ペク・ドンスとは

「ペク・ドンス」の時代背景と物語

日本でも大ヒットした「トキメキ☆成均館スキャンダル」や「イ・サン」と同時代の1700年代の朝鮮王朝時代を描いた「ペク・ドンス」。この作品には時代劇ファンに馴染み深い歴史的なエピソードが満載です。朝鮮王朝第21代王、ヨンジョ(英 祖)、その息子のサドセジャ(思悼世子)、さらにその息子の22代王、イ・サン(正 祖)という流れを追い、謀反を企てる老論派と王朝との対立構図を背景に物語りは展開してゆきます。なかでも特に興味深いのは“思悼世子(サドセジャ)殺し”の新解釈・・「イ・サン」をはじめとした作品で描かれてきたように、歴史的には米びつのなかで死んだとされる思悼世子ですが本作では違った形での死を迎えることに・・・。その死のエピソードにはドンスやウンもからみドラマティックな展開となります。また、劇中でグァンテクが書き上げた武芸教範「武芸新譜」は実際にイ・サンの時代に作られた、世界でも珍しい図解の武芸マニュアルで、ペク・ドンスが編纂と実践に関わり、「武芸図譜通志」として完成されました。劇中でもこの教範を土台にしたエピソードが登場します。時代劇ファン必見です。

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「イ・サン」の時代に生きた武人ペク・ドンスとは

官僚を統制しながら王権を強めようとする政策を祖父から引き継いだ正祖は、北学派や庶子を登用した。その中にペク・ドンスもいた。
そして、ドンスは正祖の命を受けて朴斉家(北学派の中心人物)らとともに『武芸図譜通志』の編纂に携わった。
その後、郡守となって地方を治めるが、バックにいた正祖が死去すると、その影響がすぐに現れる。汚職がらみの事件で1806年に慶尚道に流されたのである。ペク・ドンスは復帰を勝ち取るが、この時期には安東金氏による専横が始まっていた。その専横に反対して、朝鮮北部の平安道、黄海道(ファンヘド)、咸鏡道(ハムギョンド)の大商人、地域の指導層、流浪農民などが連合して地方差別打破を合言葉に掲げて蜂起した。
これが洪景来の蜂起である。また、イギリス船プロビデンス号をはじめ、しだいに西洋勢力が朝鮮に押し寄せていた。
ペク・ドンスは、こうした大きな政治の変化の中で生きていったといえる。
日本福祉大学 三橋 広夫

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用語解説

狼筅 (ろうせん) 枝に鋭い刃を付けた竹または鉄製の武器
求生牌 (クセンペ) 王が特別に命の保証をする札
黒紗燭籠 (フクサチョロン) 清の殺人集団
北伐之計 (ほくばつのけい) 孝宗(ヒョジョン)が残した北伐のための兵法書
殺星 (サルソン) 人を殺めてしまう不吉な星
常平通宝 (サンピョントンポ) 不変の価値で流通を願った貨幣
両子胡乱 (へいしこらん) 17世紀前半に清と朝鮮の間にあった戦争
壮勇衛 (チャンヨンウィ) 王の護衛部隊
老論 (ノロン) 派 朝鮮官僚の派閥のひとつ
号牌 (ホペ) 当時の身分証
武芸新譜 (ムイェシンボ) 思悼世子(サドセジャ)が編集した武芸書
剣士 ペク・ドンス 特報動画
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