唐時代の王維が竹を詠んだ「疎影月光寒」。慶応2年10月、下関旅行中に書いた、と書かれている。高杉晋作は慶応2年8月頃に下関の小門に居を構え、10月28日に下関の桜山に移った。そのため、「客中」と書かれているのがひっかかる。印章は上が「高杉晋印」。慶応元年に挙兵が成功し藩から谷潜蔵と名乗るよう言われたため、ここで高杉晋印を使うことはありえないのではないか。
※当番組の鑑定結果は独自の見解に基づいたものです。 ※サイトのデータは、2010年1月放送回からのものです。
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