2008年8月19日
『北京五輪取材記(1)』
『北京五輪取材記①』民族・環境・貧富...そして震災。
多くの問題や心配をささやかれながら、2008年8月8日、北京五輪は開幕しました。
中国が世界からどのように見られ、中国が世界をどのように迎え入れるのか。
私は北京五輪開幕まで、現地で取材に当たることができました。初めての中国。
ありのままを見ようと思っても、もちろん先入観があります。その先入観は、多くの場面で打ち壊されました。私が北京に入ったのは8月2日。
成田空港でいきなりの先制パンチを浴びます。離陸20分前になって突然、中国側の都合で、離陸許可が出なくなったというのです。理由は五輪警備のためとか...しかも厄介なことに、『全員が機内に着席した後に、中国側に離陸許可申請をしなければならず、それから許可が出るまで2時間かかる』というのです。
つまり、機内で2時間待ち確定。予定を2時間遅れて離陸し、初の中国上陸。大気が真っ白と聞いていたのに、快晴、青空。新しい北京空港のターミナルは果ての見えないほど広い!それほど混雑していないのに、入国審査・荷物受け取りすべてを通過するまで2時間かかりました。
ただ、時間かかかったのは広さだけではなく、警備の厳重さが大きな要因です。空港には警察や水色の揃いの服を着たボランティアの姿がとにかく目に付きます。
この水色のボランティアは北京中で活動。とくに観光スポットで小さな小屋(ステーション)を作り、『通訳』『案内』『医療』の3部門のスタッフがいます。北京の繁華街・王府井のボランティアステーションでは、外国人を含む多くの観光客が道を聞いたり『通訳』と会話したりと、なかなかの賑わい。スタッフのほとんどは大学生。
『五輪は中国100年の夢。何かの形で、五輪に関わりたい』面白いことに、みな口を揃えてまったく同じことを話します。ただ『海外と接したい』という熱は伝わります。
話を聞くと『日本のマンガが好き』という人が多かったことも意外でした。私が接した中国の若者たちは、ほとんどが日本に強い興味を持っていました。
マンガ、アイドル、東京など、日本のことを良く知っています。ネット世界はボーダレス。日本語を話せる学生も多いのです。
中国での『反日』という感情は、私が思っていたものとは少し違うようで、『日本の文化を知って興味を持つことと、歴史を学ぶことは別なのです』と話す人もいます。
中には、お祭り気分、ボランティア活動そっちのけで五輪選手の写真を撮影し続ける学生もいます。いずれにしても、ボランティアを中心とした中国の若者の積極性は、五輪の大きな歯車。私たちがボランティアステーションを取材していると、現地のテレビ局も取材を始めました。
すると突然、水色の服を着たひとりのお年寄りがステーションの中へ。
彼は学生ボランティアを集め、指示を出し、学生を引き連れて王府井の街を歩き始めました。カメラはそんなお年寄りを撮影し続けます。しばらくして撮影が終わると、お年寄りは姿を消しました。
その後、彼を見ることは一度もありませんでした。
なんでもこの人は、聖火ランナーを務めたボランティアリーダーとのこと。
彼がボランティアとして街で活躍する姿を、テレビ局が放送する。日本で言うところの『やらせ』『演出』でしょうか。ボランティアスタッフの中に混在する、積極的な学生とお祭り気分の学生、そして広告としてのボランティア効果。
北京五輪の側面が、ボランティア活動からも透けて見えます。

