2008年度 メディアリテラシー特別 TV強制合宿!?「タブーな番組企画会議」 放送日時 ■[再放送決定]テレビ東京:2010年1月11日(月・祝)午前8:00〜8:55(初回放送日:2009年3月29日(日)午前11:55〜12:49) ■テレビ大阪:2009年3月30日(月) 深夜2:15〜3:10 ■テレビ北海道:2009年4月12日(日) 午前11:00〜11:55 ■テレビせとうち:2009年4月29日(水・祝) 午前10:30〜11:25 ■BSジャパン:2009年4月2日(木) 夜9:00〜9:54

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プロデューサー・ディレクター制作日記

◎ 09.12.21 替山

渋谷で「番組打ち上げ」兼「ATP賞受賞祝い」兼「忘年会」。
森さんが迷わずに来た。奇跡だ。ロケ現場に来る時は必ず迷子になるくせに。
AD萩原君が逃亡。僕がメディアリテラシー枠を担当すると必ずADが逃亡する。
会は盛り上がったのだが、話の内容は一言も書けない。文字通りの「タブーな番組打ち上げ」。残念ながらカメラは回していない。回しても公開できないが。
それどころか、日記にアップしようとデジカメ持ってきたのに話題があまりにタブーで唖然としたため、撮るの忘れた。


◎ 09.12.15 替山

先週の頭、再放送が決まった。と思ったら今日、日時が変更になったことを知る。
ホントに放送されるか自信がない。


◎ 09.10.22 替山

授賞式当日。
まさか、授賞式がこんなトンデモないことになるとは。
1週間くらい前の授賞式打ち合わせの際、川口Dに受賞スピーチを押し付け、それ以降、面白半分に「当然、会場を爆笑の渦に巻き込むスピーチするんだろうな」とプレッシャーをかけ続けたのが間違いだった。
彼から「プレッシャーかけないでください&期待しないでください」と泣きのメールが来てもおかまいなし。当日もゲストの宮アあおいさんが2メートル前に座った瞬間まで(彼女に見とれて隣の川口Dの存在を忘れた)、イジメ続けた。僕としては「ふざけんな!こんな意地悪なプロデューサーと二度と仕事したくない」的なスピーチで笑いを取るよう仕向けたつもりだったんだけど。

いよいよ、川口Dの受賞スピーチ。僕に対してどんな悪口言うんだろうと楽しみにしていたら、
…まさかのホメ殺し
驚いて、持っていたトロフィーを落としそうになる。
後日、BS2で授賞式の模様を放送していたのだが、動揺しまくったみっともない僕の姿が抜かれていた。うわー、サイアクだ。
たとえ会場にはウケなくてもキッチリ仕返しはするという川口Dの執念は認めざるを得ない。ヤツがBS2を見てなくて録画もしてないらしいことが唯一の救いだ。


◎ 09.09.24 替山

長嶋チーフDからメール。
「ATP賞優秀賞を受賞しました。…授賞式は空けといてくださいね。10月22日(木)です。」
え…、と。何からどう反応していいのか分からない。
強烈に嬉しいのは確かなんだけど…。
むしろ驚いてボー然という感じに近い。

だって、エントリーしてたって知らなかったんだもん。


◎ 09.03.29 替山

結局、会社のデスクで一人、電話受け。
クレームを一人で受けるのはさすがに緊張する。
が、この後(…続く)


◎ 09.03.26 川口
MAで問題箇所を差しかえ、今度こそ完成、の予定(3月28日現在)。
替山Pから、29日の放送日に視聴者の方からの電話(大半はクレームの予定とのこと)の対応に呼ばれていたのだが、次の仕事に忙殺されており行けなくなってしまった。視聴者の方と直接接してみたかったので、残念。

◎ 09.03.23 替山

問題発覚。
18:05、放送素材室は閉まっているのに無理を言って一旦納品したOAテープを出してもらう。
長嶋CD、川口Dに事情を話しMAをやり直すことに。
期末期首でMAスタジオが込んでいる中、川口Dが26日の21:00にneoを押さえてくれた。
「森さんがいい加減な発言をするからだ」と言ったら、
川口Dに「制作は僕らなんですから、気付かなかった僕らに責任があります」と叱られた。
全くその通りだけど、森さんのせいにして置けば物事が丸く収まるような気がする。
1週間前の余裕発言はなんだったのか…。ホントに放送に間に合うのだろうか。


