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覚醒した大器・長﨑美柚「自分の卓球の原点に帰った」知られざる2カ月間

2022.03.10
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2022.03.10

長﨑美柚 Photo:Itaru Chiba

パリオリンピックと世界卓球2022成都の日本代表選考会を兼ね、3月5、6日に開かれた「LION CUP TOP32」。その最終日を締めくくった女子シングルス決勝は、日本の女子卓球には珍しいパワーとパワーのぶつかり合いが会場を沸かせた。

対戦カードは目下、自己最高の世界ランク6位につける早田ひなと、早田の2歳下で世界ランク65位の長﨑美柚(ともに日本生命)のサウスポー対決。

身長150cm台の選手が大半を占める日本の女子にあって、早田は167cm、長﨑も165cmと長身で、2人とも恵まれた体格を生かした両ハンドのパワードライブが大きな武器だ。

試合は序盤から長﨑がロングサーブを起点に次々と3球目攻撃を決める攻めの姿勢で怒とうの3ゲーム先取。格上の早田を見る見るうちに追い詰めた。

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女子シングルス決勝 長﨑美柚・早田ひな Photo:Itaru Chiba

プレッシャーのかかる決勝の大一番。追われる立場の早田より追う立場の長﨑の方が思い切りプレーできるというのはあるだろう。だが、少し前まで勝負どころで消極的になり攻め切れない歯がゆい試合が多かった彼女とは明らかに違う。この選考会に向けて、長﨑は一体どんな強化をしてきたのだろう?

結果は第4ゲーム以降を連続で奪った早田が逆転優勝し、持ち前の粘り強さと驚異的な精神力を見せつけた。しかし、一進一退の攻防が続いた最終ゲームで先にマッチポイントを握った長﨑もまた、最後まで攻撃の手をゆるめない気持ちの強さを見せた。

そんな彼女の急成長ぶりが気になり取材をしていくと、わずか2カ月程の間に起きた激的な心と環境の変化が浮き彫りになってきた。

救いを求めた恩師のアドバイス

今大会の長﨑は準々決勝で、揺るぎない日本のエース・伊藤美誠(スターツ)を破り、世界卓球2022成都(団体戦)<9月30日~10月9日>の日本代表入りを決めた。

その勝因を「自分の卓球の原点に帰った」ことだと話した上で、「この1年間、自分の状態があまり良くなくて、自分本来の卓球を忘れることもあった」と長﨑は続けた。

そこで年末年始に神奈川県海老名市の実家に帰省した折、卓球を始めた5歳から小学6年生まで指導を仰いだ藤沢市卓球チーム「岸田クラブ」の村守ひとみコーチに話を聞いてもらった。村守コーチは長﨑の卓球の土台を作った恩師であり、彼女の性格もこれまでの苦労もよく知る一番の理解者だ。

「去年の12月に彼女の悩みを聞いて、『もっとシンプルに考えればいいんじゃないの?』と言いました。卓球は強くなればなるほど複雑になっていきます。だからここは一旦、自分がこれまでしてきた卓球に立ち返って、例えば練習はレシーブの強化よりも、基本のサーブからの3球目、5球目をしっかりやる。彼女は小さい頃からサーブが良くて、ボールに回転をかける技術もピカイチなので、自分がサーブを持ったときに2本取れるよう、ごく基本的な攻撃パターンを立て直すようにと伝えました」

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長﨑が世界ランク3位で優勝候補の伊藤美誠を破る大金星 Photo:Itaru Chiba

断っておくが、長﨑の所属する日本生命には国内屈指の練習環境が整う。指導体制も元女子日本代表監督として2012年ロンドン五輪で団体銀メダル、2016年リオ五輪で団体銅メダルに日本女子を導いた名将・村上恭和総監督が指揮をとる。

実際、日本生命で社会人1年目を過ごした長﨑は卓球に対する考え方や戦術の幅を広げ、Tリーグ・日本生命レッドエルフの新戦力として4連覇に貢献した。

村守コーチも、「日本生命は信頼できるチームですから、私などが口出しするつもりはありませんでした」と話す。

ただ強いて言えば、長﨑に専任のコーチがついていない。ちなみに日本女子の4強である伊藤、石川、平野、早田にはそれぞれ専任コーチがいる。それを見て長﨑も思うところがあったのだろう。

