
SAN-EI 卓球台『MOTIF』写真提供:三英
東京オリンピックで大活躍した卓球日本は大会閉幕後も話題沸騰だ。五輪初採用の混合ダブルスで金メダルに輝いた水谷隼(木下グループ)/伊藤美誠(スターツ)を筆頭に、その伊藤がエースを務めた女子団体銀メダルの石川佳純(全農)、平野美宇(日本生命)。
水谷もメンバーだった男子団体銅メダルの張本智和(木下グループ)、丹羽孝希(スヴェンソンホールディングス)らが、連日メディアに引っ張りだこ。
この快挙を舞台裏で支えた人たちも大いに喜んでいる。今大会の卓球台サプライヤー「三英(SAN-EI)」もその一員だ。
前回の2016リオ五輪で脚光を浴びた公式卓球台「infinity(インフィニティー)」に続き、自国開催の東京大会に満を辞して送り出したのは「MOTIF(モティーフ)」。
伝統工芸の輪島塗を施し日本の美を打ち出しつつ、モダンで洗練されたデザインの卓球台に世界は再び魅了された。
日本の美が息づいた卓球台『MOTIF』
卓球競技の会場となった東京体育館の館内を忙しなく行き来する人がいた。「株式会社三英」代表取締役社長の三浦慎氏だ。1940年から卓球台メーカーに材木を卸し、1957年から卓球台製造を手がける同社の3代目。
株式会社三英 代表取締役社長 三浦慎氏 写真提供:三英
英語力と交渉力を生かした海外戦略と、学生時代に英国留学で養った審美眼を武器に世界に販路を広げ、五輪では1992年バルセロナ、リオ、そして今回の東京と3大会で卓球台が採用された。
「バルセロナ大会の頃はセンターコートという概念がなく、オリンピックでも至って普通の卓球台が使われていました。デザインの凝った卓球台を作ったのはリオ大会が初めてで、今回の東京大会は2号機となります」
MOTIFというネーミングには「動機」という意味がある。この台でプレーした選手がさらなる高みを目指したり、より多くの人が卓球の楽しさや魅力を感じてプレーするきっかけになるようにとの願いが込められている。
デザインテーマは「日本らしさ」。前回リオ五輪のinfinity と同じ、1979年に爆発的ヒットを飛ばしたソニーの「ウォークマン」のデザインを手掛けた澄川伸一氏に依頼した。
天板から流れるようなデザインの脚部には艶やかな輪島塗が施され、サイドから見ると鳥が翼を広げたような「T」の字状の両端に、白い卓球ボールをイメージした「沈金」の超絶技巧が駆使されている。
世界にその名を知られ、海外にコレクターも多い漆芸家・北村辰夫氏の手によるものだ。
「リオ大会のときに製作したinfinityは木の曲げの技術で知られる山形の天童木工の成形技術を使い、工芸品のようなクラフト感を打ち出しました。
SAN-EI 卓球台「infinity」写真:田村翔/アフロスポーツ
今回は大都会の東京で開かれる大会でしたから、日本の美を取り入れながらモダンな感じを意識したんです」
脚光を浴びたinfinityに劣らない製品を作らなければというプレッシャーは特になかったという三浦社長。「リオ大会のときとは別の切り口で、日本のモノづくりを世界中の人に見てもらいたかった」と話す。
開発の紆余曲折を経て日本の金メダルに歓喜
天板の色はinfinityでも使用した「レジュブルー(Les yeux bleus)」。一般的な卓球台よりも明るい色味のグリーンで「青い瞳」という意味のフランス語なのだそうだ。
「箱根にあるアール・デコのラリック博物館で、ガラス工芸家のルネ・ラリックのレジュブルーという作品名の香水瓶を見て、とても印象的だったんです」と感性豊かな三浦社長。
開発当初、脚部には液晶パネルをはめ込み、炎がメラメラと燃え上がる映像を表示したが、聖火を想起させるという大会組織委員会の指摘で不採用。代案として金銀銅色の3本ラインを入れたが、これも許可が降りなかったそうだ。
またITTF(国際卓球連盟)からは卓球台を正面から見たとき、脚部が壁のように見えてシンプル過ぎるので、もっと形状を工夫できないかというリクエストがあった。
SAN-EI 卓球台『MOTIF』写真提供:三英
三浦社長は、「あの中には耐久性を高める構造部材がたくさん入っていて下手にいじれないので、試しに五輪マークのステッカーを貼ってみたんですけれど、視界に入ってチラチラしたので何も入れないことにしました」と開発秘話を明かす。
一方、卓球台で最も重要なバウンドの均一さは折り紙つき。試打の段階から、ボールの弾み方や振動に関する選手の要望は一切なかったという。
三英の技術と日本の誇るモノづくりが融合したMOTIFは翌2020年1月に東京オリンピックの公式卓球台として正式発表された。
そして、1年の延期を経て2021年7月23日にようやく大会が開幕。翌日から8月6日まで熱闘を繰り広げた卓球競技が数々のドラマを生み出したことは周知のとおりだ。
混合ダブルスで水谷・伊藤ペアが悲願の金メダル獲得 写真:ロイター/アフロ
「私たち裏方にとって、日本卓球界悲願の金メダル(混合ダブルス)が取れたことは一つ、大きな喜びでした。わが社の卓球台で長くお手伝いさせてもらっている日本チームが大いに活躍して、とても嬉しいオリンピックになりました」
三浦社長はそう言って目を細める。
価格は一般的な競技用モデルの3~11倍!?
ところで東京オリンピック仕様のMOTIFは一般に購入できるのだろうか?
「はい、できます。ただ輪島塗ではなくエナメル塗装のものが130万円(税別)です。輪島塗がいいとおっしゃる場合は蝶や花をあしらった特別モデルを約400万円で受注生産しています」
株式会社三英 代表取締役社長 三浦慎氏 写真提供:三英
同社の販売する一般的な競技用モデルは35万円(税別)というから、MOTIFがいかにスペシャルかがわかるが、日本の卓越した漆工の美術品として、特に海外でのニーズを見込んでいるという。
「オリンピックの卓球台製作は開発コストを考えると正直、採算は合いません。でも、オリンピックを通して当社の卓球台が世界でずいぶん認知してもらえるようになりました。やはり世界で認められることが日本でも認められることになると思います」
3年後の2024年パリ五輪の公式卓球台はまだ決まっておらず、入札はこれから。パリでも日本のモノづくりと三英のレジュブルーが世界を魅了するかもしれない。
(文=高樹ミナ)
