日経スペシャル/ガイアの夜明け

-時代を生きろ!闘い続ける人たち-

Tuesday  22:00  ON AIR/Navigator:役所広司/Narrator:蟹江敬三

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日経スペシャル「ガイアの夜明け」
2003年11月18日放送

◆ 第 83 回 ◆

予告
まずいコメはもういらない! ~変わり始めたニッポンの農家~

今年の冷夏で10年ぶりの不作に見舞われている日本のコメ作り。 今、そのコメ作りの現場で何が起きているのだろうか? 実は日本の農家は大きな転換期を迎えている。国内で進むコメ離れ。国内消費量は年々減り続けており、1年間で余るコメは70万トン以上。 その一方で、来年4月から食糧法が改正される。
今までコメの価格を維持する為に行われていたコメの生産調整(減反)が段階的になくなり、2008年度には一切減反が行われなくなるのだ。まず、来年度から手始めに、コメを販売した実績に応じて農家の生産量が決められていく。つまり、「売れるコメ」「うまいコメ」を作る農家は生き残り、「売れないコメ」「まずいコメ」しか作れない農家の淘汰が進む可能性が強まるのだ
。  こうした現状を目前に控え、生き残りを賭け、動き出した農家がある。 どうすれば「売れるコメ」を作れるのか?そして、どうすれば「うまいコメ」は作れるのか? 番組では変わり始めた農家の姿に密着。
例えば、福島県では地域の農家が集まり会社組織を作り、共同で稲刈りなどをして効率的にコメを作り、その一方で農協に頼らず、自分たちで通販会社などを通して直接消費者にコメを販売していく挑戦が始まっていた。つまりこれまで農協に納めるだけで 消費者の顔が見えなかったコメ作りから、直接消費者からの反応を受け止めるコメ作りへの挑戦である。
一方、佐賀県の農家では産地のコメのブランド化を目指し、安くておいしいコメ作りを目指す取り組みが始まった。  また、ただコメを売っているだけではだめと、自ら「売れるコメ」「うまいコメ」を探して農家を歩き、コメ作りの指導まで始めたある米屋にも密着。今や米屋がコメ作りのプロデューサーになろうとしているのだ。
これら一連の動きのキーワードは「消費者を意識したコメ作り」。 はたして私たち消費者が「うまいコメ」を簡単に手に入れられるようになるのだろうか?変わり始めた農家の挑戦から日本のコメ作りの未来を探る。


予告 ★凶作の東北で「豊作」というカリスマ農家がいた!

今年の夏、東北地方では10年ぶりの冷夏に見舞われた。現時点で、コメの作況指数は、青森、岩手、宮城が軒並み「著しい不良」となった。 宮城県北部では、まともなコメは平年の10分の一以下しかとれないという。病気にかかって赤茶色に変色した田圃が広がる。 しかし、そんな中でも平年並み、いやそれ以上のコメを作ったカリスマ農家がいた。
宮城県登米町の専業農家、石井稔さん(60歳)。石井さんが作る無農薬有機栽培のひとめぼれは末端価格が5キロで4千円。魚沼産コシヒカリに負けずとも劣らない価格。日本一美味しいコメだと言う人もいる。 しかも、石井さんの田んぼでは、冷夏の被害が少ないどころか平年よりも一本あたりのモミの数が多く、太っている。豊作だ。その秘密は、稲本来の生命力を存分に引き出したコメ作りにあった。
日本のコメ農家の9割以上が兼業農家。田植えは休みが取れるゴールデンウィークに集中する。しかし、品種にもよるが、稲の田植えに適した時期は5月下旬。今年は早く田植えをした稲が、7月下旬の低温に会い、軒並み被害を受けたのだ。しかも、その後も低温が続き、発育不良だったのに、「一粒でも多くのコメを」「収穫量を上げよう」として、多くの農家が8月上旬に肥料を追加した。 そこで稲が栄養過多に陥り、病気が蔓延したのだ。石井さんは今年の凶作は、「天災ではなく人災」と言い切る。田植えに適した時期を忠実に守り、肥料を出来るだけ抑え、こまめな管理を心がけさえすれば被害は少なかったというのだ。
 福島県岩瀬村。山を越えれば猪苗代湖というこの村でも被害は大きかった。この地区で作られている「ひとめぼれ」は、平年の半分しか採れないという。しかし、被害をより多く受けているのは、兼業農家の田んぼだ。他の仕事にとらわれ、コメ作りを思うように出来なかったり、少ない面積ゆえ欲張ったコメ作りをした農家が被害を受けている。 そんな兼業農家にも改革の波は押し寄せる。今年の不作を踏まえ、来年はどうやってコメを作るのか?自分達で計画を立てなければならない。


