【2012年12月28日】
紀伊國屋書店の編集者アリマさんが、森さんの新刊『虚実亭日乗』を送ってくれた。
なぜか森さんだけが「緑川南京」という仮名で登場するこの作品は、悶える男・緑川南京の日常を綴った記録(?)である。
年明けの新刊をなぜ送ってくれたかというと、「主観と客観の隙間で悶える南京」という章で『ドキュ嘘』と『TV強制合宿〜タブーな番組企画会議』での出来事が書かれているからだ。
さっそく登場人物の誰が名前を間違われているのかチェックする。「間違えているか、いないか」をチェックするのではない。「誰が間違われているか」をチェックするのである。もはや森さんの新刊が出る時の習慣だ。悲しい。

……。

奇跡が起きた。
全部、当たっている(←クイズじゃあるまいし、こういう言い方もどうかと思うけど)。
兎にも角にも喜ばしい!…喜ぶハードルが低い!
そしてなぜか悔しい。

森さんに聞いてみた。
「名前が一人も間違ってないんですけど、どうしちゃったんですか」
相当に失礼な聞き方だが森さんは全然気にしていない。
「あー、アリマさんが特別念入りに確認したから」
自分じゃ確認しないのか!

そもそもどうしてこうも人の名前を間違えるのか。
山下敦弘監督の読み方も毎回間違える。“のぶひろ”か“あつひろ”か分からなくなり、「のぶひろ」だと教えてもらった3秒後に「もう大丈夫。“あつのぶ”だよね」と言い切った時には気が遠くなった。
それが、今回は“山下敦弘(のぶひろ)”と得意気にルビが振ってあるのを見て「どの口が言うた」と一瞬殺意まで覚えたが、アリマさんから森さんへの原稿を通した教育だと思えば納得がいく。

肝心の内容について周りの感想を聞いてみると、

「死ぬほど笑った」
「まさに森文学の金字塔」
「名前以外、全部間違っている」
「訴えてやる」…。

えーと、概ね好評。

『ドキュメント・森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」』と比べていただくとさらにお楽しみいただけると思います。

森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」

【2012年4月3日】
「勤続30年の対象者なので社内報用に写真と80字の文章下さい」と広報から依頼が来た。写真はムラケンが撮った森さんとの2Sを使うことにする。二人には一応断っておこう。まずはムラケンに電話。
「実はこの四月…」
「会社辞めるんですか(ムラケン的には“クビになった”を柔らかく言ったつもり)」
「勤続30年を迎えたんだけど」
「いやーハハハ(笑ってごまかす)、おめでとうございます!パーティしましょう(替山さん持ちで)」

次は森さん。
「実はこの四月…」
「異動になった?(森さん的には“飛ばされた”を柔らかく言ったつもり)」
「勤続30年を迎えたんですけど」
「いやーハハハ(笑ってごまかす)、おめでとうございます!パーティしようよ(替山さん持ちで)」
何もここまで同じ反応じゃなくてもいいと思う。
『ドキュ嘘』のスタッフはみんなこうなのか。
それともアレか、僕の日頃の言動に問題があるのか、そうなのか!?
いずれにせよ慰労金の存在をこの二人にだけはなんとしても隠し通すつもりだ。
 
【2010年7月13日】
先週、河出書房新社のヨシズミさんという編集者から電話があった。松江君が書いた「セルフ・ドキュメンタリー」という本を9月に出版するにあたり、『ドキュ嘘』『佐藤真の贈り物』の映像を写真に起こして掲載したいとのこと。
『佐藤真の贈り物』は、松江君が自室で佐藤さんの資料を読んでいるシーンにする。
『ドキュ嘘』は迷った末、森さんがカメラを担いでいる映像を選ぶことに。許可を取るため森さんに電話。
「(お金とか出ないですけど)いいっすよね」
「いいよー。…あ、やっぱり条件がある。森がいかに高潔な人物であるか、松江がいかに森を尊敬しているかを書くこと。松江に必ず伝えてね!」
森さんのニヤニヤ笑いが目に浮かぶ。
「わかりました」
ヨシズミさんから、“そのまま”松江君に伝えてもらうことにする。
伝言を聞いた松江君が、どんな風に森さんの悪口を書くのか今から楽しみだ。
 
【2009年6月3日】
なぜか、森さんと7時48分富山発の「はくたか3号」に乗って東京に向かう。二人ともこれ以上ないほどにボーっとしているものの、こんなに朝早いJRに乗り遅れないなんてエライと思う。
「『ドキュ嘘』本は売れてるの?」
「さぁ。ベストセラーじゃないことだけは確実ですけど」
「帯とか変えたら?バーンと『1Q85』って入れるとか」
ベストセラーへの便乗の是非はともかく、この時点ですでに間違っている。
「“『IQ(アイキュー)85』の男、森達也”とか入れましょうか」
ツッコミのいないナイツのような会話で、朝っぱらから周囲のお客さんのストレスはMAXに。
「『1Q85』ってどんな話なの」
もはや修正不可能。
「まだ読んでないんですけど新興宗教の教団とか出てくるらしいですよ」
「やっぱりそうなんだー」
「(森さんは『A』『A2』撮っているし、宗教をテーマにした本も出すし) 考えてみたら“『IQ45』の男”(いつの間にかIQが下がっている)って、新しい帯のコピーとしてぴったりかもしんないですね」
 
【2009年3月19日】
『ドキュ嘘』の初回放送から3年の月日が過ぎました。
 「その後のプロデューサー日記」については、当初の予定では放送当日のドタバタをUPしてお終いにするつもりでした。ところが、このサイトに頂いた反響を読ませていただいているうちに止められなくなってしまいました。

元々、このサイトに「ご意見・ご感想」欄を設けたのは、自分では番組でかなり思い切ったことをしたつもりだったので見た方の感想を知りたいという素朴な思いからでした。
放送後、びっくりするほど沢山の反響をいただきました。概ね楽しんでいただけたことにホッとしましたが、(自分でも意外だったのですが)批判も本当に嬉しかったです。
ただ、番組の公式サイトに寄せられた反響を見てずっと気に掛かっていたことが二つありました。再放送とDVD化を望む声がとても多かったのです。
再放送は、2006年12月になんとか実現できました。しかし、DVD化については、そもそも何をどうすればよいのか皆目見当もつきませんでした。「日記を書き続けていれば、DVDにしたいと言ってくれる人が出てくるかも」という甘い考えだったのですが、やっぱり甘かったです。日記とは全然関係なく実現しました(もっとも発売されるまでは信じられませんが)。

今回、多くの方々の尽力で番組がDVD付ブックになったことを大変ありがたく思います。これでようやく要望にお応えできたという気持ちです(もっともDVD付ブックの実現に僕自身は何も貢献していないのですが)。

今後、この日記が「プロデューサー手売り日記」にならないことを願うばかりです。 皆さん是非、お買い求めください!
発行:キネマ旬報社
価格:2,800円(税別)
初版:3月29日全国書店にて発売

