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2009年6月4日(木)の内容

生類憐みの令は悪法?いい法?

ペットブームの現代…しかし、今から300年前の江戸時代にもペットブームがあった。それが、元禄時代。現在につながる食文化やファッション文化が発展し華やいだ時代だった。しかし、一つだけ問題が…それは時の将軍・徳川綱吉が出した、全ての生き物を保護し、愛護するという法律「生類憐みの令」である。さらに、綱吉が戌年であったことから、特に犬への保護を重視せよという隆光の進言を実行に移したことから、江戸の町民は大混乱となった。犬はしだいに「お犬様」と呼ばれ、人間より大事にされる存在となり、綱吉は犬の将軍「犬公方」と呼ばれるようになった。生類憐みの令じゃ悪法か?良法か?今夜、完全決着をつける!

生類憐みの令は悪法?いい法?

一の説 「生類憐みの令は悪法だった」

突然襲ってきた犬を仕方なく斬り殺した侍が切腹となったり、子犬を捨てた辻番が引き回しの刑ののちに斬罪になるなど、“お犬様”に対する保護は常軌を逸していた。町には揃いの羽織を着た犬担当の警察「犬目付」が出現し、犬の扱いの悪いものを常に監視していため、町人達は犬に関わりたくないと逃げ惑っていたというのだ。また、ボウフラや蚊、シラミに蚤や蝿までも処罰の対象とされ保護されたため、町人達は普通の暮らしをすることが困難となった。さらに綱吉は、犬を可愛がるあまり、東京ドーム20個分に相当する広大な“犬屋敷”を作り、その中は、子犬専用の保育所、犬の食事用のレストランや病院までもが完備されており、まさにいたれりつくせりだった。人々の生活を脅かしたこの法律は、悪法だった!?

二の説 「生類憐みの令はいい法律だった」

江戸の町には、人口増加と共にゴミが増え、それをエサとする野良犬がどんどん集まってきた。不衛生なうえに、腹を空かした犬が人間を襲うといった事態を収拾するため、綱吉は犬の戸籍となる「犬付毛帳」を作成、犬を登録制にし、その動向を役人が管理することによって、江戸の町の治安維持に努めた。さらに、江戸の町に不安を与えていた「カブキモノ」の排除や、当時社会問題となっていた「捨て子」が減少するなど、生類憐みの令を出すことによって殺伐とした社会から、思いやりのある社会に変えようとしたのである。