【サッカー】マインツは佐野海舟だけじゃない!?クラブ会長・通訳・監督の三刀流の日本人がブンデス昇格に導く

サッカー

2026.6.22


(上:左から)今井、松本、栗島、橋谷、福原(下:左から)山下喬、力石尚 ©︎Max Drevermann/Mainz 05.

日本人監督と選手たちが切り開いた挑戦の軌跡

マインツ05で今季もリーグ戦全試合フル出場、チームで確固たる地位を確立している佐野海舟だが、同じマインツでその存在感を示しているのは彼だけではない。

日本人指導者と選手が多く所属する「1.FSVマインツ05女子」だ。ドイツ・女子ブンデスリーガ2部を戦ったマインツ05女子が、2025-26シーズンの女子ブンデスリーガ1部昇格を決定。

昨季3部から2部へ昇格したばかりのチームが、わずか1年でさらに上の舞台へ到達したのだ。2年連続昇格という躍進は、ドイツ女子サッカー界においても異例の成果として注目を集めている。

その快進撃の中心にいるのが、日本人監督の山下喬だ。


FSVマインツ05女子の監督を務める山下喬 ©︎Max Drevermann/Mainz 05.

ドイツで積み重ねた20年以上のキャリア

兵庫県の滝川第二高校を卒業した山下監督は、2003年にドイツへ渡った。選手として4部リーグでプレーし、リーグ優勝も経験。しかし23歳で現役生活に区切りをつけると、指導者としての道を歩み始めた。

2014年には元日本代表FWの岡崎慎司とともにFCバサラ・マインツを創設。11部リーグからスタートしたクラブを5シーズン連続昇格へ導き、地域リーグの新たな成功モデルを築いた。

バサラマインツの会長、佐野海舟らの通訳、そしてマインツ05女子の監督、山下はまさに異国の地で三刀流として活躍しているのだ。

そんな山下監督が率いるマインツ女子は、昨季ようやく2部昇格を果たしたばかりだった。戦力面を考えれば、シーズン前の評価は決して高くなかった。むしろ残留争いに巻き込まれる可能性も指摘されていた。

「選手たちには『焦らず、しっかり積み重ねていこう』と言い続けていました」山下監督はシーズンを振り返る。

「3部から2部に上がるときも大きなメンバー変更はありませんでした。だからまずは降格争いになる可能性が高いと伝えていました。毎試合、緊張感を持って戦ってほしかったんです」一方で、指導スタッフの間では別の目標も共有されていたという。

「スタッフの中では『1部を目指そう』という話はしていました。ただ、自分たちが強いからということではありません。とにかく目の前の試合に勝つ。その積み重ねでした」

大きな目標を掲げながらも、視線は常に次の一戦へ。地道な積み重ねが、クラブ史に残る歴史的昇格へとつながった。


【1.FSVマインツ05Frauenに所属の日本人選手】左から今井、福原、橋谷、松本、栗島 ©︎Max Drevermann/Mainz 05.

日本人選手たちがもたらした「プロの基準」

最チームにはGK松本真未子(マイ仙台→)、DF橋谷優里(長野L→)、MF栗島朱里(浦和L→)、MF今井裕里奈(千葉L→)、MF福原由香(東京国際大→)ら、日本のWEリーグや下部組織で経験を積んだ日本人選手たちが所属している。

山下監督は、彼女たちに単なる戦力以上の役割を期待していた。

「ドイツ人選手の多くは、これまで本格的なプロ環境を経験していません。一方、日本から来た選手たちはプロ経験がある。だから『プロ選手としての姿勢』を見せてほしいと思っていました」