◎ 09.03.16 替山

納品。『ドキュ嘘』のスケジュールと比べて、1週間も早い。余裕だ。


◎ 09.03.15 替山

MA(音の編集。ナレーションや音楽や効果音を入れたり、音質や音量を調節したりすること)。
11:30、出社して準備。
14:00、赤坂のMAスタジオ・neo入り。僕にとって人生最大の罰ゲームが始まった。
22:00、作業終了。


◎ 09.03.13 替山

本編集。
3週間不眠不休だった川口D、とうとう昇天。
指示を出していた長嶋CDが自ら作業。
僕は立合っているだけなのに32:00に力尽きる。
地上に戻ってきた川口Dはその後も作業。


◎ 09.03.11 替山

昨日、川口君から連絡があった。「ずっとオフライン編集をやっているんですが、まだ80分を超えています」。
えーと、本編の尺は44分だよね。本編集は13日だよね…。
超ヤベーじゃん。
ということで、15:00、東京オフラインセンターに向かう。
ブロックごとにPVしながらカット候補を選んでいくが、面白くてなかなか切る場所を選べない。
なんとか20分弱のカット候補を検討。長嶋Dは他の仕事も掛け持ちなので、21:00頃に来るとのこと。
僕は20:00頃に出なくちゃ行けないので、入れ代わりだ。
明日は、18:00にオフライン編集所に行くことにする。
川口君は、先々週末からほとんど泊り込みで作業し続けている…。


◎ 09.02.19 替山

収録日。
11:30、出演者が会場の山中旅館(根津)に続々と集合。
本当は12:00集合なのだが、すでに11:00に到着した方もいる。
そんな中、森さんだけがギリギリの到着。会場の地図を(例のごとく)忘れて家を出たらしい。
11:00頃に川口Dのケータイを鳴らして道を訊いていた。
珍しく僕のケータイが鳴らないと思ったら僕のケータイが壊れていたことが発覚。
「ダメじゃないですか」と川口Dに叱られたので、ケータイに気合を入れたら直った。

川口Dが旅館の玄関でカメラを回しながら、森さんに「今日の意気込みは?」とインタビュー。
答えて「根津の駅からの途中に、いい感じの銭湯があってさ。いいよね、後で行きたいな」。
それは、意気込みじゃない。
気を取り直した川口Dが「いい企画は出来ましたか?」。
答えて「書いてない」
いつものことなので驚きはしないが、収録前から暗雲が漂い始めた感は否定できない。

(続く)


◎ 09.02.19 川口
収録当日。
会社から山中旅館に向かう地下鉄千代田線で寝過ごし、30分遅刻…。
9:30、申し訳なさそうな顔をつくりながら現場にそっと入ると、すでにAD萩原がテキパキと準備を進めている。
10:00、資料撮影&外観撮影。
11:00、出演者が山中旅館に集合。森さんだけ来ない。電話もつながらない。
11:45、森さんから電話。「送ってもらった地図、メモってきたんだけど迷っちゃったんで、口頭で道を教えてもらって良いですか」。なんで地図をプリント・アウトしないでわざわざメモるのか。しかも駅を出て分かりやすい交差点を一回曲がるだけなのにどうやって迷うのか
替山Pに「森さんが替山さんのケータイに掛けたがつながらないらしい」と伝える。替山Pのケータイが壊れていることが発覚。なんでわざわざ今日。替山Pは「えいっ」とケータイを振ったり開けたり閉じたりして、スタン・バイしている音声部やカメラマンに「そこどいてもらえますか」と言われている。
12:00、長嶋CDからも「15分遅れる」となぜか自信ありげに電話がかかってくる。
ようやく到着した森さんは、出演者全員にお願いしていた番組企画書を忘れている。言うまでもないが「持ってくる」のを忘れたのではなく「書いてくる」のを忘れている。「あと10分で始めるので急いで書いて下さい」と言うと「打ち合わせのとき、僕どんなこと言ってたっけ?」。筆記用具も持っていなかったので、ボールペンを渡し急かす。と、後ろから替山Pが嬉しそうに「川口クン川口クン、ケータイ直った!」。今更もう別にいいです。既に疲労困憊

(続く)

◎ 09.01.14 川口
長嶋CDがミュージシャン・三上寛さんと、作家・エッセイストの中村うさぎさんの出演確約を取る。
おお・・・濃いメンバーになってきたなあ。