森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」

【2008年11月13日】
このところ、この日記が『ドキュ嘘』P日記なのか森さん糾弾日記なのか判然としなくなっているが、もちろん『ドキュ嘘』P日記である(本放送から2年半経っているのになぜ更新しているのかだが)。
そして、これを読んでいるほとんどの方はとっくにお忘れになったと思うが、実は『ドキュ嘘』はメディアリテラシーをテーマにしている。
さらにいえば、(皆さんから懲戒請求かけられるのが怖くて今まで黙っていたが)、僕は去年から民放連メディアリテラシープロジェクトのメンバーを務め、参加局選考等のサポートをしている。今年はチューリップテレビ(富山)・岡山放送(岡山)・南海放送(愛媛)が選ばれた。
実家が近いということもあってチューリップテレビには二、三度訪問し、スタッフと懇意になった。が、だんだんトンデモないことなっているらしい。
先日、チューリップテレビのプロジェクト連動番組『テレビノミカタ(仮)』( 11月24日15:55〜16:52)が番組公式サイトをスタートさせたと聞いて覗いてみた。P・D日記に、そのトンデモなさの一端を垣間見ることができる。ホントに放送できるのだろうか2年前の『ドキュ嘘』状態だ。
でも、自分の身に火の粉が降りかかっていないので大笑いして読める。

「他人の不幸は蜜の味」

 

【2008年9月1日】
先週、森さんの新刊「メメント」(実業之日本社)が、送られてきた。今まで森さんから新刊を送ってもらったことはない。きっと担当編集者が送ってくれたんだろう。
御礼のメールを出そうと思ったのだが、包みに送り主の記載がない。しかも担当編集者の顔も名前も思い出せない。実を言うと実業之日本社の編集者と会った記憶がない。
森さんと付き合うと記憶力がなくなるという噂はホントらしい。この三年で貰った名刺を全部チェックしたが編集者の名刺が見つからない。
仕方がないので、先週末、森さんの講演会に行って直接、本人に聞いてみた。

「えっ、だって(本の中に)登場してるでしょ(だから編集者に送ってもらった)」
「えっ、僕が登場してるんですか」
「えっ、登場してなかったっけ」
ここまで自分の記憶力に自信の持てない人も珍しい。
「いや、まだ全部は読んでないんで」
全部どころか、まだ最初のエッセイしか読んでない。愛犬・ゲンキの話で戸川幸夫か椋鳩十かという感動的なエピソードが、いつの間にか仕事の憂さばらしでゲンキを蹴ったら咬まれたとか、飼っていたアフリカツメガエルを公園の池に放して環境破壊したとか森ワールド全開の大爆笑&脱力エッセイである(ちょっとウソ。「死ぬということ」に想いをめぐらせた深い文章である)。

「そうかぁ、(エッセイを書いた)時期的に登場する訳ないかぁ」
「いや、2004年〜2007年J-novelに掲載された文章を大幅に加筆・修正って書いてあったから時期的には登場する可能性は十分ありますけど」
記憶力に自信ないばかりではなく、実際に記憶力がない。
帰宅してから「メメント」をチェックした。
おー、僕が登場してるよ。「阿弥陀さまとメディア」と題されたエッセイに『ドキュ嘘』のことが書かれている。浄土真宗の無量という言葉からメディアと社会不安の関係を説き起こしリテラシーの必要性に論を進めた森さんらしい素敵な文章だ。
なんだ、森さん、記憶力大丈夫じゃないですか。

…あ。
僕の名前が、またもや間違っている。
森さん、やっぱり記憶力大丈夫じゃないです。

「僕じゃないもん」と編集者のせいにした…。

いくらなんでもこれはまずいでしょ。

【2008年3月6日】
雨宮処凛さんの「全身当事者主義」(タイトルが原一男+吉岡忍みたいでカッコいい)の出版記念でトークショー。森さんとの対談だ。
トークショー終了後、森さんと雨宮さんの著書にそれぞれサインを貰う。森さんには、また「死刑」にサインさせるつもりだ。前回は表紙の裏だったので、今回は裏表紙の裏だ。
無言で「死刑」を差し出す。
森さんと僕との間に緊張感が走る。
固唾を呑んで見守る編集・鈴木…。
森さんが勝負に出る。
「秀樹だぁっ」。
必ず期待に応える男・森達也。
僕の「してやったり」の表情を見て往生際悪く訂正しようとする森達也。
それをなんとか阻止して勝利感に…。
…全く勝利感に酔えないのは気のせいだと思いたい。

“秀”の左に残っている線は、姑息にも証拠隠滅しようとした名残り。
今、気付いたが、"様"も書き忘れている。

【2008年1月19日】
森さんの「死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う。」出版記念トークショーを見に行ってくる。姜尚中さんとの対談だ。
対談が終わり、サインを貰いに行くと森さん僕に「名前なんだっけ?」。 (*)
横に付いていた担当編集者の鈴木久仁子さんが「森さんっっ!!!」と悲鳴を上げる。とうとう僕の名前が思い出せないほどに記憶力が衰えてしまったと思ったらしい。
「茂樹」か「秀樹」か迷っただけとは分かっていたものの(それはそれでヒドいけど)、僕も調子に乗って「替山ですよっ!」と言ってみる。
なんだか、鈴木さんが編集者というより森さんを介護するヘルパーさんに見えてきた。

(*)そういえば森さんは『ドキュ嘘』のロケの時、吉田の顔を見る度に「名前なんだっけ?」って訊いていた。当時「どっちが役名でどっちが芸名か分かんなくなって」と言い訳していたが、今なら断言できる。両方忘れていたと。

ヘルパーの助けを借りて仕上げたサイン

【2008年1月1日】
瀬々さんから頂いた年賀状が面白すぎて呼吸困難に陥る。
「今度は、自分役でドキュメンタリーに出してください」
お言葉ですが、瀬々さんは日本一ガテン系の役が似合います。そのことを証明してしまったムラケンには、あらためて反省を促したい。
 
【2007年12月12日】
立教大学の「放送80年」講義(服部孝章教授・砂川浩慶准教授)に行ってきた。この日のテーマは「放送の公共性」。この回にはひとつだけ問題があった。僕が聴講するのではなく喋るということである。我ながら何を勘違いしているのか。大体、テーマが手に余る。でも、『ドキュ嘘』を上映していいと言われればつい引き受けてしまう。
案の定、時間が全く読めず。半分くらい喋ったところで砂川さんに「あとどのくらい時間残ってますか」と聞いたら「5分です」。…撃沈。
 

2007年12月8日】
『佐藤真の贈り物〜「我が家の出産日記」』のMAを見学に行く。松江君が担当する冒頭の5分「佐藤真の贈り物」と番宣CMの仕上げ作業だ。楽しみすぎて早くスタジオに着いてしまい、一緒に行ったI田さんと二人でポッツーンとスタッフを待つ。
時間通りに鎌倉Pが、ちょっと遅れて松江Dが登場。鎌倉さんは「我が家の出産日記」本編のプロデューサーでもある。

…MAなのにナレーターが来ない。聞いてみたら、松江君がやるとのこと。しかも、ナレーションをやるのは初めてらしい。いいんですか、鎌倉さん!?
まずは通しでリハーサル。松江君のあまりの滑舌の悪さボー然とするが、本人は平気で「味ですよ、味」とか言いながらサクサクっと録ってしまった。味て…。どこかで聞いたことのあるフレーズだ(2006年3月19日日記参照)。またもや既視感でクラクラする。チーム・ドキュ嘘(そんなものがあるのか)は皆、「味」が好き(都合が悪くなると)。
ところが、完成素材をプレビューしてみるといい感じでビックリする。たしかに語頭が割れていたり舌ったらずだったりするが、松江君の心情がダイレクトに伝わってくる(考えてみたら「我が家の出産日記」だって、佐藤さん自身のナレーションだ)。
しかも、番宣CMのタイトルコールなんか、むしろカッコいいのが微妙にムカつく。悔しいので本人には言いませんでしたが。

