「平成最初の甲子園優勝投手」の父と同じ高校で甲子園を目指した球児の夏に密着

野球

2020.8.20

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そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

高校野球の名門は数あれど愛知県の東邦高校ほど春のセンバツに強い高校はない。通算勝利は歴代1位、優勝も最多の5回を数える。

『春の東邦』にはドラマも尽きない。平成最初の甲子園決勝、当時、優勝候補だった元木・種田を擁する上宮を相手に山田喜久夫が一人で投げ抜く。そして試合は劇的なサヨナラゲームで頂点に上り詰めた。

平成最後の甲子園も、エースで主砲、石川の活躍で優勝を勝ち取った。

連綿と受け継がれる伝統。

今年のチームもプロ注目のスラッガー・吉納を中心に前評判は高く、レギュラー争いは厳しい。その厳しさを三年生の山田聖将(しょうま)は身を持って味わっていた。

「高校入ってわかったんですけどお父さんってほんとすごいんだなって。東邦で下級生の時から試合に出たりするのはすごいことだなって実感した」

山田家は3兄弟全員が東邦高校野球部

平成初の甲子園優勝投手、山田喜久夫の次男・聖将は、広島の菊池に憧れセカンドを守っている。

聖将は3兄弟の真ん中。一つ上の兄・斐祐将(ひゅうま)も同じ野球部にいた。去年春、選抜甲子園の開会式ではプラカードを持った兄が陰ながら甲子園の土を踏んだ。

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そして末っ子の竜友将(りょうま)も長男と入れ違いで東邦高校に入学し、ポジションはピッチャー。そう、兄弟全員が東邦高校野球部なのだ。

父・喜久夫は中日ドラゴンズから和菓子職人へ

父・喜久夫は東邦高校のエースからドラフト5位で中日ドラゴンズへ。1年目から一軍に上がり、中継ぎとして活躍する。だが左ひじを傷め現役生活は10年にとどまった。

28歳で引退するとバッティングピッチャーに。しかし43歳の時、今度は右わき腹を痛めユニフォームを脱いだ。

人生の転機はわらび餅。知り合いの店で買い、球団関係者への手土産にしたところ、こう言われる。

「きくちゃんこれ美味しいから自分で作った方がいい」

仕事に悩んでいた折、和菓子職人になろうと決めた。

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わらび餅屋に即、弟子入りし1年みっちり修行し、200万円の貯金を切り崩して開業資金にあてた。

こうして6年前、名古屋ドームのほど近くに『きくもち ろまん亭』を開業した。店にはファンが次々に訪れ、聖地と化していた。

できてしまったほころびは、誰かがカバーする

そして先月、開店前にお邪魔すると、そこには長男・斐祐将の姿が。彼は東海大学の一年生。本来なら4月から野球部のマネージャーとして寮生活をする予定だった。しかしコロナウイルスの影響で実家に帰ってきているので店の手伝いをしているそう。

実は父・喜久夫は去年、大病を患い、7時間に及ぶ大手術を受けた。さらに、一昨年、長年連れ添った妻と離婚し3人の子供を引き取った。シングルファザーへの不安はあったが息子たちがかき消してくれた。

野球と同じ。できてしまったほころびは、誰かがカバーする。それが山田家のやり方。

高校最後の夏 次男・聖将はベンチ入りを目指す

次男・聖将の高校最後の夏。甲子園がなくなり、代わりに開かれた愛知県の独自大会には182チームが参加した。

大会前日、ベンチ入りメンバーの発表があった。聖将が狙うのはもちろんベンチ入り。ベンチ入りできるのは20人。

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しかし、聖将の名前は最期まで呼ばれなかった。

夜、家族で囲んだ食卓にその話題がのぼる。落ち込む息子に父は・・・

「気にすることはない。落ち込むこともない。また今度勝ってくれたらチャンスは回ってくるから。そのために一生懸命応援しなきゃダメだよ」

チャンスをものにできるのは、チャンスが来ることに備えた者だけだ。

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ついに勝ち取った背番号「17」

そして始まった3年生最後の夏、聖将の姿はスタンドにあった。彼らの願いが通じたかのように試合は一方的な展開で、11対0のコールド勝ちを収めた。

続く2回戦、試合前の練習にユニフォームを着た聖将の姿が。父はわらび餅の配達の合間にスタンドに駆け付けた。出場はできなかったが、聖将たちの必死の応援に応えるかのようにチームは勝利し次につながった。

3回戦も勝利し、4回戦。聖将は2度目のベンチ入りを果たす。しかも前回の18よりも一つ良い17番だ。

家に着くと真っ先にその証を取り出し、勝ち取った背番号17を縫ってくれるよう祖母にお願いした。

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孫に頼まれたおばあちゃんにも特別な思いがあった。

「私、喜久夫の時はこんなことやらなくても先生のところで預かってたから。何にもやってないから、うれしいです」

あとはこのユニフォームを着て力いっぱいやるだけ。そのはずだった。

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しかし、新型コロナの影響が...

しかし、試合当日、開始時刻になっても両チーム不在。一体何が起きたのか。

野球部ではなかったが、東邦の生徒に新型コロナウイルスの感染者が出た。そのための辞退。

聖将の高校野球は終わった。

後日、再びわらび餅屋さんへ取材に行くと、聖将は店を手伝っていた。

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父の背中を追った高校野球。白球は彼に何を教えたのか。

バットから持ち替えた調理器具。絶対に手は抜かない。抜いたら結果に出てしまう。野球も父も同じことを教えてくれた。