北村有起哉が語る、失われゆく“町の洋食店”への思いと『おいしいのつくりかた』が描く希望

10月3日(土)よりPrime Videoで独占配信中のドラマ「おいしいのつくりかた」(企画プロデュース・脚本・監督:松重豊)。
主演の北村有起哉が、“あるトラブル”から心を閉ざしてしまった腕利きシェフ・水橋英二を演じている。
1998年に俳優デビュー。ベテランをして「おそらく今回が初めて」と語る料理人役は、どのようにしてつくられたのか――。本作に寄せる思いと役者としての矜持を聞く【前編】 。
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北村有起哉が演じる“寡黙な料理人”の背中
人生の岐路に立つ年齢も性別もバラバラな人々が“食”を通じて一歩を踏み出す――。
監督デビュー作となった「劇映画 孤独のグルメ」(2025年)の記憶も新しい松重豊が企画プロデュース・脚本・監督を手がけ、「孤独のグルメ」のスタッフが家族と料理の絆を優しい眼差しで描くグルメヒューマンドラマ。主演の北村が料理人役に挑む。
「松重さんとご一緒できるということで、2つ返事でお引き受けしました。料理人役を演じるのは、おそらく今回が初めて。『孤独のグルメ』Season1を見たときから、役者としての自我を主張せず、ただそこにある厨房に完全に溶け込んでいる料理人を演じたいと、ずっと思っていました」
松重とは、「孤独のグルメ」Season5(2015年)の第10話で共演。しかし、このときは料理人役ではなく、入院した主人公・井之頭五郎(松重)に、「餃子は酢とコショウとラー油で食べるのが一番」と説く医師の役だった。
「餃子のおいしい食べ方をとうとうと語って(笑)。だから今回、念願の料理人役をやれると聞いてうれしかったですし、演じるのを心待ちにしていました」
あるトラブルから名門レストランを解雇され、心を閉ざしてしまったシェフの水橋。不愛想でとっつきにくいが腕は確かな職人気質の男を、北村が文字通り“背中”で見せる。
「台本を読んで、水橋は働いていたレストランに伝わるレシピに忠実で、その味に誇りを持っていたんだろうなと想像しました。長いこと料理人をやっていると自分の腕を試したい、違う味の料理もつくってみたいという欲みたいなものも出てくるんでしょうけど、彼は頑なにレシピ通りの味を守ってきた」
しかし、そんな仕事熱心で融通の利かない性格が災いして、あるトラブルが……。
「よくも悪くも頑固で一本気な男を、少ないセリフの中でどう演じるのか、どんなバックボーンがあるのか、狭い厨房での立ち振る舞いも含めて思案しました」
味の記憶が人をつなぐ――希望と再生の物語
本作の舞台となる「キッチン大沢」は、福島県の国道沿いで長きにわたって営業してきた小さな洋食店。地元で暮らす人々にとってなくてはならない店だったが、マスターの大沢真路(中原丈雄)が急逝したことから、突然店を閉めてしまう。
「常連さんたちはカウントダウンが始まっていることに気づいていたと思うんですよ。おじいちゃん、おばあちゃんが二人三脚でやってきた町の洋食店だから、みんなどこかで心構えはあった。
で、いつものようにいつものメニューを食べに行ったある日、閉店の貼り紙が出されていて“ついにその日が来たか……”と実感するわけです。僕も行きつけの店がありますし、そこで何年も同じものを頼みながら同じようなことを考えていますから、気持ちはよく分かります」
ところが、マスターは亡くなっても、店の味は途絶えていなかった。
「そこが、今回のお話の面白いところですよね。マスターが昔修行した店で水橋も働いていたので、同じ味の料理がつくれるという。きっと性格的にも仕事への向き合い方も、マスターと水橋は似ていたのかなと思う。上手い設定だな、さすがは日本中のいろいろな店で食べ歩きをしてきた松重さんならではの発想だなと感心しました」
水橋がつくる料理によって笑顔を取り戻すのが、真路の妻・智子(加賀まりこ)。夫を亡くし、慣れ親しんだ家から老人ホームに入所したものの生きる気力を失い、食事すら楽しめない失意の日々を過ごしていた。
「ひどく落ち込んでいた智子が、水橋のつくったポークソテーを食べて驚くんです。亡くなったご主人と全く同じ味だったから。そして、彼がつくる料理と出会い、その美味しさに感動して、だんだん元気になっていく。味覚の記憶というものが人にとっていかに大事なのか、監督である松重さんの温かい目線で描かれています」
一方、真路の死と「キッチン大沢」の閉店を知らされ、深い悲しみに暮れていた孫娘・加奈(のん)もまた、水橋のポークソテーを食べて「祖父の味と同じだ」と感嘆の声を上げる。そして、レシピ動画配信会社のディレクターである彼女の奮闘によって、水橋の閉ざした心も次第に――。
「“食”をきっかけに人がどんどんつながっていって、売却寸前となった『キッチン大沢』の復活に向けて奔走する。それぞれが新たな一歩を踏み出し、再生に向かっていくところも見どころです。
夢物語といえばそれまでなんでしょうが、毎年のように行きつけの店がつぶれていく今の時代、どこかでこんなミラクルがあってもいいんじゃないかなと思いました」