といった経緯で、『佐藤真の贈り物〜「我が家の出産日記」』がついに完成。ステキな作品なのでぜひ見てください。『ドキュ嘘』のお宝映像もちょっとあります。

2007年11月15日】
佐藤真監督のテレビ初作品『ドキュメンタリー人間劇場「我が家の出産日記」』(1994)をBSジャパンが放送してくれることになった。
関係者の方からVHSを見せてもらう。森さんが「創」11月号にも書いているが、すごいステキな作品だ。
佐藤さんの次女・萌ちゃんが生まれるまでの佐藤さんちの様子を追ったドキュメンタリーなのだが、制作スタッフの撮った映像と佐藤さんが自分で回した8ミリビデオの主観映像が混在している。いわば、90年代後半から若い映像作家が挙って作り始めたセルフドキュメンタリーの先駆けのような作品だ。
『阿賀に生きる』で国内外の賞を総なめにした直後、テレビでこんな作品を作っていたなんて…。第12回ATP賞で、「ベスト20」を受賞している。
今回の放送がさらにスゴイのは、松江君が撮り下ろした新作とセットにして放送するらしいこと!佐藤さんと松江君は、『ドキュ嘘』で“出演”と“編集”という形で“共演”しているが、実はこの二人にはずいぶん前から深いつながりがある。
そして新作部分は、作品を紹介するだけではなく、なんと二人の関係も織り込んだ松江君のセルフドキュメンタリーになるらしい。BSジャパン、すげえ。今から、放送が楽しみだ。

あ…、僕の部屋BS映んないんだった。
なんとしても見るつもりだけど。

BSジャパン特別番組
『佐藤真の贈り物〜「我が家の出産日記」』

2007年12月14日(金)22:00〜23:00
2007年12月30日(日)13:00〜14:00

2007年10月6日】
立教大学社会学部メディア社会学科一年生のゼミ演習に参加することになった(と書くと僕が一年生みたいだけど)。ゼミ演習の一環として森さんの講演会が開催され、その中に『ドキュ嘘』上映と森さん×僕のトークが組み込まれている。
立教大学は初めてだ。迷いそうになりながら会場に辿り着くと運営委員の学生さんが控室に案内してくれた。
「森さんもうお見えになっています」
ゼミ開始までまだ30分以上あるのに森さんが着いているなんて信じられない。
控室にはPCで原稿を書いている森さんの姿が。既視感でクラクラだ。今にも「ギャラだよ、ギャラ」とか言いそうだ。
話を聞くと、昨日札幌で講演がありそのまま泊まって今朝の飛行機で帰京し、家に戻らず大学に直行したとのこと。それじゃ、いくら森さんでも遅刻のしようがない。
運営委員のカワカミ君が緑ジャージを手にしている。講演会の時に着るのだそうだ。
「女性の委員に着てもらった方がいいんじゃない」と提案する。
森さんが『ドキュ嘘』上映前に番組をフツーに紹介したんじゃ面白くないと言い出す。「森さんは『ドキュ嘘』上映をしてほしくなかった」という設定で上映前にコント?をすれば、より効果的だと。ところが、直前になって今度は「やっぱりやめよう」と言い出す。自分の演技力のなさで会場がドン引きになるのを恐れたらしい。
結局、運営委員の学生さんたちの強い要望によりコントをやることに。

「え、『ドキュ嘘』上映するの?聞いてないよ!あれは失敗作だからやってほしくないんだけど。まぁ、上映するのは仕方がないけど、僕は退席させてもらうから」
と退場。
なんとも微妙な演技。しかもプロデューサーが目の前にいるのに「失敗作」て…。上映後、森さんが会場の皆さんに聞いたところ、それでも2割くらいの人は騙されてくれたらしい。
その後は、森さんの講演・僕とのトーク・緑ジャージを着た女子運営委員とのQ&Aなど盛り沢山のイベントをこなし無事終了。
学生がまるでイベントのように自主的に運営するというゼミ演習は初めて見たが、ステキな試みだと思った。
その後の懇親会が盛り上がったため、松江君の『童貞。をプロデュース』ユーロスペース初日の開演に間に合わなかった。仕方がないので、ロビーでダラダラ。上映後、主演の一人・梅澤君とお客さんのお見送り。「ありがとうございました!」。スタッフでもないのに何やってんだ、僕は。しかも、松江監督本人は韓国の映画祭に招待されてて不在…。

【2007年9月7日】
23:43。ムラケンからケータイに連絡があった。

【2007年6月15日】
担当番組『SCENE』(木曜、22:54〜23:00)のロケで、「くるり」取材。
『ドキュ嘘』のエンディングに流れる「初花凛々」は、Coccoと「くるり」のユニットSINGER SONGERの曲だ。

元々、『ドキュ嘘』のエンディング曲はオリジナルでいくはずだった。作曲・編曲はスキャット後藤さんに頼んで、作詞はムラケンが「オレ、やります」とはりきっていた。
しかし、いつまでたってもムラケンの詞ができずスキャットさんが曲作りに入れない。とうとうムラケンがギブ。出演者全員が、「WE ARE THE WORLD」スタイルで1フレーズずつ歌うというトンデモない案(森さんのアイデア)も出ていたのに(もっとも、殴られるのを覚悟で、誰が原監督に頼みにいくかという難問はあったのだが)。
かわりにムラケンが持ってきたのが、SINGER SONGERの「初花凛々」。一発で気に入った。
松江君が言うとおり番組の内容に通じるものがあるし。ラストシーンの後、番組タイトル「トリキリ」の画にイントロが流れると脳内で何かがブワーッと分泌されるような気分になる。
仮編の最初のバージョンでは最後がフェード・アウトになっていたので、松江君に頼んで1コーラスの後にコーダを付けてもらった(2006.3.10.日記参照)。

そんな経緯があったので今回、取材を楽しみにしていた。
インタビューでの彼らの言葉の選び方・表現の仕方には独特のセンスがある。さらに『SCENE』でその部分は使わなかったが、「(分かりやすい)答えを出したくない」という発言は、もろ『ドキュ嘘』のテーマに直結していたので何か縁のようなものを感じた。










































































































【2007年5月16日】
今日は、2回目の講義。
上映作品がいい感じでウケる。それは嬉しいんだけど、あれだけ『ドキュ嘘』がウケなかった翌週だけに、それはどーなのよ…。
講義後すぐにレポートを書いた学生さんが何人かいたので、帰り際渡される。
レポートを読んで愕然。
松江監督のTシャツがかわいかった
必ず、相方にさらわれる自分が不憫でならない。
明日以降、いい年してスヌーピーのTシャツを着て街を歩くオヤジがいたらそれは僕かもしれない。
 

【2007年5月9日】
今年の1月。明治大学で教授をしている友人から、総合講義で講師をしないかとオファーを受けた。僕の話は絶対にウケないのは分っているのだが、『ドキュ嘘』を上映した時の反応見たさについOKしてしまう。
ムラケンと松江君と3人で新年会をやった時に「見に来ない?」と聞いてみる。もちろん見に来るだけで済むはずはなく講義に参加させるつもりだ。ムラケンは興味なさそうだったのだが、松江君が(女子大学生に)興味ありありだったので今回の犠牲者は松江君に決定。