異国でプレーする日本人選手にとって、言葉の壁は避けて通れない。しかし山下監督は、最も説得力を持つコミュニケーションはプレーそのものだと考えている。

「言葉が出てこなくても、プレーで見せればいい。日々のトレーニングへの向き合い方でもいい。そうした積み重ねで違いを生み出してほしいと思っていました」

日本人選手たちは技術面だけでなく、プロフェッショナルとしての姿勢や規律、準備の質といった部分でもチームに好影響を与えてきた。

ゴールへ向かうドイツサッカーのダイナミズム

ドイツでプレーする日本人選手たちは、競技面でも大きなカルチャーショックを経験している。MF栗島朱里は、ドイツサッカーの特徴をこう語る。

「球際の強さもありますし、一歩の足の長さも違う。リーグの特性もあると思いますが、とにかくゴールに向かうスピードが速いんです」

日本で培ってきたポゼッション志向のサッカーとは異なり、ドイツではボールを奪った瞬間からゴールへ向かう意識が強い。

「カウンターサッカーや縦に速いサッカーなど、これまでとは異なるスタイルに初めて挑戦したこともあり、最初は戸惑いが大きかったですね」

GK松本真未子もまた、日本との違いを実感している。

「日本では戦術を理解して、その通りに遂行することが重視される印象があります。でもマインツでは個々の特徴をどう戦術に当てはめるかを考えながらチームを作っていく。だから『個』がすごく強いと感じます」

時には「そこはパスだろう」と思う場面でも、選手が迷わずシュートを選択し、そのまま得点につながることもある。理屈だけでは説明できない個人の力が試合を動かす――。そんなドイツサッカーのダイナミズムを、選手たちは日々体感している。


ファンと交流するGK松本真未子 ©︎Max Drevermann/Mainz 05.

言葉の壁、その先にある成長

海外挑戦の難しさは、ピッチの上だけではない。DF橋谷優里は、渡独当初の苦悩を率直に語る。

「日本ではコミュニケーション能力を自分の強みだと思っていました。でもドイツではその武器が通用しなかった。最終的には『実力で見せるしかない』という気持ちに切り替えました」

言葉が十分に通じない環境では、自分らしさを表現することすら容易ではない。それでも橋谷は、プレーを通じて仲間からの信頼を獲得していった。

松本もまた、別の意味での難しさを感じていた。

「日本ではプロ選手としてプレーしていましたが、国が変われば、それがどれだけ評価されるかは分からない。もう一度ゼロから自分の価値を証明しなければいけませんでした」

日本で積み上げた実績も肩書も、海外では保証にならない。だからこそ日々のトレーニングと試合の中で、自らの価値を示し続ける必要がある。その積み重ねがチーム内での信頼へとつながっていった。

サッカーが広げる人生の可能性

山下監督は、海外挑戦の価値をサッカー選手としてだけでなく、一人の人間としての成長という視点から語る。

「ドイツには日本人とは全く異なる考え方の人たちがいます。文化も違う。そういう環境を人生の中で一度経験することは、人間としての幅を広げてくれると思うんです」

日本で当たり前だと思っていた価値観が、世界では決して当たり前ではない。その気づきこそが海外生活の大きな財産だという。

「『こういう人もいるんだ』『日本の常識は世界の常識じゃないんだ』と知ることができる。サッカーを通じてそういう機会を得られるのは本当に素晴らしいことだと思います。

挑戦したいと思う選手がいるなら応援したい。もちろん苦しいこともありますが、一歩踏み出せばきっと面白いことが起きるはずです」

MF今井裕里奈もまた、ドイツでの経験がもたらした変化を実感している。「どの環境にいても、何歳になっても成長できるんだなということを、サッカーを通して改めて感じました」

新たな舞台へ

来シーズン、マインツ05女子が戦うのはドイツ女子サッカー最高峰の舞台、女子ブンデスリーガ1部だ。

言葉も文化も異なる環境の中で、自らの可能性を信じ、一歩ずつ道を切り開いてきた日本人監督と選手たち。その挑戦は、単なる昇格劇にとどまらない。

サッカーを通じて異文化と向き合い、自らを成長させ続ける姿は、これから海外を目指す多くの若い選手たちにとっても大きな道標となるだろう。

2年連続昇格という快挙の先に待つ新たな挑戦。その舞台で彼女たちがどのような物語を紡ぐのか、注目が集まっている。

経歴
名前 / ポジション / 年齢 / 出身地 / 前所属クラブ / Mainz05 加入年

1
松本真未子 / GK / 28 / 千葉県 / マイナビ仙台レディース / 24/25シーズン加入

2
橋谷優里 / CB / 28 / 宮崎県 / AC長野パルセイロレディース / 25/26シーズン冬加入

3
栗島朱里 / MF / 31 / 埼玉県狭山市 / 浦和レッズレディース / 2025/26シーズン

4
今井裕里奈 / MF・CB / 28 / 東京都 / ジェフユナイテッド市原•千葉レディース / 2023/24シーズン

5
福原由香 / MF / 神奈川県 / なし / 東京国際大学 / 2023/24シーズン