本作を制作するにあたって松重は、「最近胸を痛めることが多い地方の老舗飲食店の廃業、そして復活という骨格を据えました」とコメント。「それに携わる人々の群像劇を目指した」とも。
「地方と比べて老舗の洋食店や町中華が残っている東京でさえ、再開発で店がなくなったり、店主の高齢化で閉めてしまったり。なくなってみて初めて分かる……じゃないですけど、そういう個人店のありがたみであるとか、地元の人々にとっての必要性、長年愛されてきた味や店が失われることの意味。何かしら考えるきっかけになればうれしく思います。
また群像劇という意味では、3人(水橋、智子、加奈)のアンサンブルというか、それぞれの立場で再生を目指す過程が、松重さんの采配で丁寧に描かれているところも見どころです」

味覚の記憶は一瞬で蘇る――ある種、厄介なもの
北村は、東京・杉並区にある閑静な住宅街、阿佐ヶ谷で生まれ育った。新宿に近く学生や一人暮らしの若者が多く暮らしていることから、かつては古き良き町の名店が軒を連ねていたという。
「洋食店だけでも『洋庖丁』に『冨士ランチ』、いい店がたくさんありました。どちらも何年か前に閉めてしまいましたが、昔からよく通っていて。『洋庖丁』はローカルのチェーン店なので、まだ何軒か残っていますが、『冨士ランチ』の味はもう食べられない。大滝秀治さんにそっくりなマスターがいらっしゃってね……懐かしいです」
昭和の香りを残す中央線沿いにあっても近年は廃業や移転が増えたと、急激な街の変ぼうに肩を落とす。地元で今も通うのは、「月に1度は食べている」というラーメン店「阿佐ヶ谷ホープ軒」。
「高校生の頃から通っているので、もはや細胞の一部です(笑)。“この店がなくなったらどうなっちゃうんだろう、僕の体は?”というくらい染みついている。今回のお話でカギを握るポークソテーの味も、そんな風に細胞を刺激される存在だったんでしょう」
味覚=「細胞の一部」とは、言いえて妙だ。
「水橋のポークソテーを食べた瞬間、加賀さんが“うわっ……”と、素晴らしい表情をされるんですよ。まさに細胞が反応したような。そのお芝居を見て“料理の味によって一瞬にして記憶が蘇ることって起こりうるんだな”と思いました。
味覚の記憶は、ある種、厄介なところもありますよね。思い出すということへの恐怖心もあるでしょうし、期待していた味と違ったら失望もする。その複雑な感情を加賀さんは絶妙なさじ加減で表現されていた。(味覚=細胞の一部だという)説得力がありました」
52歳、俳優としての現在地「与えられた役を咀嚼して全うする」
本作を企画するに至った経緯について松重は、俳優業を取り巻く環境が激変している昨今、「待つだけでは未来が築かれるような世界ではなくなった」ことから「自分が面白いと思える作品は自らの手でつくる。それを世に問い、全ての責任を負う。そこに活路を見いだす必要があると思えた」と明かしている。
「松重さんのバイタリティーは、とにかくすごいと思いました。僕なんかとは考えていらっしゃることの次元が違います」
本作では、企画プロデュース・脚本・監督のすべてを手がけ、智子が入所する老人ホームの施設長役で出演も。失われつつある老舗店の今後に思いを馳せている。
「それこそ、役者魂のなせる業ですよね。ご自身もマスターや水橋のような叩き上げで、いろいろな苦労もされて。たくさんの経験をしてきたからこそ、見えるものがあるのかなと思います。語れることもあるのではないでしょうか。
実際、松重さんのフィルターを通した優しくて温かいお話になりましたし、地方の飲食店の実情みたいなものも描かれています。その思いは、キャストに限らずスタッフの皆さんにも伝わっていました。そういうメッセージや現場の空気というものは、見ている方にも必ず届くと思います」
松重の名を広く世に知らしめたのが、「孤独のグルメ」シリーズ。50歳を目前にした2012年にスタートし、2025年には自身で監督を務めた劇映画も公開された。
「僕も52歳になってのんびりしてはいられないんですけど、子どもがまだ小さいので、自分で監督や脚本をやるにはもうちょっと時間が必要かな。
今は、与えられた役を自分なりに咀嚼して全うする。早く自分にしかない色を出せるよう真摯に取り組むのみです」
長尺ではない作品で限られたセリフの中、役の性格やバックボーンを思案し、構築した寡黙で頑固な料理人・水橋。どんなキャラクターがつくられたのか――配信で確認してほしい。
「役者魂」後編はこちら。
【北村有起哉 プロフィール】
1974年4月29日、東京都出身。1998年、舞台「春のめざめ」、映画「カンゾー先生」で俳優デビュー。確かな演技力と独特の存在感で、舞台・映画・ドラマなど幅広く活躍する実力派。主な出演作に、連続テレビ小説「おむすび」、ドラマ「ムショぼけ」「たそがれ優作」「小さい頃は、神様がいて」「リブート」、映画「太陽の蓋」「ヤクザと家族 The Family」「すばらしき世界」「愛にイナズマ」「逆火」など。
待機作に、映画「わたしの知らない子どもたち」(2026年10月16日公開予定)がある。
(取材・文/橋本達典)