熊本県八代市

い草

つながる香り #001

#001 い草

放送内容

畳のあの香りは、い草そのものではなく、泥染めという人の手から生まれていた。

国産い草の九割以上が育つ熊本県八代市。五百年続く産地で、一万軒がおよそ2百軒になったいまも、織り機は今日も動いている。

畳の香りには、レシピがある?
泥染めの泥は、
ただの泥ではありませんでした。

Behind the Story

放送では伝えきれなかった
取材の現場から。

  • 田では、香らなかった

    熊本市内から、車で南へ。田んぼの続く道を、ただ走っていました。あたりには、香りらしい香りはありません。

    八代のい草田。青々と、まっすぐに伸びた一本を手に取って、鼻を近づけてみる。
    ——青い草の、香りでした。

    私たちが「畳の香り」として知っている、あの清々しさではありません。国産い草の九割以上が育つ土地に立っているのに、探している香りが、どこにもない。

    あくまで、取材した私たちが個人的に感じたことです。そのうえで正直に書きます。——ここで一度、取材の見立てが崩れました。

  • 工場の前で、ふわりと

    ナカヤマノウジョウの工場の前に立った、そのときです。ふわり、と。あの、畳の香りがしました。強い香りではなく、優しい印象でした。

    泥染めを終えたい草を嗅がせていただくと、今度ははっきりと分かります。香りは、泥に染めたあとに生まれていました。

    泥は一種類ではないそうです。何種類もの泥を配合して使う。そしてその配合は、農家ごとに違う。——だから、香りも農家ごとに違うのだと教えていただきました。

    いちばん強かったのは、織り上げたござを畳んだ瞬間。ふわりと、立ちのぼりました。

  • 五百年、畳の下にあった草

    あとから知って、腑に落ちたことがあります。 八代でい草が育てられるようになったのは、1505年のこと。五百年以上、この土地が育ててきた草でした。株分けから畳表になるまでは、およそ二年かかります。

    泥染めに使う染土が、淡路島から運ばれてくることも知りました。遠い島の土が、八代の香りと色をつくっている。

    茶道も、華道も、書道も、柔道も。この国の文化は、畳の上で育ってきました。その、いちばん下にあるのが、この一本の草です。

  • それでも、織り機は動いている

    かつて八代には、一万軒のい草農家がありました。いまは、およそ2百軒。

    三度の地震と、記録的な大雨。工場の床には、いまも地割れが残っています。それでもここでは、二代目、三代目、四代目が並んで、織り機を動かしていました。
    「畳は知っていても、い草を知らない人が本当に多い」
    そう伺いました。

    ひとつ、心に残っていることがあります。納品するとき、ござに付いた泥の粉を、あまり拭きすぎないのだそうです。届いた先で、その人にとっての最初の香りが立つように。

    工場では、畳にはならないござも見せていただきました。床に敷いて、その上で横になるためのものです。私たちはロケで車中泊をすることが多いので、つい「これ、マットの上に敷いたらどうだろう」と考えてしまいました。取材班の、役得のような時間です。

香りは、
写真にも映像にも
映りません。
だからこそ、
いつか八代のい草に
ご自分の鼻で触れていただけたら。

Gloassary 用語解説

い草(いぐさ)

畳表の原料となる多年草。種から苗をつくらず、収穫前の新しい芽を株分けして翌年の苗として増やすため、株分けから畳表になるまでおよそ二年を要する。畳表用には約160センチの長さが必要で、収穫期には180センチから200センチまで伸びる。国産い草の九割以上が熊本県八代市で育てられており、八代での栽培は1505年に始まったと伝えられる。

泥染め(どろぞめ)

刈り取ったい草を泥に浸す⼯程。乾燥を促し、⽇焼けを軽減し、畳表の発⾊をよくするために⾏われる。⼋代では淡路島産の染⼟が使われることが知られている。泥は⼀種類ではなく複数を配合して使い、その配合は農家ごとに異なる。畳の香りは、この⼯程を経て⽣まれる。

Special Thanks

取材協力自治体

熊本県八代市

取材協力

ナカヤマノウジョウ

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