といった経緯があって、今週と来週、1時間半ずつ話をすることになった。
17:30、和泉校舎の前で松江君と待ち合わせ。
あらためて講師案内を見ると、まず「教員室に来るように」と書いてあるのでいきなり緊張する。松江君もこころなしか顔色が良くないのは、教員室にはあまりいい思い出がないからだろう。講師控室で友人の担当教授と打合せをしてから教室へ。
明治大学といえば質実剛健というイメージがあったのだが(古い)、イマドキのおしゃれな学生のみなさんを前に話し始める。受講するのは30〜50人くらいと聞いていたのだが、もっと沢山いるように見える。
「書籍の『ドキュメンタリーは嘘をつく』を読んだことのある人、挙手してください」
と聞くと、誰も手を上げない。
「森達也さんを知っている人は?」
これもゼロ。松江君が心の中でガッツポーズしているのがあからさまに分かる。
ボロが出る前に『ドキュ嘘』上映。松江君と後ろの方で久しぶりに見る。
ところが、これまでの上映とは勝手が違う。話がウケないのは慣れているが番組がウケないのは初めてだ。…凹む。
“巣鴨のおばあちゃん”にも“森さんの空振り”にも無反応なので、講義メモの裏に「受けねー」と書いて松江君に渡す。松江君は「真面目」と書いて講義メモを僕に返し前方を指差す、その先を見るとノートにいろいろ書き込んでいる学生達の姿が。
変な帽子を被ったアロハのオヤジ&自分たちと同年代にしか見えないオニーチャンのふざけたコンビが制作者として前フリしてんのに、真剣に鑑賞するとは何事か!エンドロールが流れるところのざわつきでようやく救われた気持ちになる。
上映後、よせばいいのに“笑う箇所はどこなのか”説明を始めてしまい、松江君に「やめてーっ!余計に寒くなるぅ」と全力で止められることに。その後の話はメロメロで、予定していた内容をこなすことができず一部来週に持ち越し。松江君がいなかったらどうなっていたことか想像するだけで恐ろしい。
ところが講義後、びっくりする出来事が。
教室の片隅で白い灰になっていると学生のみなさんが続々とやって来て、僕も松江君も囲まれる。質問攻めだ。カツアゲじゃなくてよかった
担当教授からは、「最近の学生はシャイだから、質問はきっと講義後じゃないかな」と聞いてはいたもののこれほどとは。

やはり、学生のみなさんと直接話をするのは充実感がある。来週に希望が持てる。
 
【2006年12月31日】
再放送も無事放送されました(!?)。

このサイトをご覧くださったみなさん、
なんやかやで、この一年お付き合いいただき本当にありがとうございました。

良いお年を!
 
【2006年12月26日】
今日は、本放送から丁度9ヶ月。9ヶ月のどこが丁度なのかはよく分らない。
そんなことはどうでもいいのだが、再放送のギャラ伝を切るのを忘れてた。
ついでに言えば、ギャラの切り方自体すでに忘れている。
さらに言えば、パスワードも忘れているのでギャラ伝の画面に入ることすら出来ない。
 
【2006年12月25日】
番宣ラテ担当から、「年末進行でラテ欄の締め切りが今日です」と催促。
何を書いてもどうせ番宣『ドキュ嘘』担当ワタナベに直されるんだからと彼女に電話すると、今日は休みとのこと。
…チャーンス!
ということで考えた15文字パターンが、
森達也ドキュメンタリーは嘘」。
これ見た方は、ミスリードされまくりの予感。へっへー。
でも、タイトルを省略しただけですから。

あ、…タイトルでネタばらしちゃった。
もう変更は間に合わない。
 
【2006年12月22日】
放送素材室ナカノさんから、「判子を持って出頭せよ」との連絡あり。
いろいろ思い当たる節がありすぎて、何で呼び出されたのかよく分からない。
「『ドキュメンタリーは嘘をつく』再放送のためには、ライブラリーからテープを出庫しなくちゃならないので、〈保存テープ持出申込書〉に記入して申請してください。いつまで待ってもいらっしゃらないので、お電話しました」
「え、再放送って勝手に流れるんじゃないの?」
森さんのような天然に絶句するナカノ。
いつも僕のことを(優しく)叱るカガさんが、
あぶなーい(このオトコ)」。
来週頭にテープが届いたら、もう一度出頭してテープのラベルや記録表の書き換えをしなくちゃいけないとのこと。
例によって、ADとプロデューサーの欄両方に自分の名前を書き判子を押して申込書を無事提出。やれやれ、帰ろうとしたら、
「『淺井愼平とゆく チェコ夢建築物語』の映像手法ガイドライン・チェックシートをすぐに出してください」(忘れてた)
「『モントルー・ジャズ・フェスティバル2006』の納品いつですか」(まだMAもやってない)
「『給与明細』と『家族の時間』と『知恵の和』のチェックシート早く出してください」(出したような気はするんだけど。もう分んなくなってきちゃった←ムラケン風)
中砲火。轟沈。
ていうか、ホントに再放送できるか自信なくなってきた…。
 
【2006年12月6日】
今日は、『ドキュ嘘』打ち上げ。番組放送して8ヶ月以上経って打ち上げ…。
なんでこんなことになってしまったのか(もちろん、森さんのせい)。「ただの忘年会じゃねーか」と参加者全員が心の中でツッコンだことは言うまでもない。
タクシーで店に向かうも、反対方向に向かった挙句ムチャ込みの六本木交差点に突入する運転手に軽くパニック。そんな中、森さんから携帯に電話。
「えーと、近くまで来てるはずなんだけど…。外苑西通りでいいんだよね」
たしかに店は外苑西通りからちょっと入ったところだが、森さんの場合、長い外苑西通りのどこにいるか分からないのが怖い。結局、その場にステイしてもらい(犬?)僕が店に着いたら森さんの携帯を鳴らし誘導することに。
タクシーはさらに暴走。有栖川公園の交差点から細い路地に入ってついに迷子。そんな中、BBスズキから携帯に電話。
「もう、みなさん集まってます」
嘘つけ、森さんが着いてるわけない。
有栖川公園に戻ってからタクシーを降りて店を探す。降りた途端、同乗していた吉田に、
「こんな時は、値切るか踏み倒すものですよ」
説教される。
さらに迷うが、BBスズキに誘導されてなんとか店に到着。ふう。
…いけね、森さんのこと忘れてた。
ムラケンと一緒に、ステイ状態の森さん探索旅に出る。
広尾駅の近くで発見。「19:41、ホシの身柄確保しました!」と所轄に報告したい気分。店に連行する。まだ始まってないのに既にヘトヘトだ。

打ち上げは和やかにスタート。しかし、だんだん怪しい雲行きに。
きっかけは、森さんの「俳優に復帰してもいい(強気)」発言。
そういえば、この男、企画打合せの時に「役者として出演するのはいいけど、相手役はミズキ・アリサかキムラ・ヨシノじゃないとヤダ」と駄々をこねてムラケン・向井君・僕をポカーンとさせた。一体、予算が幾らだと思ってるんだ。たとえ予算があっても自分と共演してくれると思う神経が信じられない。
とはいえ、森さん思いの僕らはミズキをブッキングした。アリサじゃなくてユウナだけど。
結局、俳優志願の件は、『ドキュ嘘』制作中一番遅刻の多かったムラケンにすら「早朝ロケに来られない人間に俳優なんて無理」とあっさり否定される。

