実は国民ほとんど「前科者」?正しい自転車マナーはなぜ浸透しないのか
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Q.アンケートでは多くの人が自転車のトラブルを経験したと答えました。
「自転車による事故やトラブルは『自転車は車両である』と全国民が正しく理解すれば、ほとんど解決できるものばかりです。例えるなら50cc以下のバイクと同じものだと考えるとわかりやすい。原付きバイクに乗る人はヘルメットをかぶるし、信号が赤なら止まります。歩道は通らないし、傘も差さない。イヤホンをしていると後ろ指をさされます」
Q.ですが、実際にはそのような理解は進んでいません。
「それを説明するには、まず歴史を振り返る必要があります。自転車は明治時代に登場して以来、経済の大動脈の一つとして活躍をしていました。そのため税金もかけられ、車道を通るルールも徹底されていた。ところが、1950年代の終わりから60年代にかけて急速なモータリゼーションの盛り上がりがあり、まちづくりが自動車主流のものにシフトしていきました。
自動車産業育成のために、ありていにいえば路面電車や自転車が邪魔になった。そこで、東京では40路線以上あった路面電車の廃止や道路交通法を改正して『自転車は危なかったら歩道を通っていい』というルールに変えました。コンビニなどに入る際、一時的に歩道に乗り上げるなど、いわゆる緊急避難の考え方は世界中に根付いていますが、日本だけが車の事故の誘発を減らすため、つまり“自動車ファースト”実現のためにわざわざルール化してしまいました。これが混乱のもとになっているわけです」
Q.ということはルール上、危ないと感じたら自転車は歩道を走っていい?
「いいえ。通っていいというのは徐行という意味です。走ってしまえば3ヵ月以下の懲役、または5万円以下の罰金になり、警察は違反切符を切ることができます。つまりいまの自転車走行の状況をみると、国民の多くは『前科者』になる可能性があるわけです」
Q.ですが現実には、警察は歩道を走る自転車を取り締まっていません。
「2008年4月以前に発行された警察官の持つ手引き書には『自転車は主に歩道に誘導せよ』との意味の言葉が書かれています。そのため警察官の多くは“車両といえども自転車は歩行者の仲間”と思い込んでしまいました。
2007年の閣議了解で自転車は本来車道を走るべき、という確認がありましたが時すでに遅し。このころには、警察官を含めたたくさんの人のなかで『危ない場合は歩道を(徐行して)通ってもいい』が湾曲し『自転車は歩道を走ってもいい』という“常識”が出来上がっていました。
こうした二転三転の末に、道路における自転車の存在は非常にいびつなものになりました。今回のアンケートにあるようなトラブルや事故が絶えないのはこのためです」
Q.自転車による事故は増加しているのでしょうか。
「国の人口減少に合わせて、交通事故全体の死傷者は年々減っています。ですが、そのなかで自転車関連事故の減り方は鈍化していて、そのために自転車事故が表面化しています。日本の自転車事故のほとんどは自動車を相手に交差点で起きています。その割合は70%台で、これは欧州の30%台と比べても特筆すべき多さです。
なぜ起きるのか。国の調査でも、私たちの研究でも、自動車のドライバーは車道脇を走行するオートバイなどに比べ、歩道の自転車を認識しにくいということがわかりました。つまり歩道から交差点にそれなりの速度で飛び出してくる自転車は、自動車のドライバーにとっては突然目の前に現れる存在。自転車が歩道を走る日本の特異性が、交差点での事故を増加させているといえます」
Q.飲食宅配代行サービスの危険運転がニュースで取りざたされています。
「以前から自転車を移動手段の主力とする人ならまだしも、経験則が少ない人たちもこうした仕事を始めています。状況判断ができず、しかも時間に追われているため速度も上げる。ここに日本の特殊な自転車事情が加われば、トラブルや事故が起きるのは当然です。
とはいえ、運営会社としても放置しておけばサービスに支障をきたすため、交通安全の啓発活動を強化していくでしょう。また“プロ化”した配達員も事故を起こせば仕事なくなるため、自然と安全運転を心がける。新しいサービスがどうこうよりも、自転車マナーの根の部分を解決の方向に導かなくてはいけません。
電動キックボードの件も同様で、新しい乗り物が出て来て『これは車の仲間か、自転車の仲間か』となったとき、自転車の仲間と考えた結果、例の日本独特の問題が出てくる。つまり歩道を通ってしまい事故になるわけです」
Q.自転車が免許制になれば問題が減るのでは、という意見もありました。
