【引退会見】絶対王者・内村航平が笑顔で会見「人生の半分以上を日の丸を背負ってやってこられたことは自分の誇り」

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2022.1.14



11日に現役引退を発表した体操界のレジェンド・内村航平(33)が、14日に都内で引退記者会見を行い、挨拶ならびに引退の経緯や今後について語った。

内村は2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロ、2021年東京とオリンピック4大会に出場し、個人総合2連覇を含む7つのメダル(金メダル3、銀メダル4)を獲得。世界選手権では個人総合で史上最多記録となる6連覇を達成。合計21個(金メダル10、銀メダル6、銅メダル5)のメダルを獲得。国内大会ではNHK杯個人総合10連覇。全日本選手権個人総合でも10連覇の偉業を達成している。

内村航平 引退会見 冒頭挨拶

本日は私の引退会見にお集まり頂きありがとうございます。

特に引退会見ということでの特別な感情はなく、ただただ「引退するんだな」と今のところあまり実感はないです。

思い返すと3歳から好きで体操を始めて、1月3日で33歳になって体操歴も30年になりました。30年中16年間、ナショナル強化選手として活動させて頂きました。人生の半分以上を日の丸を背負ってやってこられたことは誇りでありますし、今後自分が何をやっていくにしても自信を持って発言していけるんじゃないかと思っています。

引退をいつ決めたのかというと、東京オリンピックが終わって次の北九州での世界選手権(昨年10月)に向かう練習をしていく中で、しんど過ぎたというかこのままだと先が見えないと感じて、世界選手権の前には「もうこれが最後かな」と思って大会に挑みました。

最後は決勝に進んで着地を止めて終わりたいという気持ちで演技をしてやり切ることができました。結果は伴いませんでしたが、下の世代の選手たちにも「これが体操だ」「本物の着地だ」と僕らしいところを見せられたと思うので、そこは良かったと思っています。

今日引退会見をやっていますが、本当の引退は3月12日なんです。というのも最後の舞台を東京体育館でやりたいと思っていて、そこでこの全身痛い身体に鞭を打って6種目やろうと思っています。どういう形でやるのかは今後打ち合わせをして、他の選手も呼びたいと思っているので、そういった中で自分の最後をしっかり見て頂いて最後にしようと思っています。

最後に6種目やるということで、東京オリンピックの代表になるより苦しいことをやらないといけないと今少し憂鬱になっていますが、そこまではしっかりやり切りたいと思っています。

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内村航平 一問一答

Q.今の心境はどのようなものか

実際あまりよく分かっていないです。あまり辞めたいと思っていないというか、やれるならいつまででもやりたいと思っていたので。でもやっぱり世界選手権に向かうまでで「今後は選手として本気でやっていくのは厳しいな」と感じたので引退という決断をしましたが、僕の中ではそこまで重くもスッキリとも捉えていないというか。

多分3月までやるので今はまだこういう心境なのかもしれないですが、世界選手権に向かうまでは「これが最後なのかな」という気持ちではありました。本当によく分かっていないというのが、今の一番の心境です。

Q.30年の体操人生を振り返ってどんな競技人生だったか

実績だけ見ると結果はかなり残せたかなと思うんですが、実際に今振り返ると「まだまだやれたな」「あの時ああしておけばよかったな」とすごく思うので、自分の競技人生に本当に満足できているかというとそうではないかなと思います。

Q.今一番誰に感謝を伝えたいか

色々な人がいますが今はやっぱりコーチの佐藤(寛朗)ですかね。この5年間マンツーマンで一緒にやってきてかなり迷惑もかけたし、本当は最後にオリンピックで金メダルをかけてあげたい気持ちがあったんですがそれができなくて残念でした。

ただ二人で体操を研究してきたという、コーチと選手の関係ではなく同じ立場で研究するという感じでやってこられたし、この場では語り尽くせないくらい濃い時間を二人で過ごしてきました。今ここに立っているのも彼のお陰だと心から素直に思っています。