「TVでは、次、何やりたいですか」と聞くと森さんは、「旅グルメ!」。
『ドキュ嘘2』とか一切考えていない。というか、自分が美味いものを食べて温泉に浸かることができると思っているようだ。
ムラケンにブツ撮り(料理・小物等の撮影)がどれほど大変かコンコンと説教される。
挙句、プロテックスのフワさん(*)に、
「ダメだよ」
トドメを刺される。「やーい、叱られてやんの」と思っていたら、フワさん返す刀で、
「再放送喜んでる場合じゃないだろ、Kこそ次どうするんだ」。ひー。

失地回復を目指す森さんは、恋愛映画を撮りたいと言い出す。
今度は、松江君に延々と説教されている。
ボコボコに言われる森さん50歳(説教しているのは29歳)。
しかし、森さんは言われっぱなしじゃない。さすがだ。反撃開始。
「マツエ、(ブログ見ると)ラーメンばっかり食べてるじゃないか」
「そんなに食べてません」
以上、反撃終了。

往生際の悪い森さんは、「『ドキュ嘘』の一番好きなシーンを一人ずつ発表することにしよう」と発案。「森のシーンが良かった」と言わせる魂胆なのは見え見えだ。しかし、誰も森さんのシーンを褒めない。そして、アサオさん(ムラケンの妻役)を指名したのが運の尽き。この人の辛口ぶりは強烈だ。
「この番組は知ってる人ばかりが出てて、茶番だったんですが、…」
ち、茶番…。いきなりムラケン全否定発言に、会場激震。大笑いしながらも心の中でがっくり肩を落とす4人組(3.18.参照)。
しかも、
堀さんのシーンだけは(良かった)」
…北区区民大学(10.6.参照)に続いて、また堀かよ。
誰だ、堀を番組にキャスティングしたのは。

…僕だった。

(*)テレビ東京制作(プロテックス)の常務。テレビ東京時代は歴史に残る数々の番組を演出・制作したディレクター・プロデューサー。『ドキュ嘘』では、なぜか現場に復帰。何億もかけた大型特番のエグゼクティブ・プロデューサーならなくはないけど、『ドキュ嘘』みたいな番組でエライ役員がなぜ…。「"杉田に交通費精算の仕方を教えているフワさんの図"はどう考えても異様でしたと」ムラケンは振りかえる。そういえば、杉田は打ち上げも逃亡…。
 
【2006年11月30日】
以前から、ずっと気になっていたことがある。
番組を見た方、見逃した方から再放送の要望を沢山いただいていたのだ。
5月ごろ、深夜で放送できないか編成部に打診した時は、
「深夜といってもなかなか枠はないです」。
8月、民放連賞が内定した時も、
「受賞と再放送は別問題ですよ」。
で、こないだ、しつこく企画メモを作ってまたまた交渉してみる。
タイトルは、『ドキュ嘘スペシャル・エディション』。
内容は、実質再放送だが、
「吉田が居酒屋でっ払っているカット(←とってもキュート)」
「森さんと吉田が社員食堂でそれぞれチキンカツ定食とカレーを食べているのだが、吉田がオプションで頼んだオニオンスライスを森さんが横から箸を伸ばして勝手に食べてるカット(←これもキュート)」
の2カットだけを追加して"スペシャル・エディション"を謳うという姑息なもの。
「27時台とかでできないかな。28時台だと一寸悲しいけど」
「作業してみます」

で、今日、編成ハシオから連絡が。
12月31日の6:05〜7:00なら成立しますがどうします?もちろん"スペシャル・エディション"案は却下ですが」
あまりのアナーキーな放送日時の提案に一瞬クラクラッとする。
で、返事はもちろん、
「よろしく頼む」。
『エイリアン4』の後に、エイリアンより恐ろしい森達也が登場し、その後『魔界戦記リュウケンドー』に倒される(といってもリュウケンドーが何者かは知らないのだが)、という出来すぎた流れに並々ならぬセンスを感じざるを得ない。
 

【2006年11月8日】
水木ゆうなが出演している舞台「2学期の風」を見に行く。
初めての劇場なので少し早目に。ほどなく松江君がチャリで到着。フラフラと怪しい男が来たと思ったらムラケンだ。平日の昼間から河原でバーベキューして結構飲んだらしい。
森さんが来ない。森さんの都合に合わせて日程を決めたのに。ケータイを確認するとメッセージが。ここまで読んだ方にはすでに察しがついていることと思われるが、一応18:11に僕のケータイに残されていたメッセージをまんま書き起こしておく。
「もしもしKさん、森達也です。えーとねぇ申し訳ない。飛行機乗り遅れました。それでキャンセル待ちを今ちょっとずーっと待ってたんだけど、なんかキャ、出ないんですね、キャンセルがね。そういう状況で、えーっともう新幹線でこれからもう帰るしかないかなという感じで、それは当然ながら夜中なんでちょっと今日は…ブツッ

舞台は力作。客席も満員。ムラケン、松江君は同世代として共感していた。
カーテンコール後、三人で楽屋に挨拶に行こうとしたら、松江君がグズって来ない。「感動が減るから役者と会いたくない。劇場の外で待ってます」。招待してもらって挨拶なしってのもなぁ…。仕方がないので、水木の方を劇場の外に連れ出した(めんどくさいなぁ)。番組から出したスタンド花の前で民放連賞の楯と共に記念撮影。
その後、三人で中華。最初は森さんを肴に大笑いしていたのが、いつの間にか怪しい雲行きに。昼のアルコールがまだ残っているムラケンが、よせばいいのにしつこく「今日の舞台は良かった。特にラストでマツエが出てたのが」と繰り返すせいだ(「2学期の風」のラストに松江君にちょっと似た女優が子ども役で出演している)。
3回目くらいまではおとなしく聞いていた松江君がとうとうキレて、あるムラケンのTV作品を手厳しく批判しはじめる。松江君もよせばいいのに逃げ道作らず追い詰める。ただでさえ口喧嘩でマツエに敵うヤツなんていないんだから、酔っ払ったムラケンに対抗できるわけがない。ムラケンが、堪らず「作る立場になれよ」と言ったのが運の尽き。「Kさん、今の聞きましたか。ダメなもの作っといて大目に見ろって言ってますよ、サイテーの男だ。オレなんかムラケンさんの番組始まったら、何をしていても見るほどの視聴者なのにこの言い草。この男だけは許せませんよ!」。

腹がよじれるほど笑って死ぬかと思った。

「感動が減る」とか言って
主演女優に会うのを拒んだ
男の表情に注目

【2006年10月24日】
今日は、民放大会(第54回民間放送全国大会)。
葬儀以外でスーツにネクタイは、16ヶ月ぶりだ。しかし、どんな公的な場でも半ズボン(夏場)・チャンピオンのパーカー(冬場)の森さんよりはマシ。
この日記を読んでいる方には申し訳ないが、今回は、何かやらかすなどということはなく無事に登壇して楯を貰った。
控室に戻り、受賞作品・事績一覧を見て自分の目を疑う。
目に飛び込んできたのが、ラジオ報道部門の優秀賞のタイトル。
不毛の連鎖〜モラルなき森からの伝言〜』(北海道放送)。
「モラルなき森」って、いくらそのとおりでもストレートすぎる!しかも、「不毛の連鎖」って…。
森さん、北海道で何やらかしたんですかっ
面白すぎて、飲んでたコーヒーが鼻から逆流
番組概要を読んでみると、廃車や電化製品などが不法投棄された森の話で、極めて硬派な報道番組。もちろん森さんとは何の関係もない
しかし、『森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」』よりこのタイトルの方が、番組内容を上手く表現しているかもと思うとやられた感は否めない。


