
芝田沙季 Photo:Itaru Chiba
年齢差が必ずしも勝敗に直結しない卓球競技において、年の数は実力を測る物差しとは言えない。
だが若い才能が次々に芽を出す中で、長年こつこつと実績を重ね念願の「世界卓球2021ヒューストン」<11月23〜29日>で初めて世界卓球代表入りを果たした芝田沙季(ミキハウス)は賞賛すべき選手である。
今年8月25日に24歳になった芝田は、誕生日の5日後に始まった日本代表選手選考合宿に満を持して臨んだ。結果は1位通過の早田ひな(日本生命)に次ぐ2位通過。
5つある代表枠のうち3枠は伊藤美誠(スターツ)、石川佳純(全農)、平野美宇(日本生命)の東京オリンピック組で決まっていたため、残りわずか2枠を争う狭き門を見事にくぐり抜けた。
意識を変えて掲げたテーマ
誰もが認める実力がありながら、これまでなかなかチャンスを掴めなかった芝田は、「もっと早く世界卓球の代表になりたかったという思いはありますけど、早かろうが遅かろうがこうして代表になれたことにすごく意味があると思います」と話す。
日本代表選手選考合宿では4日間で予選リーグ5試合(5勝0敗)と決勝リーグ7試合(5勝2敗)の計12試合をこなすタフな日程を戦い抜いた。
芝田沙季 Photo:Itaru Chiba
「調子はあまり良くなかった」と本人は言うが、それでも大きな成果を挙げられたのは、あるテーマを掲げて大会に臨んだからだ。
「それまでの自分は分かってるのに出来ないことに苛立って、自分の力量はここまでだと勝手に判断し、良くない方向へ行ってしまうことがありました。そこで、出来ない自分を責めても仕方ない。全てを受け入れた上で何をすべきか考えようと意識を変え、代表選考合宿では『どんな自分も受け入れて試合をする』というのをテーマにしました」
芝田は大阪府八尾市にあるミキハウス・スポーツクラブで、大嶋雅盛監督や吉田春香コーチに師事しているが、さらなる研鑽のため定期的に"出稽古"にも出かけるなどして、技術面と精神面の両方で幅広い指導を受けている。
そうした中で勝負に臨む心構えを見つめ直し、世界卓球の日本代表選手選考合宿前には自身の卓球についてこれまでにないほど深く考えを掘り下げたそうだ。
「今まで、オリンピックに出たいとか世界卓球の代表になりたいとか、結果ばかり気にしていたんですけど、そうではなく何のために日本代表になりたいんだろう? なぜ自分は卓球をやっているんだろう? というところまで考えました。そうしたときに、卓球を通して出来ないことや苦手なことを克服して自分を変えるというか、人生を変えるためにやっているんじゃないかと思ったんです」
競技の技術や成績だけでなく、人としてもっと成長したい。そう自分なりの解を得た芝田は、本来ならばライバルの結果が気になるリーグ戦でも目の前の1試合1試合に集中することができ、苦しい展開の試合も何とか凌いで勝ち星を重ねていった。
1位通過できなかったことや内容に満足できない部分もあったようだが、「どんな自分も受け入れようという意識になれて、上手くいかないなりに戦えたのは成長かな」と控えめながら合格点をつけている。
自身への期待が足かせになった過去の反省
芝田は自身の評価に辛口だ。それは向上心のあらわれでもあるが、時に過小評価にもなり自分で限界を作り兼ねない。本人にも思い当たる節がある。
東京オリンピックの代表選考レースが本格的に始まった2019年のこと。芝田の世界ランクは4月の時点で自己最高の13位まで浮上していた。2年半ほどで100位以上もランクアップする大躍進で、当時、石川(3位)、伊藤(7位)、平野(9位)、佐藤瞳(12位)に次ぐ日本女子5番手のポジションにつけていた。
芝田沙季 写真:新華社/アフロ
自身も東京オリンピックの代表争いに絡んでいけそうだと期待を膨らませていたが、その期待感がかえって足かせにもなった。
「自分はずっと向かっていく立場で卓球をやってきたのに、可能性が見えてきたら技術的にあれも足りない、これも足りないと急に現実的になり足りない物ばかり求めてしまって。負けた試合で上手く気持ちを切り替えられなくなりました」
代表選考レースの激しいポイント争いが続く中、焦りから練習に身が入らなかったり試合に出るのが嫌になったりしたこともあったそうだ。
「それも結局、自分を受け入れられなかったということなんですけどね」と振り返る芝田。
だが、この苦い経験と反省があったからこそ、どんな自分も受け入れようと意識を変え、世界卓球2021ヒューストンの日本代表をつかみ取ることができたのだろう。
(文=高樹ミナ)
