本当に辛いというか、苦い経験ができたというか…
夢、目標としていた舞台で自分の力を全部出し切ることができなくてそれも自分の実力不足なのかなと。なんであの日に力を出し切ることができなかったのか、なんであの日にああいう柔道で終わってしまったのか……基本的には後悔と言うか「なんで」しかないオリンピックでした。
—――ご自身の試合映像は見られましたか?
見ました。そんなに何回も見たわけじゃないですけど、やっぱり全然自分の良いところが出せてなかったし、相手のペースで終わってしまったなという感じですね。
――でも、オリンピックに出場したことの「意味」はあったと。
あの舞台を経験できたのは意味があったと思います。自分自身はそこまで緊張もしていなかったし、オリンピックを意識しすぎていたという思いもない。プレッシャーを感じていたわけでもないと思うんですけど、やっぱりどこかでそういうものを感じてしまっていた自分がいるっていうのも、実際に経験してみてわかりました。
いざそういう場になった時、自分の力が出せない弱さもわかりましたのでそれはこれからまた試合をしていく上で、自分にとっていい方向に持っていきたいなと思っています。
――大分、熊本と地震が過ごされてきた地元が地震で被災されましたが、「地元の人のため」という思いもあったのではないでしょうか。
そうですね。大分、熊本と柔道をしながら過ごしてきて、沢山の方々に支えてもらって今があるので。応援してくださった方が被害にあったというのは悲しかったですし、地震のあとも「また大きい地震が来るんじゃないか」という不安もあったので心痛む思いをしていました。
でも、だからといってプレッシャーというわけではなく。中学の恩師は「自分の柔道を出し切るだけだから」と言ってくださって。自分の中では気持ちを整理していけたかなと。もちろん、自分に何かできることはあるか、こんな大変な状況なのに自分は柔道をしていていいのか。その思いはありましたけど、やっぱり自分は柔道をやるだけだなと。自分の姿を見て喜んでくれる人がいるので、頑張るしかないんだな、というのはありました。
――オリンピック後はどのように過ごされていたんでしょうか。
本当に悔しかったんで、帰ってきてオリンピックが放送してるテレビを見るのも嫌だったし、メダリストがテレビに出るのも見たくなかった(苦笑)。練習もしたくないと思っていたんですけど、それじゃだめだと思って少しずつ受け入れるようにして何とか前向きに考えていきました。
――オリンピックの経験としては、反省材料としてはどうだったんでしょうか。
今回のオリンピックは自分なりにしっかり準備をして、何が必要なのか課題も考えて試合当日に最大のパフォーマンスができるように調整して挑んだつもりだったんですけど、結果的に力を発揮できなかった。やっぱりそこは自分の実力不足だったと思います。
ただ、リオデジャネイロ五輪を経験できたことは自分の中でも大きいと思っているので、4年後東京五輪を目指す上で、二度と同じ過ちを繰り返さないように。目の前の試合に集中して、力をつけていきたいと思います。
—――グランドスラム東京にかける気持ちをお願いします。
オリンピックの借りは、オリンピックでしか返せないと思っています。リオデジャネイロ五輪でああいう情けない試合しか見せられなかった分、2020年の東京五輪ではカッコいい、凄いなと思ってくれる試合を見せたいと思っています。
今は目の前の試合一つひとつに挑みたい。そのためにも2016年最後のグランドスラムはしっかりと自分の柔道を出し切って優勝で終わりたいと思います。
梅木真美
生年月日:1994年12月6日
出身地:大分県
階級:78kg級
所属:環太平洋大学4年