民放大会の「おもひで」
お昼に出た松花堂弁当
(写真これしか撮ってない)
【2006年10月6日】
今日の夜は、北区区民大学(市民講座)で『ドキュ嘘』を上映した後、メディアリテラシーの話をすることになっている。この日記で僕がどれだけ話下手か何度も書いているのに依頼するなんて北区担当者はスゴイ神経の持ち主だ。
次週は、講師として森さんが講演することになっている。僕の回が「どんな感じか見に行くよ」と言っていたので、“話につまったら助けてもらおう”と以前なら当てにしたが、今は話半分以下 で聞いている。
ということで、森さんは予想通り逃亡…
そして、
…話がまったくウケない(これも予想通り)。
しかし、今回はいつもの僕とは違う。
こんなこともあろうかと、『ドキュ嘘』に出演してもらった報道の堀を騙して「見に来ない?」(意訳すると「絶対来い!」)と誘った。後のほうに座っている。泊まり明けで休んでいたいだろうに…イイ奴だ。
もちろん、「見に来る」だけで済むはずがない。前に引っ張り出して発言させたおかげで何とか無事終了。
「今回は上手くいったなー」と思いながら、参加者感想アンケートを読んで愕然
「堀さんの話良かった」というのばっかり…。ムキーッ。
しかも、終電を逃すというおまけ付き。
【2006年9月26日】
先週金曜日の夕方、民放連のサイトにはまだ2006年連盟賞のデータがUPされてないなぁと思いつつ打合せに出た。
直帰して月曜は休んだので、民放連のサイトを確認するのはそれ以来なのだが、UPされた内容を見てビックリ。
「蛮勇」の「ばの字」もない…
どういうことだろう。熱のせいで聞き違えたか?たしかに僕には「蛮勇」って聞こえたんだけどな。
まぁ、公式な文書として「蛮勇」はマズイかも。そりゃそうだ。
……それとも、まさか民放連が『ドキュ嘘』インターネットリテラシー企画に新規参入
だとしたら面白いけど、無謀にもほどがあると思う。
反対に、インターネットリテラシー企画に面倒くさがって参加しなかった森さんは、民放連の爪の垢を煎じて飲んで反省すべきだと思う。
 
【2006年9月21日】
トンデモないことが起こった。

そもそもの話は5月に遡る。
日本民間放送連盟(民放連)が、2006年連盟賞応募作品の募集を開始したと聞いて、我ながら何を勘違いしたのか、編成部に『ドキュ嘘』を「教養番組」としてエントリーしてくれと依頼してしまった。

自分で言うのもなんだが、どこをどう見たらこの番組が"教養"なのか。少なくともスタッフには"教養"という言葉が似つかわしい人間がいない。僕の依頼を拒否した編成部の判断は正しいと言わざるを得ない。無念だ
しかし、「放送と公共性」部門なら応募してもいいというのはどうかと思う。
「放送"の" 公共性」には強い問題意識を持っているものの「公共心に乏しい」スタッフが作った番組を「放送"と"公共性」部門に応募。
微妙だ…。
僕の答えはほぼ即答。
「よろしく頼む」。
貰える可能性のあるものなら(たとえそれがほぼ不可能だったとしても)なんでも貰いたい。「放送できただけで幸せ」と言っていた謙虚な僕はどこへ行ってしまったのか。人間の欲望というものには際限がない

5月最終週。届いた募集要項を見る。
「"放送ならでは"の企画・開発等の事績」「顕著な成果をあげたと認められるもの」…。
"事績"ってなんだ? 番組じゃないの? 辞書を調べる。
「成し遂げた仕事。業績。功績。」(大辞林)。
よく分からない。それに"顕著な成果"といわれても…。募集要項を見なかったことにして応募(ただし募集は番組ではなく事績なので「メディアリテラシー」とタイトルを付ける)。
審査用に15分バージョンを提出することになっている。
「編集費は出…」「出ません」。
編成は即答だ。

松江君に電話。
「わかりました。やります。…え、来週の水曜まで?無理。物理的に無理。絶対無理!!!
ということで、引き受けてもらう。
彼のスケジュールは『セキ☆ララ』の上映イベントや新作や原稿でびっちりだ。この頃、彼が連日ブログで「僕がやらなきゃ…」と泣きながらやっている編集作業が実は『ドキュ嘘』15分バージョンなのだが、プロデューサーはリアルに鬼だと思う( 他人事 ひとごと かい)。
松江君との関係が壊れなかったのは、萬寿園の味噌ラーメンのおかげだ。ムラケンといい松江君といい安上がりで助かる

8月16日。
2ヶ月も経ってすっかり諦めて、というか忘れていたら、第一次審査が通ったので最終審査でプレゼンテーションしてくださいとの文書が。
信じられない。
最終審査に残ったことも信じられないが、さらにプレゼンを30分やらなくちゃいけないっていうのも大変だ。
文書を見ると、やっぱり"公益性・社会性のあるテーマにそった放送や事業を通して、社会にどう貢献したか"を評価するという色合いが強いように感じる。しかも『ドキュ嘘』は番組だけで事業的なことはやっていない。
パワーポイント等PCを使ったり、AV機器を使ったりする場合は連絡してくださいとなっている。でも、PCはよく分かんないし(森さんはパワーポイントの意味も分からないだろう)、松江君にさらに5分バージョンをタダで作れと言ったら今度は確実に殴られる
そこで今回は、「出演者が自らプレゼン大作戦」でいくことにした。出演者の誰かと一緒にプレゼンしたらウケるかもしれないという 他人任 ひとまか せの作戦だ。しかも落選した時、相方に責任転嫁できる。
まず、森さんに電話。
「その日は映画祭の審査員をやってるから、難しいと思う。スケジュール調整はしてみるけど」…無理っぽい。
次はムラケン。
「場所どこっすか?紀尾井町の民放連?24日はちょうど赤坂でロケなんで、昼休みの時間なら抜けて行きますけど…」なんか無茶。それにこっちの審査員だって昼ご飯は食べるわけで…。
頼みの綱は吉田だ。
「どうしても外せない用事はあるんですが、おそらく夜だから昼なら行けるかも。直前にならないと確定しないんですが」こっちはノーギャラだ。そっちを飛ばせとは言えない。

ドキュメント8月24日。
プレゼン当日。
結局、3人ともNGだ。ということで「出演者が自らプレゼン大作戦」は不発。落選したら責任をなすりつけられるって3人とも気付いたようだ。ムラケンは引っかかると思ったんだけどな。
他局は最新機器を駆使しまくってやるだろうプレゼンを僕は30分喋くるだけ。あらたに作ったのはレジュメ2枚のみ…。
15:00、民放連に到着。
受付後、控え室で一次審査通過作品リスト(10作品)を受け取る。
う〜ん、「社会を動かしたアスベスト報道」とか「環境美化30年の取り組み」とかの中で『ドキュ嘘』だけが、場違いだ。出品タイトルを「メディアリテラシー」にしておいてよかった。
場違いといえば、スーツじゃないのも僕だけだ(どこでも半ズボンの森さんよりはマシだが)。「人生ナメるのもいいかげんにしろ」とその時の僕に言いたい(もっとも遅刻しなかっただけ森さんよりマシ)。

