日本代表「苦しい展開の方が長かった」ピッチ上の現実と指揮官の思惑のズレ【サッカー アジア杯】

サッカー日本代表 森保一監督 Photo by Noushad Thekkayil/NurPhoto via Getty Images
サッカー日本代表のアジア王座奪回はならなかった。
カタールで行われた2月3日のアジアカップ準々決勝で日本代表はイラン代表に1-2の逆転負けを喫して8強で敗退した。
優勝候補筆頭に挙げられていた日本だったが、アジアの舞台で本領発揮もないままの終戦となった。何が欠けていたのか?
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FIFAランク17位の日本に対してイランは21位。これまでも常にアジア上位を維持し、2019年大会の準決勝では日本が勝利したが、両者の過去の対戦成績は6勝5分け6敗で、日本は常に難しい試合を強いられてきた。今回、その相手の仕掛けた反撃に対応できずに敗れた。
前半28分にMF守田英正選手(スポルティング)がFW上田綺世選手(フェイエノールト)との連係でゴール前まで攻め上がって右足を振り、日本が先制した。
決勝トーナメント1回戦でシリアと延長PKまでもつれた相手に対して体調面で優勢に進められるかと思ったが、イランは即座に反撃を開始。縦へボールを入れて日本のセンターバックと競り合う場面を作り、日本は次第に押されていった。
日本が前半を1-0で折り返して後半早々にあった得点機をモノにできずにいると、イランは日本の最終ライン右のDF板倉滉選手(ボルシア)とDF毎熊晟矢選手(C大阪)のエリアを狙う攻撃を徹底して展開。日本は押し込まれて中盤のスペースが広がり、イランがボールを獲得しやすい状況になった。
イランのアミール・ガレノイ監督は試合後、「ハイプレスで日本の中盤3人に仕事をさせないようにした」と話したが、まさに狙い通りの展開に持ち込んでいた。
そして後半10分、日本のゴールキックを中盤で受けたイランは難なく縦につないで、FWサルダル・アズマン選手(ASローマ)へ。ボールを受けたアズマン選手は、DF冨安健洋選手(アーセナル)をかわしてゴール前へスルーを配給。
板倉選手の裏に回り込んだFWモハマド・モヘビ選手(ロストフ)がゴールに流し込んだ。
その後もゴールに迫る相手の猛攻を、日本はVARによるオフサイド判定や相手のシュートミス、GK鈴木彩艶選手(シントトロイデン)のセーブでなんとか切り抜けていた。だが、延長戦になるかと思われた後半アディショナルタイム4分、狙われ続けた日本の最終ラインが破綻した。
日本のペナルティエリア左に入れられたハイボールを毎熊選手が競り負けてゴール前に落とされ、板倉選手とDF冨安健洋選手(アーセナル)が一瞬見合うような形に。
そこにDFホセイン・カナーニ選手(ペルセポリス)が右から走り込み、慌てた板倉選手が足を出して倒し、PKを献上。これを主将のMFアリレザ・ジャハンバフシュ選手(フェイエノールト)に決められた。
「シンプルに僕が大きく蹴っていれば終わっていた。はっきりやるべきだった」と冨安選手は言い、板倉選手は「こんなに自分で試合を壊すことは今までなかった。このままだと代表のピッチに立つ資格はない。非常に申し訳なく思っている」と肩を落とした。
この試合、前半から板倉選手が狙われていたのは明らかで危ない場面も増えていた。だがそこに対してベンチが直接的に動くことはなかった。
失点後の後半22分に選手交代があったが、FW前田大然選手(セルティック)とMF久保建英選手(レアル・ソシエダ)に代えてMF三笘薫選手(ブライトン)とMF南野拓実選手(モナコ)を投入するもの。
しかも、前半から左サイドと前線の守備で効いていた前田選手を失って、日本は前線での抵抗がなくなった。ボールを奪えなくなった日本は、攻撃の切り札として投入した三笘選手にボールが回ることもほとんどなかった。
森保一監督は試合後、「強い相手との戦いでは失点もある。それよりも2点目を獲りに行けるようにしないといけなかった」と述べて、危険にさらされていた最終ライン右のケアについても、「耐えて前線のカードを切りたい」という思いだったと話した。
1-1の場面で三笘選手と南野選手を投入したのも2点目獲得のためで、「推進力を上げる狙いだったが、相手の対策もあって上げられずに押された」と指揮官が振り返ったように機能しなかった。
また、「相手が交代カードを切っていない中で、延長勝負も考えられた。相手の出方を見ながら、どうやって相手を上回っていけるか」と延長を意識して考えを巡らせていたことも明かした。
だが、90分を乗り切らなければ延長はない。時間が経つにつれてロングスローやセットプレー、ゴールを脅かすシュートの場面が増えて、「ずっと苦しい展開の方が長かった」(守田選手)という厳しい状況だったが、ピッチ上の現実と指揮官の思惑は一致していなかったようだ。
取材・文:木ノ原句望