「免許制が有用なら、世界中がそうなっているはずです。ですが実際には、自転車が免許制の国はどこにもありません。膨大なお金をかけて免許性を維持した効果がどれほどあるのかも疑問が残ります」
Q.海外の自転車事情はどのようなものでしょうか。
「欧米にはしっかりとした自転車レーンがあり、例えばドイツでは歩行者が自転車の空間(レーン)に立ち入ると捕まるほど区分けが徹底されています。あとは意外かもしれませんが、デンマークやオランダのような自転車大国では、ヘルメットをかぶっている人はそこまで多くありません。さまざまなルールが徹底されているので、それでも成り立つわけです。
現在の世界の交通思想は、フランスが1982年に制定したLOTI(国内交通基本法)に始まります。ここには誰もがいろいろな選択肢で移動できる権利『通行権』が盛り込まれ、例えば自転車を優先して使いたい人が使えない環境は、間違っているとしています。この考え方は世界中に広まっていますが、日本はまだその状態にありません」
Q.極論ですが「税金を払わない自転車は自由に通行する優先権が低くなる」と考えることもできます。海外ではこの点をどうクリアしたのでしょうか。
「自転車運転などの運動を定期的することは医療費削減の効果が大きく、欧米では国家的な財政戦略の重要な位置づけとなっています。つまり、皆が健康になればそれだけ医療費の負担が減るため、国としては自転車の利用が増えるのは願ったりかなったりというわけです。
ですが何十年もの調査の蓄積が必要で、日本ではあまり理解が進んでいません。そこで自転車部品大手のシマノが10年以上かけて、自転車が健康に役立つかどうかのエビデンスを集めています」
Q.日本の自転車の通行に対し、現在どのような対策が行われているのでしょうか。
「ここ十数年の間、車道の左端に自転車の矢印マークが描かれているのを目にするようになった方も多いのでは。あの『自転車ナビマーク』は自転車が通行すべき部分と進行方向を明示するもので、2012年に国土交通省と警察庁が導入ガイドラインを発表しました。
私もガイドライン作成に携わった専門委員の一人でしたが、私たちが考えたのが『50年続いた自転車走行の勘違いをどうやって本来の状態に戻すか』ということでした。例えば小中学校へ出向いてマナーの講習をしても、どこまで浸透するのかわかりません。それならばと、わかりやすく地面に矢印を描いた。一度の講習なら忘れがちですが、毎日通る道で目にすれば、徐々に意識が高まるのではと考えました」
Q.一方でネットには「こんな狭いところを通るのか」という声も上がっています。
「あのマークの何より大きな意味合いは、自動車のドライバーに『ここを自転車が通る』と知らせていることです。自動車教習所では自転車がどのように走るかを知識として学びますが、実際に車道に出ると頭の片隅にいってしまいがちです。車道は自転車も走って当たり前という認識を高めるためにもあのマークの役割は大きいはずです。
海外の自転車レーンとは異なり、厳密にその場所しか通ってはいけないというものではありません。日本の狭い道路事情では実用的でない場所もあると思います。ですが、あのマークは本格的な自転車レーンをつくるための前段階のようなものと考えてほしいのです。
地面を青色などに塗った自転車専用通行帯に路駐が絶えないとの話も耳にしますが、取り締まりも数年前から強化されています。矢印が明確で、自転車の逆走も減っていると聞きます。
50年積み重なってしまった“常識”を正しい形に戻すのには一筋縄ではいきません。いまは人の心を変えるための仕掛けを、時間をかけてやっている最中です。信号でも一時停止でもきちんと止まり、傘は差さず、イヤホンもせず、歩道を通らないのが当たり前。そんな自転車本来の姿を取り戻すため、少しずつ舵を切っている段階と思っていただけると何よりです」
追記:警視庁は2022年10月下旬にも自転車の違反の取り締まりを強化すると発表。「信号無視」「一時不停止」「右側通行」「徐行せずに歩道を通行」の4項目のうち悪質な違反について、今後は交通切符(赤切符)を交付して検挙する方針を固めた。
【特定非営利活動法人(NPO)自転車活用推進研究会・理事長 小林成基(こばやし しげき)】
奈良県出身。駒沢大学文学部英米文学科卒。広告会社勤務、衆議院議員政策秘書、社会経済生産性本部主任研究員などを経て、自転車活用推進研究会を設立。2006年に研究会をNPO化。国交省、警察庁、東京都をはじめとする自治体の自転車関係会議委員を務める。「自転車〝道交法〟BOOK」(枻出版社、共著)、「自転車交通を考慮した交差点設計の手引」(丸善出版、共著)などの著書やメディア出演多数。
(取材・文/森田浩明)



