PL学園撃破の立役者...岩倉高校1984年センバツ優勝投手・山口重幸の今
2025.11.21
山口重幸氏(c)テレビ東京
「令和でも語りたい昭和な人たち」#13
来春のセンバツ出場校を選出する最重要資料となる秋季高校野球各地区大会が、11月9日の東京を最後に終了した。
東京は2009年以来16年ぶりに帝京が優勝を飾り、来春のセンバツ出場を確実なものにした。
その帝京を今夏の大会で撃破し、久々に東東京決勝まで駒を進めたのが岩倉だ。筆者は、その岩倉を注目して見ていた。
それには訳がある。「岩倉」と聞いて、「あのPLに勝って優勝した......」と思い出すオールドファンも多いのではないか。
1984年のセンバツに出場した岩倉はあれよあれよという間に勝ち上がり、決勝で桑田、清原が2年生だったPL学園を破って初出場初優勝の快挙を成し遂げた。当時、筆者は新聞社で岩倉を担当していた。
強打のPL学園を決勝で1安打完封したのが、エースの山口重幸さん(59)だった。今夏の大会を勝ち上がる中で、「山口がコーチとして岩倉に戻った」という話を聞いた。
「なるほど、この快進撃はそういうことか」と思い、知り合いに連絡先を調べてもらった。電話をすると「お久しぶりです。元気ですか?」と、懐かしい元気な声が返ってきた。
当時、やんちゃで奔放な発言がマスコミで大きく取り上げられ「ひょうきん軍団」と呼ばれていた岩倉ナインとは、年齢が近いこともあって仲良くさせてもらった。
特にエース山口、攻守の要キャプテン宮間、主砲森、桑田から決勝打を放った菅澤とは、バカ話を含めよく話をした記憶がある。保谷(現西東京市)のグラウンドには、何度も通わせてもらった。
山口さんは卒業後の85年、ドラフト6位で阪神に入団。野手に転向し貴重なバイプレーヤーとして活躍、95年にヤクルトへ移籍した。
96年限りで引退した後は、故野村克也監督の勧めで打撃投手兼スコアラーとしてチームを支え、2023年まで38年間の長きに渡ってプロ野球の世界に身を置いてきた。
そして24年4月に母校の野球部コーチに就任すると、金、土は合宿所に泊り、日曜までみっちり指導を行っている。
「ヤクルト球団には、外様の僕をこんなに長く雇ってもらって、本当に感謝しています。そして野村監督。阪神をクビになった後、テストもしないで採用してくれた。
そしてスコアラーの道にも導いてもらった。今の自分があるのは、球団、野村監督のおかげです」。
高校時代はエースとして甲子園優勝投手となり、プロでは投手、捕手以外の全ポジションを守ったユーティリティープレーヤー。
さらにノムさんの横でスコアラーとして、采配、作戦、配球などを学んだ男だ。まさに三拍子揃った"最強の高校野球指導者"である。
投手への指導が主体ではあるが、守備のフォーメーション、サインプレー、走塁の見直しにいち早く着手し、さらにはスカウティングにも関わっている。
高校生を指導するにあたって、最も生きている"ノムラの教え"は何かを訪ねると、こんな答えが返ってきた。
「たくさんありますけど、"野球選手である前に人間である"ということですね。実際そうですし、そこはプロも高校生も変わりませんし、そこから始まらなきゃ、ですから」。
今秋はブロック予選を圧倒的な力で勝ち上がり、都大会1回戦では今年のセンバツに出場した早実と対戦。八王子の球場まで足を運び、試合を見させてもらった。
延長タイブレークにもつれ込む接戦となったが、岩倉はなんとか勝ち上がった。5回途中から救援のマウンドに立ち、早実打線を封じた主将兼エースの佐藤(2年)に試合後、山口コーチについて聞いてみた。
「ピッチングの技術とかではなくて、気持ちやモチベーションというところを教えてもらっています。秋からはキャプテンという立場で、自分の調整をやっていればいい訳ではなく、全体を見ろと言われています。
ミスに対しても"エラーはするもんだ"と思って、怒るとかではなく、何が悪かったのかを指摘し合って、チーム全体の雰囲気を意識して行くことを大切にしています」と佐藤主将。
山口コーチの"野球選手である前に人間"という指導が、しっかりしみ込んでいるコメントだと思った。
佐藤は夏の大会後に最愛の母・友喜子さんを胃がんで亡くし、調整が不足していた。2回戦の聖パウロ学園戦では先発予定だった投手がぎっくり腰で登板できず、急遽先発に回ったが5回3失点で降板。チームも敗れた。
「ここを勝てば次は夏の甲子園準優勝の日大三だったんで楽しみにしていたんですけどね。残念ですが、そんなに簡単なことじゃないです。また、夏までに鍛え直して戻ってきます」と山口コーチは前を向いた。
ところで山口コーチにはもう一つの顔がある。退団後、得意のゴルフの腕前を生かしてティーチングプロの資格を取得した。
ベストスコアは68。週2回、初心者から上級者まで、様々なゴルファーに指導を行っている。
8月下旬、食事の約束をした時の待ち合わせ場所が、山口コーチが職場としている大田区のゴルフスタジオだった。
しばらく見学させてもらっていたところ、「ちょっと打ってみますか?」と勧められクラブを渡された。
適当に軽く2球ほど打ってみたら、「長く自己流でやってきましたね。そんなに手首を使っちゃダメですよ。昔はまだそれでもよかったけど、今はそうじゃないんですよ」と完全にダメ出しされてしまった。
筆者はゴルフ歴こそ43年と長いが、これまで一度も誰かにゴルフを教えてもらったことはなかった。ラウンドも、平均すれば年に7、8回程度という"エンジョイゴルファー"だ。
まず指摘されたのはバックスイング。手を持たれて「こうです、こう」。今までのスイングとは全く違う動きを要求されて、正直驚いた。
さらに2点、チェックポイントを授かっている。「教えることは結構好きなんです」と山口コーチはちょっぴり照れくさそうに笑った。
「こんなに違うことをやっていたのか」と思い、その後2度ほど山口コーチのもとへ通っている。
「正しいスイングを身につけておけば、年齢を重ねても飛距離は落ちませんよ」。その間、何度かラウンドしたが、確かに意識した通りに体が動くといいショットが出る。
今は山口コーチを信じ、「とにかく言われたことを続けて身に着けよう」と思っている。まさに岩倉ナインと一緒だ。
筆者の目標は、平均ストローク90切り。一方、山口コーチには母校を「5年の間に2回は甲子園に連れていく」という大目標がある。どっちが先か。
それにしても41年前には、岩倉のエースにゴルフの指導を受けるなんて、思ってもいなかった。縁とは不思議なものである。
テレ東リアライブ編集部 E.T(新聞、テレビでスポーツ現場30年のロートル)