Q.ご自身の体操で最もこだわってきたもの、誇れるものは

着地です。これまで散々個人総合で優勝してきた場面でも、世界チャンピオン、オリンピックチャンピオンとして着地を止めるのは当たり前のことだと思ってこだわってやってきました。現役として最後の舞台になった世界選手権でも、どういう演技でもいいから着地は絶対に止めてやろうという気持ちでやれたので、そこは最後の意地を見せられたという思いがあります。

もちろん美しく見せるというか、他の選手と同じ技でも違う動きに見せたりなどあるんですが、やっぱり着地を止めているという印象を皆さんもお持ちだと思うし、僕自身もそこは追い求めてやってきました。

Q.これまで最も熱く盛り上がった演技は

2つあります。2011年に東京でやった世界選手権個人総合決勝の全6種目と、リオオリンピックの個人総合決勝の鉄棒です。今でもその時の感覚や見た視界が記憶に残っています。

2011年の世界選手権はそれまで感じたことのないゾーンを感じて、朝起きる2、3分前から「もう今日は何をやっても上手くいく」という感覚で目覚めて、試合が終わるまで全て自分の思い通りにいきました。これはもう一生出せないなとそこで感じたすごい日でした。

リオオリンピック個人総合決勝の鉄棒に関してはあれだけの点差を逆転できたのもそうですが、オリンピック体操の歴史にも残せるような激闘をオレグ選手(ウクライナ)とできたこと、オリンピックの会場を二人で支配できたという雰囲気を感じられたことが今でも記憶に残っています。その二つは絶対に今後味わえないと感じていました。

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Q.3月12日の引退試合をやろうと思った理由は

元々は2年前の3月に自分の名前が付いた試合をやろうとしていたんですがコロナの影響でできなくなってしまって、それをまたやりたいと思っていたところ僕も現役最後ということになって試合としては難しいという判断をしました。

体操選手が引退する時に引退試合をやった選手はいなかったので、そういう場を自分で作ってやる。これを今後引退する選手にはスタンダードというか目標にしてもらいたいとも思いました。中々みんなができることではないと思いますが、これだけ結果を残して体操をやっていけたらこういうこともできるんだよというのをみんなにも伝えたかったです。

あとは僕自身オールラウンダーとしてやってきたので、最後の最後に6種目をやって終わりたいという気持ちがありました。

Q.引退を決意した後にまた練習で追い込んで6種目やることは相当辛いことだと思うが、それに敢えてこだわった思いとは

やりたくても6種目でもう代表が目指せないから鉄棒で目指しただけであって、僕としてはどんな状態でも6種目は絶対にやっていきたいという気持ちがありました。僕は常に6種目をやりたくて今まで練習もやっていたのでもちろんきついことは分かっていますが、やることは普通だと思っています。「体操は6種目やってこそ」という気持ちもあります。そこは後輩たちにも受け継いでいってほしいところではあります。

あとは心底好きだからということもあります。最後鉄棒だけやって終わるというのも自分が自分じゃないような感じがするので、6種目やってこそという気持ちが強いです。

Q.今後の活動のビジョンは

これをやっていきたいという一つのことはなくて、日本代表の後輩達に今まで自分が経験してきたことを伝えていったり、小さい子供達に体操の楽しさを伝える普及活動をしたり。体操に関わる全てのことにチャレンジしていけたらいいかなと思っています。僕自身も身体を動かすことはストップしないと思うので、自分が動いて見せてやるというのも一つあると思います。

Q.体操競技への思いは

ありがとうとかそんな軽い言葉では感謝を伝えられないです。僕は3歳から体操をやっていて体操しか知らなくて、体操というもので内村航平が作られて、競技でも結果として残すことができました。その感謝の気持ちというのを返していかないといけないという思いがすごく強いです。

今後は体操に関しては世界で一番僕が知っている状態にしたいなと思っているので、ずっと勉強し続けたいです。極めるという次元よりももっと上のところまでいきたいと思っています。

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