日本初のスタジアム・コンサート敢行や度肝を抜くステージ・パフォーマンス(ゴンドラやクレーン吊り)まさにロック世代のスーパー・アイドルである。
"ワイルドな17才"というキャッチ・フレーズのもと72年にデビューしたヒデキは、郷ひろみ、野口五郎らと共に新御三家と呼ばれ、絶大な人気を博し、「情熱の嵐」(73年)、「激しい恋」(74年)などロック色の強い楽曲を呈示。
ポップス・シーンへのロック普及に努めたのである。そして、アイドル歌手としての集大成「傷だらけのローラ」(74年)は、洋楽と邦楽の融合に成功した歌謡ロックの金字塔といえるだろう。
その後も、AOR路線の「ブーツを脱いで朝食を」(78年)、打ち込みビート(TR-808通称八百屋!)をいち早く取り入れたディスコ・ナンバー「YOUNG
MAN (Y.M.C.A.)」(79年)などビック・ヒットを連発。
新手のアイドルが現れては消えていくなか強靭な生命力で芸能界を生き抜く。
99年には、HIROMI GOの「GOLDFINGER'99」に「Bailamos ~Tonight we
dance~」(エンリケ・イグレシアスのカヴァー)で対抗し、野口五郎も「愛がメラメラ ~SMOOTH~」で参戦。
新御三家のラテン・バトルが世の中の話題をさらった。
■ 本日の賢人・三好和義 ■
1958年11月8日生まれ A型
東海大学文学部広報学科卒業。同年、株式会社「楽園」設立。13歳の時、沖縄を訪ねて以来、タヒチ、モルディブ、サハラ、ヒマラヤ、南極など、世界各地で「楽園」をテーマに撮影を続けている。高校生の時、銀座ニコンサロンで個展を開いて以来、多数の写真展を開催。27歳の時、写真集『RAKUEN』で木村伊兵衛賞を最年少受賞。最近は故郷吉野川を始め、富士山、屋久島など国内での撮影にも力を入れている。作品がニューヨーク・ジョージ・イーストマンハウス国際写真博物館に永久保存されている。1999年、外務省が作品「日本の世界遺産」540点を買い上げ、国際交流基金(THE
JAPAN FOUNDATION)により世界各国で巡回展が行われている。
1998年から県知事任命により阿波特使として徳島の良さを伝える活動をしている。