◎ 08.11.30 川口
キャスティングの進捗状況をメールで確認。
替山Pが新右翼団体「一水会」代表・木村三浩さんと、メディア論の論客、立教大学社会学部教授・服部孝章さんの了解をもらう。
森さんが全く作業してないことが発覚。

◎ 08.11.21 替山

森さん、長嶋CD(チーフディレクター)と打合せ。
川口Dも加わる。
長嶋CD案の「合宿もの」(そんなジャンルがあるのか分からないが)の方向で行くことになる。


◎ 08.11.21 川口
テレ東で第一回打ち合せ。テレコムスタッフの長嶋CD(チーフ・ディレクター)、テレビ東京のプロデューサー替山さん、そして出演が決まっている森達也さんと。

学生のとき、森さんが手掛けたフジテレビのドキュメンタリー『NONFIX』(『ミゼットプロレス伝説〜小さな巨人たち〜』、『職業欄はエスパー』、『1999年のよだかの星』、『「放送禁止歌」〜歌っているのは誰?規制しているのは誰?〜』)を観たことが、テレビ業界に入るひとつのきっかけだった。それまではテレビをバカにしていた。森さんの撮ったオウム真理教を描いたドキュメンタリー映画 『A』、『A2』も観て、ドキュメンタリーにはまった。
ということで、少し緊張しながらテレ東に向かう。

打ち合わせ5分前、長嶋CDから「寝坊して30分くらい遅れる」と連絡が来る。さらに「替山さんにカメラ用意して貰ってるから、打ち合わせの様子を撮っといて」とのこと。聞いてない。昨日言ってくれれば良いのに。
テレ東に着くと、ハンチングにジャケット、スニーカーのオヤジが待っていた。怖い。替山プロデューサーだった。挨拶&名刺交換し、とりあえず用意されていたハンディ・カメラの準備をする。森さんが長嶋CDより前に来たらどうしよう。何話そう。と、替山Pのケータイに森さんから連絡、遅れるとのこと。どうやら時間にルーズなチームの模様。

30分遅れで打合せ。替山P「“表現の自由”ってテーマでやって頂きたい」と始まったが、森「いかにテレビに未来はないか」〜長嶋「テレビは、ホントは民主主義に寄与できる素晴らしい道具なのに使い方がなってない」〜森「もうテレビは再生できないんじゃないか」〜森「そういえば今小説書いてるんだよねー」〜替山「えーっとそろそろ具体的な企画の話を…」〜森「そりゃまあ長嶋甲兵に任せますよ」とグダグダに…。しびれを切らした替山P「じゃ、森さんが総務省に突撃取材して放送行政のことを訊くっていうのは」〜森「えーそういうのやったしなあ…マイケル・ムーアみたいだしなあ…」。

長嶋「右翼の人とか左翼の人とかナベツネさんとかを集めて、番組企画会議をしてもらうのは?」
森「あーはるほど。あっちこっち撮りに行くより、そっちの方が凝縮して面白いものになるかもね。一日で済むから楽そう(本音)だし。」
ということで企画決定。
出演者候補を挙げていくと面白そうに思えてきた。ただ、普段は接点の無さそうな人たちを集めて企画会議を開いて盛り上がるのだろうか? という疑念を全員がなんとなく持っているような…。
それぞれが交渉する人を決め、経過を報告し合うということに決めて解散。

用事があるので帰った森さんを除く3人で遅い昼食を食べに行くことに。長嶋CDは替山Pにおごらせるつもり(言わないけど確実にそのつもりだ)神谷町近辺の高級店を求めさまようがどこも休み。結局可もなく不可もない感じの定食屋で替山Pにご馳走になる。
替山Pから2006年に放送した『メディアリテラシー特番 森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」』のDVDを借りる。

2006年のメディアリテラシー特番を観る。面白い。ファニーなドキュメンタリー。“オチ”のようなものがある。替山Pは今年DVDブックを発売するかもと言っていた。

◎ 08.11.06 替山

表参道にあるテレコムスタッフに向かう。長嶋甲兵ディレクターに会うためだ。
森さんに相談しているうちにどうしても彼と番組を作りたくなった。
彼が演出した「シリーズ日本国憲法『国民的憲法合宿 第96条憲法改正の手続き』」(NONFIX)は、本当にステキな作品だ。
しかし制作費を考えると、とてもお願いできる額ではない。
ダメ元で話をして、断られたら企画について相談だけでもしようというという腹積もりだ。
…。
受けてくれた。




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