相談を受けた村守コーチは、「久々に彼女と会ったとき、しきりにパリ(五輪)を狙いたいと言っていて、これまでにない"覚悟"を感じました。それならば、できる限りの協力をしようということになったんです」と経緯を聞かせてくれた。

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長﨑が世界ランク3位で優勝候補の伊藤美誠を破る大金星 Photo:Itaru Chiba

自分の卓球を取り戻す

日本生命の拠点の大阪で暮らす長﨑と、神奈川にいる村守コーチのやり取りはもっぱらSNSだ。

「またイチから卓球を始めた感じで、少しずつその成果を実感しています。この選考会にもいい準備ができて、自分の卓球を半分くらいは取り戻せている」と手応えを口にする長﨑。

決勝で多用したロングサーブからの鮮やかな3球目攻撃もその一環だ。

「小学生の頃、一番得意だったのがロングサーブ。でも最近は(狙い打ちされるのを)怖がって出せていなかった。ロングサーブを出すことで本当は展開の幅が広がるし、両ハンドのラリーで自分のいろんな引き出しを出していける」と話す。

試合後は、あと一歩のところで優勝を逃し「悔しい気持ちの方が強い」と言いながら、「自分もやればできるという自信につながった。もっとできるということを証明できた」と清々しい笑顔を見せた。練習してきたことが試合で出せた満足感からだった。

非凡な才能の持ち主で、幼少期から将来を嘱望されてきた卓球エリートの彼女が、実は自信を持てず悩んでいたとは。

しかし、よくよく考えてみれば、すぐ上は黄金世代と呼ばれる伊藤、平野美宇(日本生命)、早田ら逸材ぞろいで、それに続くのが当たり前のように期待されれば焦りもするだろう。

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長﨑美柚・木原美悠「Wみゆう」Photo:Itaru Chiba

彼女の心情を物語る印象深いエピソードがある。それは2019年、ITTFワールドツアー・グランドファイナルで2歳下の相棒・木原美悠(JOCエリートアカデミー/星槎)と女子ダブルス優勝を果たしたときのこと。

試合後、記者団の「(木原と)2人でパリオリンピックを目指すか」という質問に対し、彼女は「先輩方が強いので。自分たちは太陽と陰の陰だから」と自嘲気味に答えた。

東京オリンピックを見て決まった「覚悟」

だが、その迷いは昨夏の東京オリンピックで吹っ切れた。

打倒中国を果たし、日本に悲願の金メダルをもたらした水谷隼(木下グループ)と伊藤の混合ダブルス。中国に敗れはしたが堂々の銀メダルを胸に下げた女子団体。

そして、女子で日本初の個人戦メダル(銅)を獲得した伊藤の雄姿を目の当たりにして、「自分もそうなりたいと本気で思った」と長﨑は目を輝かせる。

村守コーチが感じ取った彼女の「覚悟」が決まった瞬間だ。

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長﨑美柚・木原美悠「Wみゆう」TOP32でお互いベスト4に入り 世界卓球出場権を獲得したPhoto:Itaru Chiba

家族の応援も大きい。母・絵美さんは昨年いっぱいで看護師の仕事を辞め、年明けに大阪へ移住。中学に上がると同時にJOCエリートアカデミーで寮生活を始めた娘とひとつ屋根の下で暮らすのは実に7年ぶりである。

生活面のサポートをしながら娘の奮闘を見守る絵美さんは、LION CUP TOP32の一連の試合を見て、「(新たな挑戦を始めて)まだ2カ月もしないで成果が見えてきたことに驚いています」と目を丸くする。

また、孫の試合とあらば他県まで足を伸ばす祖父・隆夫さんと祖母・豊美さんも強力な応援団だ。

肝を据えた選手は強い。長﨑もこれからどんどん伸びていくだろう。

パリ2024オリンピックを目指しながら、急ピッチで実力を上げなければならない世界卓球2022成都までの半年間は険しい道のりに違いないが、今の彼女はこう思える。

「大丈夫、次は私の番だ」


(文=高樹ミナ)

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