15:45、5人の審査員の前でプレゼン開始。
…話がまったくウケない。
自棄になって、
「視聴率や収入に結びつかなくても公益性・社会性のあるテーマの放送や事業を通して社会に貢献するといった"放送と公共性"はたしかに大切ですが、その前に"放送の公共性"自体について考える必要があるのではないでしょうか。番組にはそのメッセージを込めたつもりです。その部分を評価してください」
などと言って、プレゼンを締めてしまった。
あ〜あ、言っちゃったよ。自分で応募しておきながら賞のありように文句をつけるなんてありえない。僕が審査員なら、変な色のシャツを着た男がそんな生意気なことを言えば即刻退場だ。
自ら追い詰められては逆上して居直るといういつものパターンに我ながらウンザリ。
審査委員長は僕を退場させることなく2、3の質問。質問が面白くて思わずウケてしまうが、こっちがウケてどうする
肩を落として控え室に戻る。

16:45、すべてのプレゼンが終了。控え室で待機していると、事務局から「現在、審査中で、18:00頃には内定が決まります。もう少し早いかもしれません。講評をお聞きになりたい社の方はこのままお待ちください」とのアナウンス。
未練がましいとは思ったものの、せっかくだから聴いて帰ることにする。
吉田からケータイにメールが来る。
「今日は伺えず申し訳ありません(>_<)どうでしたか?」
吉田に返信。
「プレゼンは散々。緊張で吐きそう…」。ホントに吐きそうだ。
吉田からまたメール。
「頑張って下さい(^o^)/応援しまくってますっ元気玉→→→→→→→→→」
"元気玉"の意味が分からない。頑張ろうにもプレゼン終わってるし。
18:00、「審査に時間がかかっております。もうしばらくお待ちください」とのこと。
で、そのまま1時間が経過。どうしたんだろう。もしかしたら、変な色のシャツについての懲罰を決めているのかもしれない。走って逃げようとした瞬間、受賞内定発表と講評が始まる。
落選は仕方ないが、懲罰は困る。
「優秀賞、テレビ東京"メディアリテラシー"」

え・・・と、優秀賞って懲罰じゃないよね
受賞理由は、
蛮勇
ば、蛮勇て…。
・・・ステキだ。ステキすぎる
連盟賞史上、"蛮勇"を理由に受賞なんてない(たぶん)。
メチャクチャ嬉しい。
しかし、受賞して緊張もほぐれたはずなのになんだか吐き気が収まらない。
ぼーっとするし、咳も出る。
・・・
風邪だった。

といったドタバタはありましたが、
『森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」』は、2006年日本民間放送連盟賞 特別表彰部門「放送と公共性」で優秀賞を受賞しました(受賞事績名は「メディアリテラシー」)。
番組をご覧くださったみなさん、サイトにアクセスしてくださったみなさん、反響を寄せてくださったみなさんのおかげです。スタッフ一同、感謝の気持ちで一杯です。
本当にありがとうございました。
 
【2006年5月26日】
映画美学校公開講座「ノンフィクション講座」で『ドキュ嘘』を上映。
森さんは主任講師のくせにピースボートに乗るとか言って「逃亡」。
僕が(普段は一受講生にもかかわらず)代用講師をするはめに…。
番組と同じ展開に既視感でクラクラ


…話がまったくウケない。
自棄になって、「今頃、森さんはアイルランドからニューヨーク間のピースボートです。まさにタイタニック状態でしょうか。甲板から海に向かって脚をブラブラ出しながらビール飲んだり、仲良くなった女のコと舳先でタイタニックごっこしたりしてるかと思うとムカつきますよね」
と悪口を言う(まさか、その頃、森さんが高熱で倒れて寝込んでいるとも知らずに)。

話は受けなかったものの受講生の方たちは温かかった。
質問もたくさん出た。
…といっても何を聞かれて何を喋ったか全然覚えていない

とはいえ、笑いが全く取れなくて凹んでしまい、後で映画美学校のマツモトさんに慰められる始末。やっぱり受講生を惹きつける森さんの話術はさすがだなーと思わざるをえない。
ちぇ。
 

【2006年5月9日】
昨夜、森さんに会った。
「森さん、僕の名前、“秀樹”じゃなくて“茂樹”なんですけど」

「え…」
果たして昨日のクイズの答えは…(いつの間にかクイズになってる)。
西条秀樹と一緒だなって記憶してたから、“秀樹” だとばっかり思ってた」
想像もつかないコメントに絶句
そんな答えに対応できるツッコミは用意していない。
どこから出てきたんだ、ヒデキ
大体、カレーが好きなこと以外、ヒデキと僕に共通点はない。
考えてみたら、ヒデキがカレー好きかどうかも知らない。

昨日は恥ずかしくてちゃんと読めなかった『創』を読み直す。
あちゃー、間違いはヒデキだけじゃない
森さんが褒めてた(そして僕も好きな)ムラケンの作品『夏に生れる』が『夏に生まれる』になってるし、松江君は二世じゃなくて三世だ。

エピソードの内容も時系列も僕の記憶とはかなり違うところが…。にもかかわらず全体として辻褄が合っているのは奇跡としか言いようがない。これが意図なのか天然なのか判然としないのが森さんだ。
自分のことをちょっと偽悪的に書いている。少年ぽい不良オヤジを演出した女子の人気根こそぎ作戦に違いない。
なぜか僕のことが美化されている。如何に僕がドキュメンタリーについて無知であったか、如何に僕が卑怯な手を使って森さんを番組に巻き込んだか…etcが省かれている。知らない人が読むと、僕のことを(ストーカーかもしれないが)“気骨のあるTVマン”だと勘違いしてしまうだろう。森さんの意図が分からない。未だ開かれていない打ち上げの費用を、全額、僕に出させるつもりかもしれない。

でも、この森さんの「極私的メディア論」、テレビへの想いがステキだし、それになんといっても面白い。ムラケンも松江君も書かなかった『ドキュ嘘』の裏側(嘘も天然もたっぷり?)、『創』2006年6月号。

 

【2006年5月8日】
森さんからTEL。
「『創』に番組のこと書いたから、読んでね」
雑誌『創』には、番組制作時、たいへんお世話になった。
早速、購入する。
「極私的メディア論 久しぶりにテレビ作品に復帰した 森達也」
すごい、4頁まるまる『ドキュ嘘』のことだ。
おー、僕のことも書かれている。
ん、…。
いつかこんな日が来ると思ってはいたが、
まさかこんなに早く訪れるとは。
森さん、僕の名前、間違ってます
前回の日記(3月31日)で予想はしていたが、恐るべし森達也。
期待に必ず応える男だ。

