阿波野秀幸「たった一人しかいない」存在 ドラフト指名された全3球団に在籍し日本シリーズ出場はただ一人

阿波野秀幸(c)SANKEI
「令和でも語りたい昭和な人たち」#7 阿波野秀幸 Part.2
長いプロ野球の歴史の中で、「たった一人しかいない」存在である。
かつて近鉄のトレンディーエースとして活躍した阿波野秀幸さん(60、以下敬称略)だ。
ドラフト会議で指名された3球団、近鉄、巨人、横浜大洋(現DeNA)すべてに在籍し、日本シリーズに出場した選手は阿波野以外に見当たらないのだ。
「いまだに一人だけ、僕だけなんです。5球団くらいの重複指名だと行ききれない、というのはありますけどね。2球団重複で両方在籍した人はいるんですけど、日本シリーズで戦力になれてないんです。"運のいい奴"ということで、"つかみ"に使わせてもらってます」と阿波野。
講演の際の自己紹介で、必ず使用する決まりネタだそうだ。
「たった一人」への一歩目が、1986年11月20日に行われたドラフト会議だった。この年の目玉は、享栄・近藤真一投手と亜大・阿波野の両左腕投手。
この時はテレビ東京が生中継していた。筆者は新聞社のアマチュア野球担当で、社命により中継解説者を務めていたのでよく覚えている。
最初に5球団が重複した近藤の抽選が行われ、希望球団の中日星野監督が見事に引き当てた。
阿波野の希望は巨人、大洋の在京セ・リーグ。続いて抽選が行われるのだが、「ここでCMに行ったんですよ」と阿波野。
この時、即戦力左腕は、大学に設けられた会見場の椅子に座っていた。
「CMの時、近くにいた仲間とハイタッチしたんです。5分の1が目の前で当たった。こっちは3分の2。"やったな"みたいな感じで...」
しかし、野球の神様は気まぐれだ。阿波野が盛り上げながら続ける。
「(巨人監督の)王さん(現ソフトバンク会長)が外し、大洋の社長が外し、近鉄の前田さん(当時球団代表)って人が手を挙げてる。誰?あのおっさん...」
事前の指名あいさつがなかった球団からの指名だったこともあり、1週間ほど雲隠れするなどすったもんだあった末、近鉄に入団した。
その後の活躍は周知のとおり。1年目の87年に15勝を挙げ、両リーグ最多の201奪三振を記録して新人王を獲得。
88年も14勝をマークし、「10・19対ロッテ優勝決定試合」でも緊急リリーフとして獅子奮迅の活躍をしたことは、「阿波野秀幸Part1」でお伝えしたとおりだ。
その後、ボークの厳格化、左ひじ靱帯損傷、左ひざ骨折などが重なり、成績が下降線をたどるようになった。94年オフには香田勲男とのトレードで巨人に移籍。
3年在籍した巨人では29試合に登板したが、1勝もできずに97年オフに横浜へトレード。
近鉄在籍当時の投手コーチだった権藤監督は阿波野を中継ぎとして積極起用し、98年には50試合に登板するなど優勝に貢献。
2000年限りで14年の現役生活にピリオドを打った。通算成績は、305試合75勝68敗5セーブ、防御率3.71だ。
こうして「たった一人しかいない」存在となった阿波野は、"しゃべり手"としても唯一無二だ。場所はPart1で紹介した麻布十番「グレイス」。
同席していたテレビ東京・植草朋樹アナが、よせばいいのに舞台を整えにかかる。
「今のようにセ・パの差がなくなりパ・リーグも人気がある中で、もし近鉄という球団が残っていたらどうなってたんでしょうね」と切り出すと、阿波野は即答した。
「今じゃとてもありえないでしょうね」すぐに"北海道遠征の時のエピソード"として話し出した。
「ちょっとチームに刺激を入れなきゃいけない時期だったんですが、ビール園のようなところでチーム全員で会食していたんです。そしたら当時監督だった仰木さんが"大阪に帰ってからのスタメン、イッキで決めるぞ"と言い出しまして」
イッキって何?一気飲みのこと?それでスタメン決めるってどういうこと?
阿波野が盛り上げながら続ける。
「"じゃあ、ショートから行くか"って仰木さんが言うと、4人の選手が出てきてビールの大ジョッキ持って並ぶんです」
植草アナが「どんな風に始まるんですか」と合いの手を入れる。
「進行役を務めるスタッフが"スタート、って言ったら飲み始めてや。はいはい、まだ始まってないやん。あー、こぼした、こぼした。なみなみ入れたれー"、みたいな感じで」
さすが関西球団らしい雰囲気を阿波野が絶妙なしゃべりで作り出す。
DHの勝負では、外国人の有名な大砲✕✕の物まねをしながら、酒が飲めないのでコーラで参戦してスタメンを射止めた"エピソード"も披露した。
さらに投手では、大阪に戻って登録抹消の選手を選ばなければならなかったという設定で、5人でのイッキ勝負があったとのこと。
「抑え役の〇〇は酒が飲めない。でもそこに出てたんです。若手の△△が余裕をみせてたら〇〇が結構進んでる。焦った△△が吹き出してしまい、進行役からアウトのコール。△△は打たれてもいないのに、抹消されました。はい」
「まじっ?そんなことあんの?」
植草アナと筆者は大爆笑。阿波野は「さて、どうでしょう」とニヤニヤしている。
プロ野球でスタメンを本人達のイッキ勝負で決める、なんてことは常識的にはありえないけど、でも本当にあったんだろうな、と思わせるところがある意味近鉄のすごさ。
それをまた阿波野が面白おかしくしゃべくり倒す。こんなトレンディーエースの話を聞いていると、筆者は阿波野が希望ではない近鉄に入団してよかったんだろうな、と思うようになった。近鉄の話をしている阿波野は本当に楽しそうだ。
現在野球解説の他に巨人のアカデミーで子供たちを教えている。
希望球団でなかった近鉄を振り出しに、巨人、横浜とドラフトで指名された全3球団に在籍する幸運に恵まれた男は、現役を終えると巨人、横浜、中日などの投手コーチを長きに渡って務めてきた。
これから日本の野球を支える子供たちへ、波乱万丈の野球人生を送った阿波野ならではの指導をお願いしたい。
テレ東リアライブ編集部 E.T(新聞、テレビでスポーツ現場30年のロートル)