アーチェリー日本代表・早川漣&中村美樹 人生を懸けた戦いの先に輝く未来へ

早川漣 Photo by Paul Gilham/Getty Images
そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない
女子アーチェリーの日本代表候補である早川漣。ロンドン女子団体の銅に続き、東京で2つ目のメダル獲得を目指している。
70メートル先の的に矢を放ち、得点を競うアーチェリー。この競技は度々我々のハートを射ぬいてきた。
アテネでは中年の星・山本博の20年ぶりのメダルに沸き、ロンドンでは女子団体がこの競技で日本女子初のメダルを手にしたのだ。
早川はこのチームのエースだった。生まれはアーチェリーが盛んな韓国。姉の影響で小学3年生から弓を手にすることになる。
しかしレベルの高い韓国では「大会に出たら上じゃなくて下から数えた方が・・・」
何かを変えたかった。だから姉のいる日本へやってきた。
日本国籍取得から12年
日本にやってきて、日本人の温かさに触れた早川は日本国籍への帰化を選択。
国籍取得から12年。すっかり日本での生活が板についた。
【動画】女子アーチェリー・早川漣&中村美樹 嵐の中での東京五輪最終選考会に密着/Humanウォッチャー
日本を支えた彼女。6年前、右肩の痛みを理由に、一度は第一線を退くのだが。日本のリオでの敗退、さらに東京五輪の存在が彼女を突き動かす。
「リオであまり成績が良くなくて、もう一度やってみようかと...」
若手の道しるべになりたい。
山形出身の中村美樹
注目すべき代表候補がもう一人。彼女の名前は中村美樹。
彼女は2月下旬雪深い山形の町にいた。その練習場所は資材が積み上げられた工場の、その脇にある通路。
彼女は地元企業が無償で貸してくれたこのスペースでオリンピックを目指していた。
中学から弓に触れ、高校ではインターハイ3位。そして、大学進学後に初めて挑んだ世界室内選手権では銀メダルと頭角を現す。
しかし社会に出てから、この競技を生業(なりわい)にすることは難しい。そんな日本での現実に彼女は翻弄される。
ナショナルチームから漏れ、表舞台から消えた。そして彼女は故郷・山形に帰る事を決意する。
中村が復活できたのは、両親の支えがあってこそだ。練習には可能な限り同行し、ただ寄り添いながら、彼女を支える。
最終選考会
迎えた最終選考会。
勝ち残った5人がそれぞれ一つのエンドで6度矢を放ち、それを12回繰り返す。その総得点で争われ、最下位が脱落。それを二日間くりかえし、勝ち残った3名が晴れて東京への切符を手にすることができる。
試合前、一人だけ最後の練習に参加しない者がいる。それは早川だった。古傷の右肩が悪化し練習を回避したのだ。
一方、中村の両親はコロナ禍で会場には入れないため、会場の外から娘に思いを送る。
公式練習を回避した早川だがいきなりの実戦にも動じずトップに躍り出る。中村も堅実な試合運びで初日は2位につけた。
競技2日目、敵は猛烈な嵐!
たった一つの風の読み違えが取り返しのつかないミスを生む。
肩の痛みを抱える早川だったが、これまで死線を潜り抜けてきたベテランは、極限状態の時ほど輝きを放つ。この日も序盤でトップに躍り出た。
一方の中村は強風に翻弄され苦戦。僅かながら遅れを取った。
だが、迎えた第5エンド、中村は風を読みタイミングを図る。すると4本連続で10点を射抜き2位に浮上した。困難に対峙し、それを乗り越えようとする者にこそ、女神は微笑むのかもしれない。
結果は早川が1位、中村が2位でオリンピック代表の座を手にした。
人生を懸けた戦いの先に輝く未来がある。きたるオリンピックの舞台で彼女たちの放つ矢はどんな軌跡を描くのだろう。