★会社組織でコメを効率的に生産―――消費者のためのコメ作りへ

凶作に見舞われた福島県岩瀬村からわずか数キロ離れた福島県須賀川市。 そこで新たな挑戦が始まっていた。伊藤俊彦さん(45歳)は、8年前自分たちで会社組織「ジェィラップ」を立ち上げた。日本でも数少ないコメを中心とする農業法人だ。40人の専業農家のメンバーが、無農薬や減農薬のコシヒカリを作っている。
作ったコメは全部自分たちで精米し、袋詰めし、東京の大手通販会社や、生協などと直接取引きする。勿論コメの味には定評があり、通販でも高い値段を付けている。「消費者と生産者が、直接やり取りすることで、あの人のために一生懸命おいしいコメを作ろうと思うんです」と伊藤さんは言う。メンバーの作ったコメは、田んぼ一枚一枚ごとに点数が付けられ、美味しいコメを作ることで収入も増えるのだ。
今年のコシヒカリも収穫量はまずまず。しかし、味は刈り取ってみなければ分からない。今年も消費者が、産地を訪れ今年の新米を味わう。消費者が満足できる、美味しいコメは出来たのか?


★安くてうまいコメを生み出せ!」――ある米屋の野望

スーパーや、ディスカウンターの安いコメに押されぎみで、街の米屋の経営は厳しく、廃業に追い込まれるところも多い。東京目黒区にある「スズノブ」も家族3人で経営する小さな米屋だ。しかし、社長の西島豊造さん(40歳)は、生き残りを賭け、自ら「売れるコメ」、「うまいコメ」を探し始めた。有名なブランド米「魚沼産コシヒカリ」に匹敵するようなブランド米を創り出したい。しかも、「魚沼産コシヒカリ」と同じように高くては意味が無い。安くておいしいコメでなければならない。
 そこで西島さんが目をつけたのは、佐賀県で作られている「ヒノヒカリ」という品種の米。「ヒノヒカリ」は殆どが県内で消費され、東京ではまったく認知されていなかった。しかし、味には定評があり、コシヒカリよりも旨いという人も多い。そこで西島さんはそのコメをさらにうまくして、ブランド米にすることができないだろうかと考えたのだ。どうすればうまいコメになるのか?その方法が、コメに含まれるタンパク質を出来る限り抑える栽培法だった。
精白米に含まれるタンパク質が少なければ少ないほど、粘りや甘みが強いことは昔から知られていた。しかし、より多くの収穫を望んで肥料を多くやればやるほどタンパク質は増えてしまう。逆に言えば、低タンパク質を目指すと収穫量が減ってしまうのだ。そのため、低たんぱく質栽培に挑戦する農家は少なかった。 そしてついに西島さんは、あえて収穫量には目をつぶり、たんぱく質が少ないコメに挑戦するパートナーを佐賀県で見つける。


  ★九州で日本一うまいコメを作る 

米屋「スズノブ」の西島さんとうまいコメ作りを目指すパートナー、それが、市丸喜久さん(43歳)。市丸さんは佐賀県の農業改良普及センターの指導係だ。 市丸さんは、たんぱく質がコメの旨みを左右することに着目。たんぱく質の含有量を目安にして、美味しいコメと、そうでないコメを差別化したい、そう考えた。これからのコメ作りは付加価値がなければ生き残ることが出来ない。そう実感しているからだ。 しかも市丸さんと西島さんが目指すのは単なる「低タンパク米」ではなく、 極めてタンパク質が少ないという「極低タンパク米」であった。
佐賀県相知町でも数少ないコメの専業農家である山口愛之助さん(51歳)。市丸さんの呼びかけに応えて、今年、他の農家7人とともに「極低タンパク米」に挑戦した。 佐賀県は昭和40年代、単位当たりのコメ収穫量で日本一だった。今でも「一粒でも多くのコメを」という意識がある。しかし時代は変わった。農家は「量より質」に発想を転換できるのか。そして九州でも天候不順は免れることが出来なかった。 本当に「極低タンパク米」はできたのか?そして日本一うまいコメは出来たのだろうか?
 11月1日。スズノブ初の支店が、東京・二子玉川の高島屋にオープンする。 そこの目玉商品として「極低タンパク米」を目指した「ヒノヒカリ」が置かれることになった。二子玉川高島屋は、お客が車で遠くからお目当ての商品を買いにくる。そこで評価を勝ち取れば、コメの価値がぐっと上がる。果たして、そのコメは、お客に受け入れられるのか…。

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