躍進する卓球界をけん引する、張本智和19歳。2022年10月、世界最強・中国のエース2人を続けざまに破った。世界一が見えた今だからこそ、張本は故郷仙台を訪れた。
初心を忘れないように、自分が来た道を確かめる心の旅路。
母校の仙台市立東宮城野小学校にある、体育館に足を運ぶ張本。ついこの間までの気もして、校歌も歌詞を見たら思い出す。体育科のステージに立つと今でも緊張する。

さらに、久々に帰った実家。両親は卓球選手で、毎日自宅の卓球場でボールを打った。そして張本が獲ったカップやトロフィーがずらり。11月にはまた一つ日本男子33年ぶりの快挙で、アジアカップのトロフィーが加わった。
しかし、充実期の今に行き着くまでは、苦しいトンネルがあった。

成長を見守ってきた密着カメラが映すのは、13歳で迎えた2017世界卓球デュッセルドルフ。「あんまり女子とは喋らない」と照れくさそうに語る少年は試合で一変し、世界卓球史上最年少記録、13歳での男子シングルスベスト8に輝いた。
だが、2度目の出場となった2019年の世界卓球。40年ぶりの男子シングルスメダルが期待された張本は、4回戦でアン・ジェヒョン(韓国)に敗れた。敗戦後、張本はこう言葉をしぼり出す。
「油断とかはまったくなく、その実力がベスト16。ただ2年前より実力が落ちたっていう、それだけだと思います」

つまずいた張本に、長いトンネルが待っていた。勝利が遠のき、東京オリンピック男子シングルスではヨルジッチ(スロベニア)に敗れ、ベスト16で終わった。
「試合前の調整もそんなに悪いわけではなく、生活に問題もなく。それがたぶん逆に甘えだったり......試合のとき、苦しいときに自分をいい意味で刺激してあげられない。追い込まれたときにここ1本で取れないことが続いていたので、いろいろ含めて決断しました」

18歳の張本選手はドイツのトップチームとプロ契約し、ドイツへの武者修行を決断する。不慣れな環境にあえて身を置き、心技体を鍛えるねらいだった。
早稲田大学人間科学部の通信教育課程にも在籍しており、練習の合間には大学の勉強をする。
チームメートでドイツ代表のエース、オフチャロフに誘われて外食にも行く。ドイツ語は勉強中で、簡単な英語と身振り手振りでコミュニケーションを取る。

そして去年10月中国で行われた世界卓球団体戦準決勝、日本は絶対王者の中国と激突した。
「1勝もできない」と悲観的な予想もあった中、張本は中国の若手筆頭である王楚欽に、4年ぶりの勝利。続く相手は世界ランキング1位にして、世界卓球とオリンピックで計7個の金メダルを手にしている中国のエース、樊振東だ。
フルゲームの大接戦。苦しい場面でここ1本をもぎ取り、勝利をつかんだ。中国からの2勝は、世界の頂点が見えた証だ。
「13~14歳のときが皆さんに与えたインパクトは一番だったかもしれないですけど、自分の中で本当に一周回って経験して、またこういう結果を残せたのは味わいが違うので。卓球人生の中で、今年が一番充実していますね」

久々の里帰りでは、東日本大震災の爪痕が残る地区も訪ねた。当時、張本は小学一年生だった。
「地震は結構長かったので、最初トイレに駆け込んで、ちょっと静まってきたときに近くの公園に行きました」
1週間ほど車中泊で暮らした。そして、忘れてはいけないことがある。
「ずっと思ってるのは、もちろんスポーツで感動や喜びを与えられるんですけど、やっぱり何度も思うのは、命は帰ってこないです」

そして張本は、覚悟を語る。
「自分はスポーツしかできないので。他の問題に取り組むこともできないですし。なので自分は目の前の卓球に取り組んで、少しでも皆さんのこれからの人生がいいものになってもらえるよう、喜びを届けられたらと思います」
最後に、自らが学校の図書委員として受付をした思い出の図書室で、胸の思いを手紙につづる。それは、自らにあてたものだった。

「未来の自分へ。今この手紙を見ているとき笑っていますか。
金メダルは持っていますか。この手紙を書いている僕にはわかりません。今あなたを後悔させないようにこの手紙を書き終えてから、僕はもっと頑張ります。
この手紙を開いたときに、あなたが笑顔で金メダルを持てているように頑張るので楽しみにしていてください。必ず喜ばせます。2022年11月21日、張本智和」

