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乱世を生き抜くために戦国武将たちは、現代人も驚く突飛な発想を持っていた! 戦場で目立つためのアイディア満載の兜、今では考えられないカステラの食べ方…などなど、知って楽しい戦国時代のウラ知識をご紹介! スタジオには、デザイン重視の兜の例として、カニのハサミをかたどった奇抜な兜が登場。 |

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1560年、日本史上最も有名な奇襲作戦「桶狭間の戦い」が起こる。織田信長(和泉元彌)は、わずか2千の軍で今川義元率いる2万5千の軍勢を破り、一躍天下取りに名乗りを上げた。しかし、この戦いが奇襲による勝利ではなかったことを示す事実が次々と発見されている。信長が少ない軍勢で今川に挑む決意をした裏には、側室・吉乃(国生さゆり)の存在があった! 信長15歳・吉乃21歳のときに2人は出会い恋に落ちるが、吉乃の実家・生駒屋敷は全国から牢人や、乱波・素波と呼ばれる隠密が集う情報収集基地だった…。生駒屋敷に出入りしていた豊臣秀吉を信長に推薦し、召抱えさせたともいわれる吉乃。果たしてどのような女性だったのか? 桶狭間の戦いの裏にあった、吉乃の戦略とは? |

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江戸時代に3000人もの女性が暮らし壮絶な権力争いを繰り広げた大奥の原点は、豊臣秀吉の大阪城にあった。「奥御殿」と呼ばれた本丸の半分を占める一角には総勢16人もの側室と300人の侍女が暮らし、争いを繰り広げていたという。そして、不可解な世継ぎの死が続いていた。秀吉の正室・おねの犯人説を検証しながら、歴史の闇に消えた秀吉の隠し子の存在を暴く。おねの侍女でありながら、「殿」という敬称を与えられた東殿(藤森夕子)は、秀吉の側室であり子供を生んでいたのではないか…? |

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1600年、関ヶ原の戦いの2ヶ月前に、細川忠興の正室・玉こと細川ガラシャ(上原さくら)が壮絶な死を遂げる。忠興が家康の軍に同行し不在の間、石田光成軍は徳川方の武将の妻子を人質にしようと屋敷を取り囲んだ。キリスト教徒には自殺が禁じられていたため、ガラシャは家臣に胸を突かせて死んだといわれる。しかし、その侍女の日記を検証すると恐ろしい謀略が浮かび上がってきた! そこには、関ヶ原の戦いでどうしても徳川方に勝利をもたらしたい、当時のキリスト教イエズス会の思惑があった…。 |

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織田信長(和泉元彌)の妹・お市の方(宮地真緒)は、数奇な運命に翻弄されたといわれ、その人生は多くの謎に包まれている。当時の文献を検証すると、なんと、お市の方は信長と愛人関係にあった可能性が浮上してきた!しかも、信長とは本当の兄妹ではなかったという…。また、長年歴史学者を悩ませる難問として、お市の方が浅井長政と結婚した年が、娘の淀殿の生まれた年よりも後という事実に着目。淀殿は本当は、信長とお市の方の間に生まれた子ではなかったか?驚きの新説が続々登場! |
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