伊藤美誠の2020年 異様な光景が広がるコロナ禍の中国へ、想像を絶する舞台裏の戦い

卓球

2020.12.16




そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

去年12月、戦いを終えた伊藤は束の間の羽休めに入る。当時19歳。10代最後のシーズンだった。

勝ち取った日本代表の肩書き。東京オリンピック出場を賭けた選考レースは1年に及んだ。独走できたのは家族の支えがあってこそ。

国際大会で優勝1回、準優勝3回と大躍進を果たした2019年。東京オリンピックの代表にいち早く決まり、世界ランクは日本女子史上初の2位を記録した。だから2020年の目標は「最高の笑顔で金メダルを」

しかし東京オリンピックは延期が決まる。国際大会もなくなり選手たちの舞台は失われた。

半年間で進化を遂げた伊藤の体

待ちわびた日が来たのは9月のこと。伊藤が拠点にしている大阪で練習場の取材が許された。

【動画】卓球・伊藤美誠 「命懸けで中国に来た」中国遠征の舞台裏に密着

彼女に会うのは半年ぶり。国際大会の再開が11月に決まり、そこに向けた練習をしている。

ほどなく気付いた。会えなかった半年の間に伊藤の体が変わっていた。

ウエイトトレーニングではなく、卓球の打ち込み練習だけで大きくなったという筋肉のおかげで去年のユニフォームはきつくて着られず、右肩だけサイズを大きくして新調したという。



毎日繰り返した10時間の練習。それも関西学生チャンピオンの男子を二人同時に相手をする驚愕の練習方法で伊藤は腕を磨いていた。

厳戒態勢の中国へ

10月、中国で行なわれる二つの大会へ出発。最初の試合会場は中国北東部の威海市。

飛行機が上海空港に到着するとウイルスの流入を防ごうとする中国の本気がそこに。
余計なところに行かないよう、防護服の男たちが伊藤を取り囲むように先導する異様な光景が。



さらにすぐに移動できるわけではなくまずは空港近くで完全隔離。
外出厳禁の缶詰生活を4日間に渡って強いられ、食事は一日3食、全て弁当。



冷めていて、おいしいとは言えなかった。

隔離が明けるとバスで移動。40人乗りを伊藤と母、コーチたち5人で使った。威海市へは東京福岡とほぼ同じ1000キロの道のり。
出発から12時間後、ついに到着したがここでまた3日間の隔離生活。結局中国に入って9日目にして、やっと練習を再開できた。

長きに渡った中国での戦い

そして始まったワールドカップ。
世界のトップ、21人だけが招待されたワールドカップはオリンピック、世界選手権と並ぶ世界3大大会のひとつ。今回、東京オリンピックのメダル候補たちがこぞって参戦した。

ウイルス対策は入念だった。無観客での開催となり会場の消毒も繰り返し行なわれ、練習場にはロボットも出現した。



聞けば、このロボットは無人で動き回り、紫外線で消毒を行なっているという。

さらに選手やコーチには三日に一回、PCR検査が義務付けられた。
普段とは勝手が違う大会で、20歳という若さを考えれば戸惑いから調子を崩してもおかしくない。
だが・・・伊藤美誠は普通の20歳ではない。
鍛え上げた右腕は次々に快心のショットを生み出し、初の銅メダルを手にした。

翌週、2020年の最終戦、ファイナルズ。
準々決勝でこれまで負け越している苦手な中国人選手と当たった。両者譲らずフルゲームにもつれ込むも接戦を制して天敵を攻略。日本勢最高のベスト4に入った。

長きに渡った中国での戦い。
ひと月以上に及んだ旅路の果て、締めくくりのインタビューで伊藤は「来てよかった」と。



どんなに苦しい経験をしても笑顔。
彼女の強さは、そうして育まれる。