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初告白!伊藤美誠 2冠達成の裏側にあった壮絶体験...エースが見せた覚悟とプライド

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東京オリンピック金メダリスト、卓球・伊藤美誠 21歳。彼女は1週間前の19日、国際大会1年3ヶ月ぶりにシングルスで優勝。更に女子ダブルスも4年ぶりに制し、2冠に輝いた。

大会終了後、許された独占インタビュー。

そこで伊藤が語ったのは、「試合の前日、水曜日ですか。39.4度の熱が出て、暑い寒い暑い寒いと言って、それで病院に行こうと決定して。本当は入院してほしいって言われて...」

試合前日の知られざる壮絶体験があった。

3ヶ月ぶりの国際大会

ヨーロッパ・クロアチア。伊藤にとって3ヶ月ぶりの国際大会。

母・美乃りさんが撮影した映像には、ワクワクが止まらない伊藤の姿があった。試合の2日前、伊藤はみっちり7時間の練習。これが彼女のルーティン。その練習はというと、とにかく笑顔が絶えない。

3ヶ月ぶりの国際大会。彼女はシングルス、女子ダブルス、混合ダブルスの全てにエントリー。納得するまで練習はやめない。この練習量こそが彼女の強さの源だ。

取材にも快く応じてくれた。

「結構いい感じです。みっちりやってるけど疲れすぎずやれてる感じです」

「ヨーロッパもいいなって。すごく大らかだし、雰囲気が好きです。本当にドキドキワクワクが一番です」

「しっかり体力も保ちながらもいい状態に持っていけるように、明日も1日がんばります」

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体の異変

試合前日、練習場に伊藤の姿がない。

その日の夜、テレビ東京のスタッフに母・美乃りさんから一通のメッセージが。

「練習場の暑さに加えてぶっつづけで練習していた美誠は、3日目に倒れてしまいました」

伊藤はその時の状態について、「熱が39.3度とか39.4度とかいって。本当にご飯が入らなくてすぐにもどしちゃった」と語った。

体験したことのない体の異変。

実は大会が行われていたクロアチアでは、連日気温が30度越え。練習場は更に暑く、40度近くという過酷な環境。そこに長時間の練習が重なり、彼女は倒れてしまった。

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試合前日、母と現地の病院へ。

PCR検査の結果は陰性。だが医師からは入院が必要と伝えられた。

「でも一日入院したら女子ダブルス始まっちゃうから。試合に出るために来たからって言って」

自己責任のもと、入院しないという承諾書に彼女は迷わずサインした。

どうしても欲しいもの

なぜ試合にこだわるのか?大会2週間前のインタビューで、その訳を語っていた。

「パリオリンピックのシングルスで優勝したいっていう目標を立てて、意地でも出場して優勝するっていう、そこまでの実力をつけたい」

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昨年の東京オリンピック。水谷隼と成し遂げた日本卓球界の悲願。しかし、本当に欲しかったものは手にすることができなかった。

どうしても欲しいシングルスの金メダル。その夢をパリオリンピックで叶えると誓った。

しかし、代表の椅子は約束されていない。まずは国内のライバルたちに勝ち続けなければならない。そして、中国の高い壁も。

「パリオリンピックでの優勝を考えた時には、本当に覚悟が要る」

エースのプライド

試合当日。伊藤は会場に現れた。

彼女は予定通り3種目全てに出場することを決める。だが試合前日に39度を超える高熱。当然、体調は万全ではない。更にこの日も40度近い気温が体力を奪っていく。

でもどんな状態でも試合に出る、そして勝つ。それが伊藤美誠の覚悟。それがエースのプライド。

1日に4試合、そんなハードな日も。優先したのは体を休めること。全ては試合に出るために、試合で勝つため。

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大会最終日。ここまで10試合を戦った伊藤は女子ダブルスの決勝へ。そして4年ぶりに優勝。

シングルスの決勝にも勝ち進んだ。相手は同級生の平野美宇。ここで負けるわけにはいかない。

掴み取った1年3ヶ月ぶりの頂点。

壮絶すぎる一週間を戦い抜いた彼女から飛び出した言葉は、「(良くない)体調なりに頑張ったなって。こういう経験も大事だと思うし、どんなでも勝とうと思った。今やれることをやろう」

困難を乗り越えるたびに強くなる。彼女はそう教えてくれた。

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世界卓球2022団体戦 9月30日(金)開幕!

開催地:中国・成都
開催期間:9月30日(金)〜10月9日(日)
     グループリーグ 9月30日〜10月4日(火)
     決勝トーナメント 10月5日(水)〜10月9日(日)
日本代表:伊藤美誠、早田ひな、長﨑美柚、木原美悠、佐藤瞳
     張本智和、丹羽孝希、戸上隼輔、及川瑞基、横谷 晟

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