今晩、森さんに会う予定だが、なんと言い訳するか今から楽しみだ。
以下、予想。

(1)「仮名だよ」
(2)「編集部が間違えた」
(3)「いっそのこと改名したら」
(4)「そもそも、そんな原稿、書いてない」

 
【2006年3月31日】
安岡さんにギャラの振込先を聞く。

安「口座名は、ヤスオカタカハル(安岡卓治)だからね」
K「大丈夫です。森さんじゃないんだから」
安「森は時々、名前を間違えるんだよ」
K「安岡さんは、まだいい方です。森さん、綿井さんのこと毎回
健陽(タケハル)をタケヒロって間違えてますから」
安「わっはっは」

今回の収録だって綿井さんの名前を間違えたから、
その部分は編集で切った。
僕の名前が忘れられるのも時間の問題だ。

大体、安岡さんは寛大すぎると思う。
『A』撮影の時だって、森さんがカメラを落とした理由を、
MAの時に本人から聞いたのだけど、あまりにもひどい
(これが世に言う「ヤンジャン事件」である)。
やっぱり真相は書けないが、
まるで「ツボから腕が抜けなくなった」だ。
安岡さんは「飼いに手を咬まれた」気分だっただろう。
というか、たとえられた猿や犬は気分を害するに違いない。
 
【2006年3月30日】
ギャラを振り込みたいのに、
連絡のつかない行方不明者が二人もいる…。
なんて番組だ。
 
【2006年3月29日】
ギャラの精算をしなければならない。
D・ムラケンもAD・杉田もフリーランスで社員スタッフは僕しかいない。
自分でギャラ伝票を打ち込むしかない。
ギャラの入力メニューを立ち上げる。パスワードがわからない。
同期のサクラバ君に聞いてみる。
「プロデューサーが知ってるよ」
僕、プロデューサーなんだけど。
 

【2006年3月26日】
放送日だ。
こんなトンデモない番組が放送されるなんて恐ろしい世の中になったもんだ( 他人事 ひとごと )。
スタジオ入り口でメンバーと待ち合わせ。神谷町駅を出たところで、(MAの時もそうだったが) また松江君とバッタリ。イヤホンを外しながら、
「今、ちょうど『初花凛々』かかってたんですよ」
だって。なんか幸先がいい。

10:00過ぎに来たムラケンと合流して制作のフロアに上がる。今日はどうしても吉田と向井君が来れないとのこと。そもそも出演者と作家が来ようとしていたこと自体不自然だが。
視聴者の方からの電話(主にクレームの予定)受けのST−BY。テレビが見やすい席の3回線を確保。
ムラケン、昨夜は3時間くらいしか眠れなかったという。相当緊張している。緊張するような神経があったとは信じがたい
今日は、松江君がカメラを持ってきた。
「クレームはじっくり聞く。求められれば丁寧に説明する。さらに求められれば対話する」という方針を確認。
クレームとはいえ(←決め付けてる)視聴者の方と直接話すのは楽しみだ。
ムラケンのリハーサルを松江君が撮っている。
「お電話ありがとうございます!『ドキュメンタリーは嘘をつく』プロジェクト・ルームです!!」(そんな部屋ないから)
「お電話ありがとうございます!『ドキュメンタリーは嘘をつく』製作委員会です!!」(そんな委員会聞いたことないから)
いちいち、松江君に「嘘つけ!」「余計なこと言うな!」と叱られている。
終いには「ムカつく」とまで言われる35歳(叱っているのは28歳)。そんな人生。

ホントに番組が始まってしまった。奇跡だ。
「世間では『でぶや』が流れてて、今見てるのは僕が用意したダミーじゃないか」と松江君に疑われる。
自分ちのビデオの配線すら出来ない人間にそんな芸当ができるわけない。
できたとすれば、そっちのほうが奇跡だ。

…電話がなかなか掛かってこない。
ムラケンの前の電話が突然鳴り出す。飛び上がるムラケン。
内容は、放送地域の問い合わせ。
クレームじゃなくてちょっと拍子抜け。

その後もポツポツと電話はあるがほとんどが放送地域の問い合わせ。
昨日の朝日新聞夕刊のコラムを読んで問い合わせていただいたようだ。
それにしても山のようなクレームも覚悟していただけに、この反響の薄さはどう捉えればよいのだろう。

11:30、僕のケータイに山形の森さんから電話。
「今、法事が終わったところなんだけど」
とりあえず、クレームはなかったことを伝える。
「今度、打ち上げやろうね」

結局、12:30までに「よかった」1件、「放送地域の問い合わせ」10件。
「これ以上、待ってても来ないよ。喫煙エリアでタバコ吸ってくる。戻ったところで終了にしよう」
1本吸ったところで、すぐ戻ろうかとも思ったが、もしかしたら番組サイトに何件か反響があるかもしれないと思って自分のデスクに寄ってPC端末を立ち上げる。

どわーっ。
20件以上、受信トレイにたまってる。
大慌てでムラケンと松江君を呼ぶ。
顔を寄せ合ってPC画面に釘付けになる3人。空き地でエロ本を拾った中学生状態だ。
「引き込まれた」「面白い」「やられたぁ」「再放送して」「ふざけんな」「笑った」…。
読んでいる最中にもどんどん受信トレイに反響が寄せられている。もう40件は超えただろうか。
批判も含めてメチャクチャ嬉しい。
なんか涙で読み取れなくなってきた…。
と思ったらちげーよ。長文の反響が文字化けだよ。400字を超えると文字化けするらしい(後日、BBスズキに直したものを送り直してもらう)。

一区切りつけて、桃花林でプチお祝い。茄子の汁ソバうまーっ。
「とにかく種は撒けましたね。芽も出そうだし、あとは、それがどう咲くかですね」と松江君。
あー、正直そこまで考えてなかった。
だって、放送できたことと反響がドカっと来たことでぼーっとしてたんだもん。頷いたけど、なんも考えてなかったのはバレバレだ。こういった気の利いた台詞はフツー、Pが言うもんだよな。
ムラケンからDの座を奪い、僕からPの座を奪うマツエ、恐るべし

ここで解散のはずだったが、僕が「デスクに戻ってまた反響をチェックする」と言ったら、二人とも付いてきた。エロ中学生状態再開である。
うひ〜っ。
60件くらいに増えてる。すごい。
「なんじゃこりゃー」
突然、ムラケンがひとつの反響に声を上げる。

<私は、森達也さんのファンで、この日を心待ちに…
改めて森達也という人を尊敬し、好きに…。
本当に、やられました>


「ハ、ハタチの女のコ。学生。あんなにダメ森を前面に出して女子人気を落とそうとしたのに、これかよ〜」
「中央大学のメチャクチャ可愛かったコに違いない」
「いや、有隣堂に来てたコかも」
三省堂でその場にいた全てのオトコの視線を釘付けにしたコのような気もする。
「sex womanだとぉ?」
いや、君、SEXは、性別って意味だから。
「"ヤラレタ"だとぉ?」
それも、きっと何か勘違いしてる。
「こういうコに限って、黒髪・キョニュ(マツエの好み)だったりするんだぁ」
さっきまで冷静だった松江君が逆上。

「くっそぉ、オレタチ、何のために番組つくったんだよ〜!」
完全に番組の趣旨をハキチガえているムラケン。

挙句の果てに、休日出勤で向かいの席に座っていた
『スキバラ』デスクのナオちゃんまで、
「森さんて、ステキですよね。ゴルフのところなんてキュンときちゃった。え、前半?Kさんが喋ってるところ?見てません
重い敗北感に打ちひしがれて、解散。



右から、K・松江・林家三平