【日本ダービー】「去年、騎手をやめようと思った」復活へ!岩田康誠に密着 アスクエジンバラと挑む日本ダービー
2023年に生まれた3歳馬7944頭の頂点であり、競馬界最高の栄誉である日本ダービー。
ホースマンにとって最大の栄誉となるビッグタイトルを手にするために今年も東京競馬場を舞台に熱い戦いが繰り広げられるが...
夢の舞台へ挑む各馬に秘められたエピソードや関係者たちの知られざる想いに迫った。
皐月賞で4着に食い込んだアスクエジンバラに騎乗する岩田康誠に注目。52歳になったベテランが復活をかけて挑む姿をカメラが追った。

52歳でも元気いっぱいに厩舎へ向かうわけ
早朝の栗東トレーニングセンター、福永祐一厩舎に52歳になった岩田康誠の姿があった。
聞けばこの日は朝の3時半に起きたという。お目当ては皐月賞での騎乗馬、アスクエジンバラの様子を見るためだった。
「めちゃくちゃおとなしい子だけど、最近は調子に乗って襲ってくるようになったよ」
岩田のようなフリーの騎手は通常、追い切りの時くらいしか騎乗馬のもとにはやってこないが、岩田は「アスクエジンバラがいる時はずっと。エブリデイ」と言うほどに密着している。
「僕はレースや馬が大好きな人間」と評する岩田康誠には多くのスタッフが慕っている。中でもアスクエジンバラを管理する福永祐一は岩田のことをこう評した。

「騎手時代は同年代のライバルとして自分に大きな刺激をくれた騎手。そんな彼と立場が変わって大きいレースにチャレンジできるのは僕にとってもやりがいを感じるし、馬に関しても可能性を広げてもらえるのはありがたい」
実際、アスクエジンバラと岩田がタッグを組んだのは2歳時のサウジアラビアRCからだが、このレースは7着に終わったが、続く京都2歳S2着、ホープフルS3着。
そして3歳になってからもスプリングS3着、皐月賞4着と勝ち切れないまでも善戦するようになっていった。

引退を覆した素質馬との出会い
園田で騎手デビューして、2006年にJRAへ移籍した岩田騎手。
JRAでは26年の5月18日の時点で通算1861勝&GⅠでは25勝をマークするトップジョッキー。中でも2012年は岩田にとって最高の年となった。
この年の日本ダービー、ディープブリランテに騎乗した岩田は当時をこう振り返る。
「いわゆるゾーンに入っていました。13~14万人の歓声が聞こえなくなって、勝手に体が動いた。人馬一体に近づいたのかもしれない」
早めに抜け出してたディープブリランテと岩田は外からやってきたフェノーメノらの猛追を凌いで勝利。岩田にとって初めてのダービー制覇の瞬間だった。
「神様が僕に微笑んでくれた・光のある所で乗りたかった自分にとって感慨深かった」という岩田。
この年は他にもロードカナロアやジェンティルドンナとコンビを組み、GⅠでは7勝を挙げるなど、まさに全盛期とも言うべき活躍をみせた。

しかし、間もなく岩田は失速する。外国人騎手の台頭、若手騎手の飛躍で岩田の活躍するシーンが見る見るうちに減り、JRAでは年間100勝以上を上げるの当たり前だったが、23年にはわずか25勝にまで減少した。
「去年、騎手をやめようと思った」と、岩田は当時のことを振り返る。
乗り馬も減り、心が折れてしまった時に岩田は1頭の素質馬に出会う。それこそがアスクエジンバラである。「チャンスをくれたことで『俺は頑張らなきゃ』と、火を再び灯された感じになった」
折れかけていた闘志が再び燃え上がったのか、岩田康誠は復活を遂げた。

時計勝負にも対応。混戦を抜け出せるか
そうして迎えた今年の皐月賞当日。人気はなかったが、スタートから積極的に前に付けていくと3番手から流れに乗って、レコード決着となる速い馬場で4着に。
「負けたけれど、ライバルたちとはそこまでの差はない」と岩田は分析した。さらに5月中旬、落馬により右鎖骨骨折という重傷を負い、日本ダービー騎乗に赤信号がともったが、それからわずか数日後には調教に乗り出し、その週のレースには復帰していた。
まさに不屈の男、岩田康誠。アスクエジンバラとともに14年ぶりとなる日本ダービー制覇で完全復活とするのだろうか。
■文/福嶌 弘