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2008年08月27日

『北京五輪取材記(2)』

五輪開催で、北京には様々な変化がありました。
空港・道路・鉄道の交通網。
では、私が接した上記のモノはどうだったのか。

まず空港は前述しましたが、ぞっとするほど広く綺麗。
五輪期間中ということで、セキュリティはとんでもない。
空港では、金属探知機通過・銃器所持チェック・警察犬や警備員による金属探査・警
備員が実
際にボディチェックと様々。とくに実際に体を触られる時は、1分間くらい念入り
にチェックされました。
これだけ緊迫した空港ですが、レストランは中国的。
空港内レストランで食事をする時、店員がオーダーを間違えて持ってきたので通訳さ
んが指摘したところ、『私は間違ってない、あなたたちが間違えたのだ』と激怒。上
司も出てきて『私たちは悪くない』と一辺倒。
この類のトラブルは北京のレストランでほぼ毎回、慣れます。
サービス業とはなんぞや。

道路。
五輪専用レーンというものがあり、これは相当効果がありました。
片側5車線くらいある幹線道路の1車線に『五輪マーク』がついていて、そのレーンは
五輪専用パスを持った車両しか通れません。
選手はもちろん、五輪関係者や五輪プレスが使うのですが、渋滞の多い北京でスイス
イ。
中国人ドライバーは『北京でこれだけスイスイいけるのは、国賓級だよ』と感動して
いました。
移動時間が読めるというのが、五輪にもメディアにも素晴らしい効果。

交通規制も効果があったようです。
オリンピック会場近くのあちこちで規制があり、五輪関係車両しか通れない道路がか
なりあります。このおかげで取材もしやすい。
ただ、規制区域の中にオリンピック会場があるため、入れるタクシーも少ない。
これが非常に大きなマイナス面を生みました。

8月8日の開会式終了したのは夜中の1時。観客が家路に急ごうとしても、規制のため
タクシーが無い。会場は郊外ですし。
地下鉄は、開会式ということで特別に24時間運行でした。
『地下鉄を使えばいいじゃないか』という声が聞こえそうですが、北京の地下鉄は増
えたといっても、東京のように全域を網羅しているわけではない。
地下鉄では帰れない市民が圧倒的です。
私もタクシーで帰ろうと思ったのですが、タクシー待ちの行列はすでに100人近く
に。
タクシーは滅多に来ない。北京ではただでさえ、タクシーの乗車拒否は日常茶飯事な
のに...
多くの人は歩いて車通りの多い場所へ。私もそうしました。
1キロほど歩いたところにある大通り。すでに200人以上がタクシー争奪戦を繰り広げ
ています。道路のど真ん中でタクシーを強引に止め、勝手にドアを開けて乗り込むた
くましい北京市民。
さらに1キロ先の交差点へ。まだ100人ほどがタクシー争奪戦。
道中、あきらめ力尽きて路上で眠る市民も多数。
もう1キロ先へ...
そんなこんなで、2時間歩きようやくタクシーを捕まえたのが朝4時近く。
開会式以外にもこんな日が3回ありました。
現地の人は『五輪で交通を整えたのに、五輪に来ると移動手段が無い』とチクリ。

地下鉄。
新しくできた路線は、日本のモノより綺麗な印象です。
ホームは落下防止の二重扉。
多くの液晶テレビが設置されていて、ニュースが見られる。
車内も日本の地下鉄とまったく同じです。
駅では荷物検査をしています、が、かなり雑。
私は4回地下鉄に乗りましたが、2回はスルー。不安になります。
『並ぶ』という習慣が少ないため、やはり降車を待ってから乗車、というマナーはあ
りません。『ワレサキニ』です。
車内での携帯の使用も気にしていないようでした。
様々な規制で、生活に不自由が生じていても『地下鉄がたくさんできて便利になっ
た。五輪のためだから規制も全然問題ない』という北京市民の声が多いです。

2008年08月19日

『北京五輪取材記(1)』

『北京五輪取材記①』民族・環境・貧富...そして震災。
多くの問題や心配をささやかれながら、2008年8月8日、北京五輪は開幕しました。
中国が世界からどのように見られ、中国が世界をどのように迎え入れるのか。
私は北京五輪開幕まで、現地で取材に当たることができました。初めての中国。
ありのままを見ようと思っても、もちろん先入観があります。その先入観は、多くの場面で打ち壊されました。私が北京に入ったのは8月2日。
成田空港でいきなりの先制パンチを浴びます。離陸20分前になって突然、中国側の都合で、離陸許可が出なくなったというのです。理由は五輪警備のためとか...しかも厄介なことに、『全員が機内に着席した後に、中国側に離陸許可申請をしなければならず、それから許可が出るまで2時間かかる』というのです。
つまり、機内で2時間待ち確定。予定を2時間遅れて離陸し、初の中国上陸。大気が真っ白と聞いていたのに、快晴、青空。新しい北京空港のターミナルは果ての見えないほど広い!それほど混雑していないのに、入国審査・荷物受け取りすべてを通過するまで2時間かかりました。

ただ、時間かかかったのは広さだけではなく、警備の厳重さが大きな要因です。空港には警察や水色の揃いの服を着たボランティアの姿がとにかく目に付きます。
この水色のボランティアは北京中で活動。とくに観光スポットで小さな小屋(ステーション)を作り、『通訳』『案内』『医療』の3部門のスタッフがいます。北京の繁華街・王府井のボランティアステーションでは、外国人を含む多くの観光客が道を聞いたり『通訳』と会話したりと、なかなかの賑わい。スタッフのほとんどは大学生。
『五輪は中国100年の夢。何かの形で、五輪に関わりたい』面白いことに、みな口を揃えてまったく同じことを話します。ただ『海外と接したい』という熱は伝わります。
話を聞くと『日本のマンガが好き』という人が多かったことも意外でした。私が接した中国の若者たちは、ほとんどが日本に強い興味を持っていました。
マンガ、アイドル、東京など、日本のことを良く知っています。ネット世界はボーダレス。日本語を話せる学生も多いのです。

中国での『反日』という感情は、私が思っていたものとは少し違うようで、『日本の文化を知って興味を持つことと、歴史を学ぶことは別なのです』と話す人もいます。
中には、お祭り気分、ボランティア活動そっちのけで五輪選手の写真を撮影し続ける学生もいます。いずれにしても、ボランティアを中心とした中国の若者の積極性は、五輪の大きな歯車。私たちがボランティアステーションを取材していると、現地のテレビ局も取材を始めました。
すると突然、水色の服を着たひとりのお年寄りがステーションの中へ。
彼は学生ボランティアを集め、指示を出し、学生を引き連れて王府井の街を歩き始めました。カメラはそんなお年寄りを撮影し続けます。しばらくして撮影が終わると、お年寄りは姿を消しました。

その後、彼を見ることは一度もありませんでした。
なんでもこの人は、聖火ランナーを務めたボランティアリーダーとのこと。
彼がボランティアとして街で活躍する姿を、テレビ局が放送する。日本で言うところの『やらせ』『演出』でしょうか。ボランティアスタッフの中に混在する、積極的な学生とお祭り気分の学生、そして広告としてのボランティア効果。
北京五輪の側面が、ボランティア活動からも透けて見えます。


 
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